兄、思い出す
ネイが到着したことで、そこからはジラックの話に移行することになった。
すでにライネルは報告を受けている様子だが、改めてレオと一緒に内容を確認している。隣にいるクリスもネイの話を聞きながらこちらの手元を軽く覗き込んだ。
「現在物流が滞っているせいで、ジラックの街の中はだいぶ食料が少なくなっています。一応農園や牧場もありますが、街全部をまかなうほどの生産能力はないですからね。保って後ひと月、というところです」
「……まあ、奴らとしては建国祭まで保てば良いということなんだろうな」
ネイの報告にライネルが見解を付け足す。
「住民の反発はないのか?」
「当初はありましたが、全て領主の雇った冒険者くずれのならず者兵士に制圧されました。現在は皆どうやって毎日を乗り切るか、そればかりを考えているような状態です」
「私はずっと昔に行ったきりだけど、ジラックは貴族も多くいる街ではなかった? 上位階級の人間も同じような状態なのかな?」
「いや、貴族や領主は食にも困っていないし、贅沢品もどこかしらから買っている様子ですね。表向きは分からないですが、自分たちの分だけは物資を搬入している可能性があります」
「金を出せる者には優遇か。もはや金を集めたところで、国が滅びれば何の役にも立たないというのに。自分のことしか目に入らない愚かな者が領土を治めると、割を食うのは善良な市井の民ばかりだ」
ライネルは大きく嘆息した。
ジラックの住民だって、エルダールの民だ。ライネルから見れば護るべき存在。その思いはイムカと同じように強い。
忌々しそうに眉間にしわを寄せて、ライネルは腕を組んだ。
「城門から物資をおおっぴらに搬入すれば、さすがに住民が略奪に走ったりするだろう。それがないどころか、住民が逃げ出して来ることもないところを見ると、城門は完全封鎖状態で、地下道か転移による搬入なのだろうな」
「地下道はないだろう。食物のみならず贅沢品を調達するなら、間違いなく王都からの荷だ。しかし王都からジラックに向かう荷馬車なんて、いたとしたらすぐに見付かるはずだし、そもそも他の村を経由したとしても、ジラック付近まで来る馬車をチャラ男が捉えられないわけがない」
感知型の魔法が得意なチャラ男は、街の周囲に自分の魔力の糸を張り巡らせることで、街に近付く者や街から出ていく者の存在を感じ取ることが出来る。それに引っ掛からないということは、ジラックの外まで荷を運んで来るわけではないということだ。
だとすれば、転移で物資を運び込んでいるに違いない。
ジアレイスたちの後ろに魔族がいることを考えれば、大掛かりな転移魔術も可能だろう。
「転移による搬入かあ……。しかし、領主の館から貴族たちが物資を受け取って家に持ち帰るような様子は、俺たち今まで見たことないですよ」
「では搬入先は領主の館ではないということか。貴族居住地区の奥にある納骨堂あたりは?」
「そんなところで目立つ動きがあれば、俺たちが気付いてすでに物資の出所を探っていますよ。表面上ではどこから入ってきているのか分からないんです」
表面上では分からない。そう聞いて、レオははたと思い出した。
あそこには未だに居場所の特定が出来ない、反国王派を騙る魔族がいる。その住居が、十中八九、貴族居住地区の地下にあるのだ。
もしもそこに物資を転移しているのなら、各貴族の屋敷に通じる地下通路を作れば、そこから荷物を運び込む事が出来る。
ジラックにいる貴族が皆ライネルにいい感情を持っていない者たちばかりであることを考えると、彼らを取り込むためにもそのくらいの融通は利かせているに違いなかった。
「搬入先は、おそらく反国王派の魔界貴族、ガラシュ・バイパー伯爵とやらの地下に隠された館だろう。恩を売ることで私兵を出させたり、資金を調達したりしやすくなるからな」
「あーなるほど。それなら俺たちの監視に引っ掛からないのも納得です。さすがに地下まで見張れませんからね」
「マルセンがジアレイスの足跡を追ってくれているんだが、貴族地区と領主宅をよく行き来しているようだった。領主宅への物資はジアレイスが転移で運んでいたのかもしれん」
レオの推察に、ライネルは得心が行ったように頷いた。
「ふむ。そこががっちりと手を結んでいることは、もう疑いようがないな。……しかし貴族たちの分だけとはいえ、物資の量はかなりのものだろう。搬出元にもそれなりの設備が必要だと思うんだが」
「搬出元……王都にはないですよね。魔族が仕掛けた術式は結界に反応するはずですし」
「もしやそれも地下なのか……?」
だとすると探すのは一苦労だ。見つけ出すことができれば、大量の荷と一緒に密かに密偵を送り込むことも可能なのだが。
しかし今から各街村を巡ってそれを探す時間ももったいない。
そう思って難しい顔をしていると、クリスが口を開いた。
「レオくん、搬出元は街村や地下にはないと思うよ」
「街村や地下じゃない?」
「うん。貴族地区一帯分の物資を賄おうとすれば、週に一度や月に一度の搬入なんかで間に合うはずがない。ほぼ毎日か、間を開けても3日に一度が精々だと思う。……街村の中で、毎日のように大量の物資を搬入するばかりで持ち出す気配のない建物があったら、近くの住民や憲兵などに怪しまれるだろう? 街中では隠れて搬入をするのも難しい。地下もそうだ。そこに入っていく回数が多くなるほど、誰かに見られてバレる可能性が高くなる。そんな危険は冒さないと思うな」
確かに、彼の言うことももっともだ。王都やザインは憲兵がいるから避けるだろうし、村になるとそんな搬入がされる施設があれば絶対目立つ。一度二度ならどうにか隠れていけるかもしれないが、頻繁に荷を持ち込んでいれば隠しきれないだろう。
「では、あんたはどこにあると思うんだ?」
「物流のライン上、荷物の搬入が不自然ではない場所。たくさんの荷馬車が乗り入れ、物資が豊富に集まる場所。……もしも私なら、宿駅に置くよ」
「宿駅……!」
クリスの答えに、レオは唐突に思い出した。
ザインから王都に向かう途中にある宿駅。
そこにあったレンガ造りの倉庫。何故だかひどく気になって、近くまで見に行った。……そこにあった、貴族の家紋のような印。その中央に掘られていたレリーフは、蛇ではなかったか。
ガラシュ・バイパー……ヴァルドは確かに奴を毒蛇伯爵と呼んでいた。
「……あそこか!」
思考のピースが全てきれいにカチリと填まり、レオは確信する。
あの時、前日の夜に搬入されたはずの倉庫の荷物が、翌朝には空になっていたのもその結論を裏付けた。
……例えば敵陣に大量の荷物、時には人も、送り込めるとしたら。
今後、あの倉庫は王国軍の思わぬ助けになるかもしれない。




