兄、報告書を受け取る
「ところで、お前たちの方の成果はどうだい? 精霊の祠の解放は順調?」
これも建国祭までにはクリアしたい事項だ。ライネルがレオに訊ねた。
「ああ。残るはあと2カ所、ユグルダとガントだ。……ガントはジラックのさらに向こうだから、最後に回すつもりでいる。次はユグルダに行くつもりだが……」
「ユグルダか。まあ、馬車なら王都から北へ1日の距離だな」
「……そのユグルダの精霊の祠なんだが、どうやら『速さ』を司っているらしくてな。ここの攻略の間だけ、狐を連れて行きたいんだが可能か?」
「それはもちろん。彼はお前の腹心だしね。事前にオネエたちに指示さえ出しておいてもらえば問題ない。今突然事態が動くようなこともないだろうしね」
「……待て、あれは腹心じゃねえ」
「はいはい。とにかく、問題ないよ。本人も喜ぶだろう」
レオが苦虫を噛み潰したような顔をしたが、ライネルはさらりと流した。
それに舌打ちをし、レオは努めて話を変える。
「そういや、王都の近くにあるジアレイスたちの転移ポイントは調べているのか?」
「ああ、一応調査はした。だが、我々では全く分からなかった。森の入り口辺りで突然消えるという話だが、周囲に術式も魔石も見当たらんのだ。……奴らは何か特殊な方法を用いているのかもしれん」
「……魔界水晶のような魔界の鉱物を使っていると、人間には認識出来ない。その類いなのかもな」
半魔であるユウトを連れて行けば見えたりするのかもしれないが、正直ジアレイスたちと鉢合わせる危険のあるところに弟を連れて行きたくはない。それに、レオには見えないものを彼が触って、またあの時のように異世界に飛ばされるようなことになっても困る。
……今度、他の半魔を伴って調査に行ってみるべきだろうか。
向かいでライネルも眉を顰めた。
「今は特に何もないが、王都の近くに奴らの転移ポイントがあるというのは気持ち悪いな。何か意味があるのか……ジアレイスたちの狙いが未だによく分からん」
「ジアレイスたちの狙いか……。そういえば、以前にウィルが兄貴に5年前のことを聞いて来いと言っていたな」
「5年前というと、父上を倒して魔研を廃した時か」
「そうだ。その時、ジアレイスから権力を剥奪しただろう。ウィルが言うには、兄貴に同じ屈辱を何倍にもして返そうとしているんじゃないかということだった」
レオの言葉に、ライネルは顎に手を当てて考え込む。
おそらく当時のことを思い出しているのだろう。
「あの時は当たり前の処分をしただけだと思ったが。確か、一族の爵位の剥奪、魔研の閉鎖、国費の私物化による無期の禁固刑……。まあ、ジアレイスにとってはどれも屈辱だっただろうけどね」
そこに、後ろからルウドルトが口を挟んだ。
「陛下、あの時ジアレイスが一番強く反発したのは、魔研の研究成果を全て禁忌のものとして焼き払い、この世界から抹消すると宣言した時です」
「ああ、そういえばそんなことを言ったな。倫理観の欠如した奴らの研究は、とても世に出せるものではなかったからな。……これがあの男にとって一番の屈辱だったのだろうか?」
「選民意識が強く、誰よりも自分が有能であることを示したい男だ。そんな自分の研究を抹消されるということは、ジアレイスにとっては過去を丸々否定され、存在を消されるも同然だったはず。……だとすると、同じようなことを兄貴に仕掛けてくるってことか」
レオがそう呟くと、今まで隣で黙って聞いていたクリスが納得したように頷いた。
「なるほど、どうして魔研の人間が世界を滅ぼそうなんて馬鹿なことを考えているのかと思ったら……このエルダールの平和な世界そのものが、ライネル国王陛下の有能さを示す成果だったからなんですね」
「確かにこの国を消されることは、私にとっては耐えがたいことだ。……だが、我々を世界ごと消して、奴らはそれを誰に誇る気なのだろうな。仲間内で溜飲を下げ、それだけだ。新世界にジラックの住人を少し連れて行ったところで、それを讃えてくれる人間など皆無。たったの数日、自分たちがいい気分でいるためだけの行為だよ。不毛だな」
「……まあ、復讐しか頭にない者は、後のことなんてどうなろうが考えてもいないからな」
ジアレイスたちのしようとしていることは、どう考えても愚行。
しかし、レオはそれを笑うことは出来なかった。……同じ5年前のあの場所で、同様に復讐心から愚行に走った自分がいたからだ。
憎悪は人を狂わせることを、レオは知っている。
「とはいえ、ジアレイスも馬鹿じゃない。一気に終わらせては、自分が望むようなカタルシスを味わえないことを知っている。世界を消す前に、兄貴の名声にダメージを与えようとしてくるはずだ。……俺の偽物を使って弟殺しを指摘するのも、その一環だろう」
「そう考えると転移ポイントが王都にあるのも、何かを狙っていると思っていた方がいいだろうな」
異世界で生成したキメラをあそこから送り込んできて、王都を襲わせ住民の不安と不満を煽ることも考えられる。
ライネルが対応しきれなくなれば、不安を煽られた住民がジアレイスたちの甘言に乗って王宮を叩く可能性も出てくるのだ。国の内側に不穏因子が出来てしまうとそちらにも対応しなければならず、他の住民にも不安が移り、国が上手く機能しなくなる。
ジアレイスたちが事を起こしてから国を滅ぼすまでどのくらいの時間の猶予を見ているのかは分からないが、何にせよ先手先手で対応していかなければなるまい。
「とりあえずこの話は今度ウィルにしておこう。思考展開をいくつかのパターンで用意してくれると思う」
「レオくん、その話の時には私も同席していいかな?」
「ああ、もちろん。あんたもいてくれた方が推論も精度が増すだろうしな」
レオはクリスの申し出に頷いた。ウィルもクリスも物事を見極めて今後の展開を推察する力がある。力を合わせてくれれば、だいぶジアレイスの思惑が絞り込めるだろう。
……そこまで話したところで、不意に扉がノックされた。
ライネルが人払いをしているはずの廊下からの来訪者、そんなのはひとりしかいない。
「お待たせしました。レオさん、ユウトくんとエルドワを無事送り届けてきましたよ」
返事も待たずに勝手に扉を開けて入ってきたのは、もちろんネイだ。
そのまますすっと移動して、何を言われなくともレオの後ろに控える。そして、こちらの肩越しに書類の束を渡してきた。
「……何だ、これは」
「ジラックでのこれまでの報告書です。もう陛下には渡してあるので、これはレオさんの分」
結構な分厚さだ。ぱらぱら見ると、ネイだけでなくオネエや真面目の書いた報告書も入っている。
それを向かいで見ていたライネルが苦笑した。
「アレオンの分まで用意させていたのか。さすが、マメな男だな。ちょうどいい、話の切りも良かったし、ここからはジラックの話に入ろう」




