兄、クリスの出身地を知る
「兄貴、王宮にも確か魔尖塔に関する書物がなかったか? そっちにはどう書いてあるんだ?」
「王宮というか、魔法研究機関の方だな。あれにはどこだかの世界の、魔尖塔が出来てから滅びるまでの記録があるだけだ。魔尖塔を誰が作ったかなんて言及はされていない」
「……そもそも、魔尖塔が出来て滅んだはずの世界の記録が、この世界にあること自体が謎なんだけどね。私もいろんな書物を読んだけれど、滅びの定義もよく分からないんだよ」
そう言ってクリスは首を捻った。
「世界が滅ぶというのは、例えば大地からエルダールだけが消え、この同じ空間にあるどこか遠くの異国は残るのか。それともこの空間自体が消え失せ、完全な無と帰すのか。魔尖塔の記録を残したのが人だとしたら前者だろうけれど、だとすると魔研の者たちがわざわざ異空間を創るまでするだろうか?」
「……俺の理解としては後者だったが。確かに、そうすると魔尖塔の記録っていうのはどこの世界のものなんだろうな。人じゃない何者かが他の空間から持ち込んだとしか……いや、そうでもないか」
考えてみれば、レオもユウトと共に、他の空間に移動していた人間だ。長い歴史の中、滅び行く世界から自分たちのように何かの拍子に移動してきた人間が過去にいたとしても、おかしくはないだろう。
魔尖塔の記録は、そういった人間が残したものかもしれない。
同じように魔界にも記録があるのなら、あちらにも滅び行く世界から人間でない何かが移動した可能性がある。
……クリスの話を聞く限り、より魔尖塔や世界樹について詳しいのはこちらの何かの方。だとすると、ジアレイスたちが国を滅ぼすために参考にしているのは、魔界の記録の方かもしれない。もしかすると、異空間への逃げ方なんかもあるのだろうか。
「クリスが見た魔界の本というのは、どこにあるんだ? ずっと昔と言うからには、あんたの手元にはないんだろうが」
「親族が持っていたんだが、もうこの世界にあるかどうかも分からない。どこかに持ち去られてしまったからね」
「持ち去られた?」
「私の住んでいた村が何者かに襲われ、火を掛けられて全滅させられた。その時に貴重な文献がだいぶ盗まれたんだ。私はたまたまその時村に居なくて生き残ってしまったのだけど、戻った時には普通の炎では燃えないはずの魔書がほとんど無くなっていた」
住んでいた村が全滅した。
あまりにさらりと言うものだから、一瞬レオたちはスルーしそうになる。しかしその内容を反芻して、驚いてクリスを見た。
特に驚いた様子だったのはライネルだ。思わずといった様子で身を乗り出す。
「魔界の本や貴重な文献のある村……!? もしかして、あなたはリインデルの生き残りか!」
「ええ。もう30年も前の話ですから、その頃の文献がどこに行ってしまったか、追うのは困難ですね」
「待て、待ってくれ。文献の行方は気になるが、その前にリインデルの血統が残っていたなんて……!」
どうやらクリスの出身地は、何か特殊な村だったようだ。かなり興奮気味のライネルに、レオは訝しがって訊ねた。
「兄貴、リインデルとかいう村を知ってんのか?」
「もちろんだ。私が物心付いた頃にはもう滅んでいたが、その村の逸話は聞いていた。『魔界と交信が出来る唯一の一族が住む村』だったと」
「……魔界と交信?」
目を丸くしてクリスを見ると、彼は軽く肩を竦める。
「お爺様がそういう力を持っていたね。私もその一族だが、残念ながらそんな力は無いよ。……ただ、昔から魔書や魔界語との接点が多かったから、魔界の書物が読めるだけなんだ」
なるほど。彼が魔界語に詳しい理由はこれか。人間界の術式だって元々は魔界の書を参照して創られたものだというし、クリスが術式に明るいのも納得だ。
……それにしても、そんな能力者の村が何故滅ぼされたのか。やはり魔界と繋がっていることを疎まれたのだろうか? しかし普通に考えて、魔界と交信出来るなんてことを周囲に吹聴するわけがない。
ライネルが聞いているところを見ると、王宮は把握していたのだろうけれど。
そう、知っていたのは一握りの人間だったはず。
村の一族の人間と、魔界の知識を引き出して世界に生かしたい王宮。もしくはそこに近しい人間。
魔書などがなくなっていることを考えれば、村を襲ったのは間違いなく村の事情を知る者。今上げた中の誰かだ。
そうしてレオが考えを巡らせていると、不意に隣のクリスがこちらの肩をポンと軽く叩いた。
「……レオくん、今犯人捜しは必要ないよ。話を戻そう。『おぞましきもの』と『魔尖塔』だけど、要は出現させなければ問題はないんだし、正体を探るよりもそっちをメインで考えた方が良くない?」
「……まあ、そうだな。『おぞましきもの』とやらを召喚するのは、おそらくウィルを引き入れないと成立しない。あいつを護りきればどうにかなる」
「レオさん、魔尖塔もユウトくんがいれば平気なんでしょ? あとは大精霊が完全体になれば、もはや出現の心配もなくなるし」
「ああ」
そうだ。『おぞましきもの』も『魔尖塔』も出現させなければ、その正体など些末事。後はジアレイスたちを始末することで、世界の危機はなくなる。レオとしてはそれで十分だ。
それでもライネルは、国王としてそこで割り切るわけには行かなかった。
「それで阻止出来るのなら問題は無い。しかし、万が一のことを考えて対策を立てるのは私たち、上に立つものの義務だ。……クリス、手が空いた時だけでもいい、リインデルの知識を貸してくれないか」
「私の知識を? ……そうですね、レオくんが許可するのでしたら」
「ああ、そうか。ではアレオン、魔法研究機関にはまだ解読出来ていない書物がある。クリスの知識を借りて重要な文献だけでも読み解いておきたいんだが、彼を借りても良いか?」
「……まあ構わんが、手が空くことなんてこれからほとんど無いぞ」
「それでも、王都に寄った時に顔を出してくれるだけでもいい。どの文献に先に手を付けるか、指示をもらうだけでもだいぶ違う」
「はい、そのくらいでしたらお役に立てるかもしれません」
そうクリスが請け合った時、不意にルウドルトの背後でコトリと音がした。
それに軽く視線を流したルウドルトは、少し屈んでライネルに報告をする。
「陛下、イレーナからカードが届いたようです」
「そうか、じゃあここに」
「はっ」
どうやらさっき申請したクリスのカードが届いたらしい。
ルウドルトは書簡ボックスから中身を取り出すと、ライネルに渡した。
「ふむ、問題ないな。ではクリス、これを」
「ありがとうございます、陛下」
ライネルがそれをさらにクリスに渡す。
彼はそれを恭しく受け取ると、金の縁取りのカードを眺めた。
「金色かあ、カッコ良いね」
「街の移動の時にそれを出さないように気を付けろよ。ザインに行ったら、そこの職人ギルドで指紋登録をするからな」
「うん、了解」
このカードがあれば、パーティとして仕事をした際に稼ぎが均等に分配される。クリスも家をリフォームしたり装備を新調したりと、今後何かと金が掛かるのだし、たくさん稼いでもらわねば。
クリスが受け取ったカードをポーチにしまうと、レオたちは再び話に戻った。




