兄、クリスに説明する
新たにクリスを加えた一行は、村の外で待つアシュレイの馬車に乗り込むと、一路王都へと向かった。
御者席はユウトとエルドワに任せ、レオとクリスは荷台で向かい合う。今後について色々示し合わせなければいけないからだ。
さて何から話したものかと考えるレオの前で、クリスはリラックスした様子で馬車の中を見回した。
「立派でいい馬車だね。余程の名工が作ったんだろうな。乗り心地が抜群に良い。内装も品質の良いもので揃えられていて、どんな長距離旅でもできそうだ。それに馬も……。あの大きい馬は半魔だよね?」
「ああ。アシュレイという。人化してもデカいんで、街村の中にはなかなか連れて行けないんだ。……とりあえず、今日の野営地に着いたら改めて紹介する」
「君たちのパーティはこれで全部?」
「パーティという形では俺とユウトだけだ。そこにあんたも入って3人だな。エルドワとアシュレイはユウトの従者みたいなもんだ。他にユウトが血の契約をしている、ヴァルドという半吸血鬼もいる。ザインに行ったら引き合わせよう。……それから、時々だが狐目の男が入って来ることもある」
「狐目の男?」
クリスは首を傾げた。
「その人は半魔じゃないのかな?」
「……そういやあいつ以外みんな半魔だな。とりあえず狐は人間だ。今後関わることも多いと思うから、もし会えたら顔を覚えてくれ」
「うん、分かった」
ネイはずっとジラックの調査をしているはずだが、他の隠密に比べれば王都にいる率は高い。ちょうど王宮にいたら、呼び出して顔合わせだけでもさせたいところだ。
「王都に着いたら、あんたのギルドカードを作ってすぐにザインに向かうつもりだ。あちこちに俺たちの手伝いをしてくれる奴らもいるから、会えればその都度紹介する」
「ギルドカードかあ。最初はランクEからだよね。素材採取とか、ワクワクするなあ」
「俺たちが推薦すればもう少し上のランクから始められるが」
「いいよ、ランクEからで。楽しそうじゃない」
彼らが冒険者になった頃のギルドはほとんど機能していなかったから、そういう査定的なものはなかったらしい。だから子どもの遣い程度のクエストでも新鮮なのだろう。
「まあ、それでいいなら構わん。基本的に、街の移動なんかはそのギルドカードを使う。……だがもう1枚、俺たちと活動するに当たってランクSSSの偽名のギルドガードも作ってもらうぞ」
「王宮直属の、だよね。そっちは実力査定はないの?」
「俺とユウトが推薦すればおそらく問題ない」
ライネルはレオとユウトが認めた人間なら拒みはしない。そのうち直接会わせた方がいいだろうが、今回は急いでいるから、カードだけ作ってもらおう。
「あんたの偽名は何にする?」
「んー、クリスティアーノエレンバッハから取って、バッハでいいんじゃないかな?」
「バッハだな。了解」
あとはランクSSSで活動する時用の装備がいるが、それはもえすに行ってからでいいだろう。
「それにしても、君たちはどうしてギルドカードを分けて偽名を使っているんだい?」
「ランクSSS冒険者の肩書きなんて、目立つしウザいだけだろ。パーティに入れろだの弟子にしろだの言ってくるヤツも出てくるし」
「ああ、確かに」
「だからランクSSSで活動する時は見た目と名前を変えることにしてる。あんたにも、通常装備の他にランクSSS用装備も作ってもらうからな」
「そういうことなのか。……私はてっきり、偽名は君の身分を隠すためだと思っていたのだけど」
「……何?」
思わぬ言葉に、レオは眉を顰めた。
この男、何かを勘付いているのか。ユウトがレオの身分を勝手に明かすとは考えられないし、エルドワやアシュレイはそもそもクリスと人化した姿で対面していないのだから、そこから漏れるはずもないのだが。
そうして訝しむレオに、クリスは他意のない笑顔を向けた。
「レオくんって、アレオン殿下でしょ? 5年前に死亡説が出たけど、剣聖と呼ばれた君のような手練れが、そう簡単に死ぬわけないって思ってたんだよね」
「あんた、何故それを……?」
彼はほぼ確信を持って言っている。
ここで否定することも出来るが、レオはそうしなかった。今後クリスをパーティに入れるのなら、いっそそう知られていた方が都合が良いからだ。
ライネルやルウドルトを交えて話し合いをする時に彼の思考力は欲しいところだし、身分を知られているならば、王宮に通じる王家の秘密の通路を使って連れて行くことができる。余計なごまかしはいらなくなるのだ。問題はない。
ただ、どうしてレオの正体に気付いたのかだけが気になった。
「……いつから気付いていた?」
「君の倒した魔物の切断面の美しさを見た時かな。私は昔、殿下が倒した魔物を見たことがあってね。その無駄のない剣の軌跡の印象が今でも頭に残っている。君たちが剣聖のランク、SSSだと聞いていたから、もしかしてと思って興味深く見ていたんだよね。そしたら思った通り、その切り口が同じだったんだ」
「……それだけか?」
「それだけで十分だよ。完成された剣筋はそうそう変わらない。刃の入る角度、力の入り抜き、急所を突く正確さ。そこには個性が表れるんだ」
クリスはそう断言する。その観察眼はさすがだ。
しかし彼は、それ以上言及する気はないようだった。
「まあ、目立つと色々動きが制限されるようになるのは理解出来る。私も君たちの正体がバレないように気を付けるよ」
「……そうしてくれ」
彼は微笑みながら軽く肩を竦める。
とりあえずこちらが王族だと知っていても態度が変わらないのはありがたい。本当にマイペースな男だ。
クリスはいつも通りの穏やかな様子で話を進めた。
「ところでレオくん、私もそろそろもっと核心的なことが聞きたいのだけど」
「……何だ?」
「まだ、私に言ってないことがあるだろう?」
そこで少しだけクリスの声のトーンが落ちる。まるで知られてはいけない内緒話をするように。
「さあ、言って。君たちは今、どんな恐ろしい敵と戦おうとしているんだい?」




