兄、クリスに倉庫調査を命じる
レオが宿駅にあるガラシュ・バイパーの倉庫の存在を告げると、ライネルも納得したように頷いた。
「なるほど、宿駅に搬出場所があるのか。確かにあそこではキャラバン同士での荷の取引も多く、物資の出し入れも頻繁だ。前日に積まれた荷が翌朝なくなっていたとしても、他の馬車が積んで行ったとしか思われない」
「……ジラックに荷を送っているのはどこの業者でしょう。エルダール国民の風上にも置けん。陛下、命じて下されば倉庫を封鎖し、取引していた商人を捕らえて参りますが」
「まあ待ちなさい、ルウドルト。商人は倉庫に荷を運ぶまでが仕事で納入先がジラックだと知らない可能性もあるし、物流を止めても住民の少ない食料を貴族たちが巻き上げるだけだ。それよりも、こちらも倉庫を利用してやろうじゃないか」
「俺もそれが良いと思う」
ライネルの言葉にレオも同調する。
倉庫を押さえてジアレイスたちに警戒されるのは、この段となっては厄介でしかない。それならば、泳がせておいてここぞと言う時に逆利用してやるくらいでいい。
「ジラックの方の監視人数を減らして、倉庫の方に2人ほど当たらせよう。転移の発動条件を調べ、可能なら一度荷に紛れて忍びこんでもいいかもしれん」
「了解です。上手く行けばレオさんの偽物とご対面できるかもしれませんしね。誰を回しますか? とりあえず俺?」
「お前はアレオンが次の精霊解放に連れて行きたいというから、そっちに回ってくれ」
「えっ、うそ、マジで! やった!」
「……ユグルダに行くだけだから、最短2日で終わらせる。貴様は終わったら転移魔石でパッと帰って良いぞ」
「アシュレイの首根っこに縋り付いてでも馬車で帰ります」
「アシュレイに振り落とされて蹴られろ」
ネイと言い合うレオの向かいで、ライネルは思案するように顎を擦った。
「倉庫には誰を送るかだな。チャラ男はジラックの監視には欠かせないから駄目だし、オネエはネイの代わりに彼らを指示統括してもらわんといかん。となると回すのは真面目とコレコレか……。真面目の危機回避は適任として、コレコレは罠専門でそれ以外の術式にはあまり明るくないし、向いていないのだがな……」
「まあ、やっぱり本来は俺が行くとこなんでしょうけど。ユグルダから戻るまで待ってくれれば」
「狐、貴様はやはり転移魔石で帰れ。ユグルダに行ったことあるならいっそ行きも転移魔石で来い」
「えー酷い!」
「だったら、ネイくんが戻るまで代わりに私が偵察に行きましょうか?」
倉庫にどの隠密を送るか。
その会話に突然クリスが加わって来たことに、そこにいる全員が目を丸くした。
「おいクリス、あんた何言ってんだ」
「ザインとラダに行った後、ネイくんが加入するならユグルダ行きは私がいなくても問題ないでしょ? 一応私は術式の知識はそれなりにあるし、魔界言語も少々齧ってる。気配だって消せるし、そこそこ使える男だと思うんだけど」
「あんたの実力は分かってる。しかし、リスク上等のあんたのやり方は、偵察に向かないだろ」
「大丈夫、これでもTPOは弁えてるよ?」
確かにクリスは無茶をするが、無謀なことをする男ではない。
それでも、裏付けさえあればリスク上等で動いてしまうから怖いのだ。
「クリスに術式の知識があるなら、任せてみたいが。アレオン、何か問題があるのか?」
「こいつは、敵に付け入る隙があればリスクを顧みず突っ込む男なんだ。もちろん色々考えた上で勝算があっての行動なんだが、度が過ぎるところがある」
「あ、レオさんそれって、却って真面目くんと相性いいんじゃない? リスクを取って動くクリスの行動が成功するか否か、事前に真面目くんが察知してくれるじゃん」
「……ああ、それは確かに」
真面目の危険回避はあらゆる場面で役に立つが、リスクを取りがちなクリスと同行させるには正に打って付けかもしれない。
レオは少し思案していたが、やがてクリスに向き直った。
「……分かった。狐をユグルダに連れて行っている間は、あんたに宿駅の倉庫の調査を頼むことにしよう」
「うん、了解。……ところで、同行者の真面目くんという子の能力って?」
「真面目は、ほんの少し先の危険を察知して回避する力がある。いいか、あんたはリスクを取った行動を起こす前に、必ず真面目に確認しろ。無茶なことはすんなよ」
「その真面目くんが大丈夫って言ったら、やっていいんだろう?」
彼は行く前からリスクを冒す気満々だ。レオは困ったものだと眉根を寄せ、ネイを振り返った。
「……狐。真面目に、こいつがしようとする無茶なことは許可すんなって言っとけ」
「了解っす」
倉庫の転移先はガラシュ・バイパーの屋敷……魔族の居住地だ。何故だか妙に魔族を敵視しているクリスは、チャンスがあればそのまま突っ込んで行く心配がある。真面目にはしっかり見張っていてもらわないといけない。
私的感情で命令違反をするような男ではないだろうが、それでも見た目と違い、許可されているぎりぎりを攻める猛者なのは間違いないのだ。
「では、倉庫の調査はクリスと真面目で決まりだね。アレオンの偽物の話もそちらの延長で考えていこう。……さて、次は墓地にある塔の話だな」
ライネルが話を進め、レオも手元の報告書を1枚繰った。
「魔尖塔を模したような塔だという話だったはずだが。その後何か変化はあったのか?」
「いえ、特には。おそらく、建国祭に向けてこれから使うのでしょう。……キイとクウが言うには、あの塔の最上階に『おぞましきもの』を召喚する予定なのではないかと」
「……『おぞましきもの』か。以前の報告でもあったと記憶しているが、それが何なのかが分からんな」
「キイとクウも、死者を操るおぞましいものという説明しか出来ないみたいです。正体不明で、世界の外のものだと言ってました」
「世界の外? 魔界のものなのか? ……いや、それなら正体不明ってことはないか。余計に分からん」
レオが首を捻っていると、隣でクリスも何事かを思案しているようだった。否、思案しているというよりも、何かを思い出そうとしているのか。
「『おぞましきもの』って、魔界語の本で見たことがある気がするんだけど……」
「何だと!? 本当か!」
「うん、ずっと昔。魔界の古語で書かれた本だよ。特殊な文字で私も全文は読み解けなかったけど、世界樹に関係しているような内容だったはず」
「世界樹って……また、話がでかいなあ」
クリスの言葉にネイが肩を竦めた。
しかし記憶を探るように顎に手を当てながら、彼はさらに言葉を続ける。
「『おぞましきもの』だけじゃない。確か『魔尖塔』も世界樹のもたらすものだったはずだよ」
「……何? 魔尖塔まで……?」
クリスから出てきた思わぬ情報に、レオたちは唖然とするよりなかった。




