弟、クリスの斧の副作用を心配する
「さて、先に斧の鑑定をしましょうか! 超激レア魔物から出たアイテム、滅多に出ないユニーク武器ですよね!」
「うん。これなんだけど……ごめん、私しか持ち上げられないから、裏面とかが見たい時は言って」
クリスがテーブルに黒い大斧を置く。ウィルは試しにそれの柄を握って持ち上げてみようとした。
「……っ、微動だにしない……! これは所有者を選ぶタイプなのですね。どうやら属性的には負のアイテムのようです。術式の刻印はあるんでしょうか。クリスさん、ちょっと裏返してもらっていいですか」
「はい、どうぞ」
言われてクリスは軽々と斧をひっくり返す。ウィルはその刃を指先で軽く叩いて音を聞いてから、付いた刻印を観察した。
「この素材はアダマンタイトとダマスカス鋼を使っているようですね。柄の部分に埋まった宝石は……この世界の鉱物ではないかもしれません」
「この世界の鉱物じゃないってことは、魔界の?」
「おそらくは。そして術式も特殊な配列ですね。……過去に確認されたアイテムを記述した大全の中で、これと同じような特徴の記述を見た覚えがあります」
本来は鑑定の専門家でも、そのアイテム大全を逐一引いて結構な時間を掛けなければ答えは出ない。しかしそれが全て頭の中に入っているウィルは、あっという間に答えを導き出した。
「この斧は、『憎悪の大斧』です」
「な、何か怖い名前ですね。そんな斧がクリスさんに適合してるんですか?」
「この斧がどういう条件で所有者を決めているのかは、定かではありません。ただ、昔の適合者は皆、早いうちに戦死をしているようです」
「戦死……? これは呪われたアイテムなのか?」
不穏な単語に眉を顰める。昔の所有者の死がこの斧の弊害によるものなら、持っていても意味がない。
そう思って訊ねたレオに、しかしウィルは首を振った。
「呪い、というわけではないようです。装備してステータスが下がるとか、そういう効果はない。それどころかとても強力ですし、記述によると魔物を斬るほどに攻撃力が増すとか」
「へえ、すごいな。じゃあ、どんどん強くなる武器なんだね」
何だか怪しいアイテムなのに、所有当事者のクリスはあまり気にしていないようだ。使う気満々といったていで、斧をまじまじと眺めている。
そんなクリスに、ウィルは情報を付け足した。
「ただ、気を付けるべき事があります。この柄にある宝石に、倒した魔物の憎悪がどんどん溜まっていくらしいんです。それが溜まるほど強くなるんですが、いっぱいになると憎悪の解放が起こります」
「解放?」
「宝石の憎悪が満タンの完全体で斧を振るった時、攻撃と同じダメージが自分にも降りかかるのだそうです」
「えええ!? そんなの、絶対クリスさん死んじゃうじゃないですか! 超強いのに、その攻撃が自分に来るなんて……!」
それを聞いて、ユウトがまるで自分のことのように青ざめる。
当然ながらクリスの実力を知る弟は、それがとんでもないダメージになることが分かっているのだ。
「一応、自分の体力を越えるダメージの場合、ほんの少しだけ体力が残って即死にはならないようですけどね」
「HPが1残るくらいじゃ、クリスさん段差降りただけでも死んじゃう……!」
「いや心配しなくても、私は段差降りたくらいじゃ死なないけど。でもまあ、周囲に敵が残っていたら危ないこともあるかもね」
しかしユウトの心配を余所に、クリスはのほほんと言う。
「憎悪の解放が終わったら、また溜まり直す感じなのかな?」
「どうでしょう。どうも過去の所有者は皆その時点で亡くなっているようですから、その後のことはわからないんです。他の者では持ち上げることもできないので、その場に放置されたということですが」
「放置されただと? ……この憎悪の大斧はいくつもあるのか?」
「それも分かりません。ですが、後日同じ場所に行った者が斧を発見出来なかったという報告もあった様子なので、何かの力によって同じ斧が世界を巡っている可能性もありますね」
「ふうん、面白いな」
クリスはウィルの説明を聞いて、興味深そうに頷いた。
そして大斧を自分のポーチに戻す。
「……うん。ありがとう、ウィルくん。これで安心してこの大斧を使えるよ」
「え、ちょ、クリスさん! 全然安心出来ないですよ!?」
「大丈夫、即死じゃないなら十分使えるって。憎悪が溜まった時だけ気を付けてれば、その分攻撃力は上がるんだし、頼もしいじゃない」
「ええ~……」
……さすが、リスク上等の剛の者。
クリスは柔和に微笑みながら、ずいぶん怖いことを言う。
まあ、彼はただの楽観主義ではなく、おそらくこれから魔物討伐数と憎悪の溜まり具合を調べながらデータの裏付けを取って行くのだろうけれど。
そこまで話したところで、テーブルにすき焼きが運ばれて来て会話がリセットされた。
店員が肉を焼いて割り下を入れ、野菜も投入してから、白飯や小鉢などもセッティングして出て行く。
この香り、何とも食欲を刺激する匂いだ。
「とりあえずは飯にするか」
「あ、うん。いただきます。エルドワ、熱いから気を付けて」
「アン」
「うっ、バンマデンノツカイはお預けですか……!? 語るだけならいけちゃうと思うんですが!」
「それはメインだから、ご飯を食べながらだともったいなくないかな? 良かったら前菜として、私が軽く他の海の魔物の話をしてもいいけど」
「はっ、そうですね! 食事をしながら聞くなんて、超激レアモンスターに申し訳ない……! ではクリスさん、海のゲートの魔物の話をお願いします!」
さっき言っていた通り、ここからはクリスがウィルのことを引き受けてくれるらしい。レオは安堵して、ユウトと食事に専念することにした。
間に鑑定の話を挟んだせいか、ウィルのテンションがまだあまり上がっていないから、だいぶマシなようだ。
彼は椅子から立ち上がることなく、クリスの話を聞いている。
バンマデンノツカイの話を先に持って来なかったのは英断だった。
クリスは海坊主の話や巨大鮫の話などをし、彼なりの考察やデータを次々と提示した。それを聞くウィルの手は全く動いていない。
見かねたユウトが、取り箸で肉を取って、ウィルとクリスの器にそれぞれ乗せてあげていた。うん、可愛い上に良く出来た弟だ。
「……おい。とっとと飯を食い終わらんと、メインの話に行けんぞ」
「おっと、そうですね! 失念していました!」
「ユウトくん、お肉よそってくれてありがとうね」
「2人とも、お野菜も食べて下さいね。具材がなくなったら、シメのうどん入れますから」
程なくすぐに具材のなくなった鍋に、ユウトがうどんを投入する。
それを軽く煮込んでそれぞれ取り分けている間に、ウィルがデザートと食後のお茶を頼みに行った。
おそらくバンマデンノツカイの話をしている最中に店員が来て邪魔されることがないように、先に運んで来ておいてもらおうということだろう。
ウィルの思惑通り、うどんを食べている間にそれらが運ばれてきて、4人はきれいに平らげた。最後にゆったりと茶を啜る。
美味かった、満足だ。このまま帰りたい。
「……さあ! ここからが本番ですよ!」
しかし飯を食ってますます元気になったウィルは、こちらが醸し出すうんざり感を無視するように、ワクワクした顔で身を乗り出した。
……ああ、マジ帰りたい。




