兄、弟に激萌えする
暗い夜道を馬車で駆け抜ける。
さすがに昼間と同じ速度で走るのは無理があるが、それでも月明かりの中、アシュレイは軽快な足取りで王都へ向かっていた。
良いペースだ。
東の空の地平が僅かにだが明るくなってきた、この時点ですでに道程の半分に差し掛かっている。
8時頃には一度休憩が取れるだろう。
「おはよう、レオくん。時間だ、代わるよ」
「ああ」
3時間より少し早めに、クリスが荷台から顔を出した。
小さな欠伸をして、レオの隣に座る。
「王都に着くのは何時くらいかな? 私はまず宿屋を探さなくちゃ」
「今晩はウチに泊まれ。明日も午前からあちこち行くからその方が都合が良い。……しかし、宿じゃなくてあんたも拠点として王都に部屋を借りた方がいいんじゃないか?」
「そうだなあ、やっぱり国の中心だし、王都からだとどこに行くにも便利だしね。……そうだ、あそこ今も使えるかなあ」
「……あそこ?」
「私のパーティが昔使ってた拠点。郊外だけど馬車を置くスペースもあるし、結構広い一軒家だよ。ただ、ここ数年だれも管理してないと思うから、酷い有様かも」
「そんなところがあるのか」
馬車を置くスペースがあるというのはありがたい。もしリフォームして使えるのなら、アシュレイを王都内で待機させることができる。
「内装を直して使えるなら、俺たちも金を出す。パーティで使っていたということは余剰スペースもあるんだろう? そこにアシュレイや他の者たちが来た時に泊まれる場所を作って欲しい」
「それはもちろん構わないよ。ひとりでいるのもつまらないし。……でも、アシュレイ以外にも泊まるような誰かがいるのかい?」
「ジラックに潜入させている、双子半魔のグレータードラゴンもそろそろ引き上げさせたいんだ」
「グレータードラゴン!? ……はあ、エルドワといい半吸血鬼といい、レオくんたちはすごい半魔を引き連れているねえ」
クリスは感心を通り越して呆れたような息を漏らした。
「まあ、君たちの仲間の半魔なら全然問題ないよ」
「助かる」
「その前に家がちゃんと使えるかが問題だけどね」
そう言って苦笑をした男は、さっきよりも地平が明るくなったのを見てレオを促した。
「おっと、レオくん、荷台に戻って休んで。どうせまだまだ昼間に話をする時間はある」
「ああ。じゃあ後は頼む」
「うん。ユウトくんにちょっかい出して起こさないようにね」
「眺めて匂いを嗅ぐだけだから問題ない」
「寝なさい」
最後に真顔で指示をされたが、レオは返事をせずに荷台に戻った。
休憩を取りつつ、アシュレイの調子も見ながら馬車を走らせること1日。さすが普通の馬とは段違いの体力を持つ彼は、スピードを落とすこともなく、宵の口には王都の付近まで辿り着いた。
「ご苦労だったな、アシュレイ」
「アシュレイくん、ありがとうね。こんなに早く着くと思わなかった」
「アシュレイ、お疲れ様。馬車の保管箱に果物入れておいたから、後で食べてね」
「アン」
城門よりも手前で降りたレオたちは、アシュレイを労う。
ユウトに撫でられて、馬は嬉しそうにその身体に擦り寄った。
「ラダまではアシュレイの馬車なら半日で着く。それほど急ぐ必要はないから、のんびり帰ると良い」
「アシュレイは強いから大丈夫だと思うけど、気を付けてね。ラダでまた会おうね」
「ブルル」
素直に頷いたアシュレイは、そのままラダに続く村道の方へ向かう。周囲はもう暗い。すれ違う馬車や旅人もほとんどいないだろうし、御者の不在も目立つまい。
走りゆく馬車を見送ると、レオたちは徒歩で明かりの灯る王都の城門へ向かった。
「これからどうするんだい?」
「王宮に行くわけにもいかんし、魔法学校も終わっている。どこかで飯を食って家に帰るぐらいしかあるまい」
「あ、レオ兄さん、まだ夜8時前だよ。ギルドの受付開いてる。クリスさんのギルドカード、ぎりぎりで作れるかも」
「ああ、本当だな。なら今日のうちに作っていくか」
そうと決まれば城門を潜り、まっすぐに冒険者ギルドを目指す。
その道中、クリスは周囲をやたらときょろきょろ見回した。まるでおのぼりさんだ。
「すごい……昔の王都とは街並みがずいぶん変わったね。人や商店街の雰囲気もすごく良くなったし……ライネル陛下はやはり傑物だな」
「……昔って、そんなに酷かったんですか?」
「前王の頃は貧富の差が激しく、賄賂や裏取引みたいなのが横行していたからね。高い税金ばかり取られて、そのくせ国民生活に全く還元されない悪環境。裏通りなんて普通の人間じゃ危なくて歩けなかったんだよ」
「へえ……今じゃ想像出来ない。ライネル兄様って本当にすごいんだね。やっぱり尊敬しちゃうなあ」
ユウトは改めてライネルの政治力に感心している。
「……剣の腕はへなちょこだがな」
「もう、どうしてそういうこと言うの。いいじゃない、だからルウドルトさんが護ってくれてるんだし」
「ユウトくん。レオくんは君が陛下を褒め称えるからヤキモチ焼いてるんだよ」
「あ、そうなの?」
「……いらん解説すんな」
思わず不愉快げに眉を顰めると、そんな兄の顔を弟が上目遣いに覗き込んだ。
「……大丈夫、レオ兄さんがすごく強くて格好良くて尊敬するって、僕はいつも思ってるよ?」
その言葉だけでレオの眉間のしわはするりと解ける。
きゅっとこちらの袖口を掴んで小首を傾げるユウトは、あざといほどに可愛らしい。
「優しいし、料理上手だし、僕のことを一番に考えてくれるし、いつも一緒にいてくれるし」
「……ユウトくん、レオくんを褒めるのはそのくらいにしておいたら。ヤバい感じに感極まってブルブルしてる」
「あ、はい。えーっと、だから何が言いたいかっていうと、僕はレオ兄さんのこといつでも大好きだよってこと」
褒めの羅列より、最後の総括の方が可愛すぎた。
「くっ……! 俺の天使が天使すぎる……! ハグりたい……!」
「レオくん、どうどう。見てるのが私しかいないとこなら良いけど、王都の大通りでハグとかやめてね」
無自覚に煽る弟に激萌えする兄を、クリスはやんわりと押しとどめる。まあレオとしてもこんなところで好奇の目を集める趣味はない。
とっとと用事を済ませて、自宅で思う存分ユウトを可愛がろう。
そう決めた兄は、足早に冒険者ギルドに向かい、その扉を潜った。
夜の冒険者ギルドは人がまばらだ。
夜8時以降はクエスト受注の手続きと完了報告の受付のみになるのだが、来訪者の少なさから窓口の数はその前の6時くらいにぐっと減らされる。
すでに担当者の座っているカウンターは4つくらいしかない。
しかしその中のひとつにウィルがいて、レオたちは真っ直ぐ彼の窓口に向かった。
「ウィルさん、こんばんは」
「こんばんは、ユウトさん」
ウィルはユウトには挨拶をする。しかしそれを不要と考えるレオには、すぐに用件を訊ねた。
「初見の方をお連れですね。パーティ登録ですか?」
「いや、その前に冒険者登録からだ。……あと数分で8時だが、大丈夫か?」
「受付開始時点で8時前なら問題ありません。ではそちらの方、席に掛けて申請用紙に必要事項を記入し、身分の証明が出来るものを」
「さすが、今の冒険者ギルドってちゃんとしてるね。ええと、身分の証明はアイクさんに書いてもらった書類で良いのかな?」
「それでいいはずだ。駄目だったら俺たちが保証人になる」
クリスが差し出した証明書を、ウィルが受け取って確認する。
「証明書の発行者はベラールの村長ですね。これで十分、問題ありません。お名前は、……クリスティアーノエレンバッハ……!?」
「申請書の名前の欄、足りなくてはみ出しちゃったけど問題ないかな? はい、これもよろしくね」
証明書を見たウィルが、ぴきりと動きを止めた。何だか様子がおかしい。
しかしクリスが気にせず申請書も差し出すと、彼はそれを手に取り、何度も2枚の書類の名前を確認した。
そしてようやく顔を上げ、クリスを見る。
「クリスティアーノエレンバッハ……! もしやあなたは、白銀隊の隊長の……!?」
「あれ、君は私の隊のことを知ってるの? 若いのに珍しいね」
驚くウィルに、クリスはのんびりと微笑んだ。




