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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、岩の下敷きになる

 ユウトの予想外のお願いに、クリスはぱちりと目を瞬いた。


「斧を貸す? いいけど、ユウトくん持てないでしょ」

「そうなんですけど、ええと、そこに置いてもらえれば」

「ここに……あ、もしかして、そういうこと?」


 海底に斧を置くように促されて、クリスはユウトの思惑に勘付いたようだった。得心が行った様子で片手でポーチを漁る。

 しかし2人がそんなやりとりをしているうちに、再び敵の気配が近付いてきた。


「おい、来たぞ」

「おっと、はいはい。じゃあユウトくん、ここに斧置いておくね」

「ありがとうございます」

「ユウト、危ないからちゃんと隠れろ」

「うん、分かってる」


 クリスがユウトの頼みに応じて、その場に斧を置いてから剣を構える。レオも剣を構えたまま、水竜の接近を待った。

 さっきよりも敵の移動がだいぶ速い。水の中を滑るように進んで来ているようだ。


 今回は水竜の影が見えたかと思ったら、あっという間に目の前まで迫ってきた。


「レオくん、水竜の頭狙って!」

「は? 頭!?」


 横にずれてもう一度首を狙うつもりだったレオに、クリスが指示を出す。それに慌てて剣の軌道を修正して、ほぼ打撃同然で敵の眉間に攻撃を当てた。


「くっ、重……っ!」


 噛み付こうと突進してくる力をまともに受けて、滑る海底では踏ん張りが利かずに後ろに押される。さすがにレオもこの足下環境では止めきれない。

 しかしそこにクリスも加勢して、どうにか水竜の勢いを殺した。


「うん、上出来! ユウトくん、よろしく!」

「……ユウト?」


 ここで何でユウトが出てくるのか。そう思っていたら、突進を止められた水竜の首にくるりとロープが掛けられた。

 ユウトの魔法のロープだ。

 これで水竜を海底近くに留め置こうというのだろうか。

 だが、その辺の岩に括り付けても、相手がこの大型魔物ではそれごと持って行かれてしまう……とそのロープの逆端に視線を移すと、ここでユウトの意図に気が付いた。


 水竜を繋いだロープが、さっきのクリスの斧に括り付けられていたのだ。

 その武器に適合するもの以外には、どれほどの力があろうと持ち上げられないユニーク武器。ユウトはそれを利用して、敵をつなぎ止める重石としたわけだ。

 これなら、水竜が重石を付けたまま逃げることは不可能。


「ああもう、俺の弟が可愛い上に賢すぎる……! 天使!」

「これでレオくんが追加でキャンディ舐める必要なくなったかな? ユウトくんはお兄ちゃん想いだねえ」


 縄に掛けられた敵がそれを嫌って上に逃げようとするが、それが返って結び目を固くする。魔法のロープはユウトの魔力によって鍛えられ、ランクAのモンスターでは容易に切ることはできない。

 後はレオとクリスが剣を振るうのみだ。


「ユウト、もう少しロープを伸ばせ!」


 レオが指示を出すと、ロープがするすると伸びる。

 ユウトが返事をしないのは、敵に居場所を知らせないためだ。ちゃんと状況を分かっている。偉い。そして可愛い。


 ロープが長くなったことで少しだけ水竜の動き回る余地が出来てしまうが、そこは仕方がないと割り切った。

 あまり海底に近いとユウトのいる場所に思わぬ攻撃が行く可能性があるし、砂が舞い上がって視界も悪くなるのだ。それに比べたら、少々上層でじたばたされるくらいどうということはない。


「今度こそ首を落としに行くぞ」

「うん、了解」


 足場を駆け上がって、レオはクリスと共に首を狙いに向かった。しかし逃げるのを諦めた水竜が、とぐろを巻いて首を護りつつ、尻尾で攻撃して来る。これでは上手く首を狙えない。

 チッ、と舌打ちをしたレオがその尻尾を払いのけたと同時に、クリスが飛び出した。


 そのまま、尻尾の皮膚が裂けた部分、さっきと全く同じ場所に剣を打ち込む。彼は2人で首を狙うより、こっちを先に切り落とした方が早いと判断したのだろう。

 クリスの2撃目は今度こそきれいにその肉を断ち、周囲の海水が赤く染まった。


 グオオオオオ、とくぐもった声は水竜の怒りの咆吼か。

 尻尾を断ち落とされた敵はのたうつように身体をくねらせた後、その反撃の牙をクリスに向けた。


「お、来るかな? レオくん、よろしく」

「分かってる」


 水竜が怒りに任せてクリスに噛み付こうと首を伸ばしたところで、今度はレオがすかさず、これもさっきと全く同じ場所にドラゴンキラーを打ち込む。

 さすがに首はまだ尻尾のように断ち落とすには至らないが、そこからは血が噴き出した。大きなダメージが行った証拠だ。

 レオは引き抜いた剣を振って血を払った。


「……本当に固えな。だが、次の一撃で行ける」


 足場に戻ったレオは、続くタイミングを計る。

 だいぶ体力を減らした水竜が再び首を内側に引っ込めて悶えうごめいているが、尻尾を落とされた今、攻撃手段は魔法か噛み付きぐらいしかないわけで、レオとしてはそれを待つだけだった。


「ユウトくんのおかげでだいぶ早く片がつきそうだね」

「ああ。後でめちゃめちゃ撫でてやろう」


 隣の足場にいるクリスに返すレオは、すでに終わった気分だ。

 そんなレオの前で、水竜がおもむろに身体を揺すり始める。おそらく魔法を発動する気に違いない。

 まあ、噛み付きで来れば首を狙われて、そこで終わる。それが敵にも分かっているのだろう。


「水流の魔法だって、俺たちには無駄だと分かっているはずだが。……ま、とりあえずこれなら魔法発動後の僅かな硬直の間にとどめを刺せる」

「……ん? ちょっと待って。さっきの魔法と何か違うみたい」

「違う? 何がだ?」

「これ、水流じゃなくて……」


 クリスが何かを言いかけたところで、先に水竜の魔法が発動した。

 術が放たれ、周囲の大地がカタカタと小さく震え出す。


「なっ、これは……!」

大地震アースクウェイクだ!」


 その魔法の正体に気付いた時、大きな鳴動が来た。深海の地面が大きく揺れる。まさか水竜が地の魔法を持っているとは。

 すぐに上の海域から大きな岩がごろごろと降ってきて、ここがすり鉢状になっていた意味を知る。


 このフロアの形状は、水竜が危機的状況に陥ったら大地震を起こし、海底にいる冒険者を一網打尽にするための造りだったのだ。


「くっ、この……!」


 魔法発動のために顔を出した水竜を急いで倒しに行く。足場に乗っているレオたちは地震の影響は受けない。3度目の攻撃、レオは目測を誤ることなく打ち込んだ。


 硬い骨の手応えを断ち切り、そのまま振り抜けば水竜の首は飛ぶ。

 そこでぴたりと地震は止まったけれど、岩は遅れて何個も落ちてきた。海底は、その落下の衝撃で砂が舞っている。


「ユウト!」


 水竜を倒したレオは、砂が晴れるのを待つ余裕もなく足場から飛び降りた。

 ユウトとエルドワが隠れていたはずの足下は、すっかり大岩で覆われている。レオはその状況に狼狽えた。


「ユウト、どこだ!?」


 弟がこんな岩の下敷きになっていると考えただけで、兄は生きた心地がしない。

 常にないほど周章狼狽するレオに、クリスは安心させるように声を掛けた。


「レオくん、落ち着いて。心配しなくてもユウトくんは無事だよ。足場もしっかり浮いてるし、ブライトリングも消えてない」

「これが落ち着いていられるか! 俺はユウトにたんこぶひとつすら出来るのは許せんのだ! あの足に青タンとか出来てたら気が狂……」

「アン」

「ん?」


 不意にエルドワの声がして、レオは言葉を止めた。

 もしかしてこの下にいるのか。エルドワがいるなら、当然ユウトも一緒のはずだ。レオは足下の大岩を確認した。


「この岩をどうにかしないと……! 割るか、どうにか移動して……」


 どうやって岩を排除しようかと考える。が、次の瞬間、レオが何かをする前に大岩が粉々に砕け、子犬が飛び出して来た。

 そして、その奥からは弟も。


「はあ、びっくりした。いきなり岩に閉じ込められちゃうなんて……」

「ユウト!」


 現れたユウトは砂と石のかけらにまみれていたが、気にせず抱き締める。そして兄は弟の全身をくまなくチェックした。


「怪我はないな!? 良かった……。俺が近くにいながら危険な目に遭わせてすまない」

「ん、全然大丈夫だったよ。エルドワが危ない岩を全部破壊してくれたし」

「……エルドワが岩を?」


 隣で尻尾をぴるぴるしている子犬の口元には、岩の破片が付いている。

 ……そう言えば、エルドワは硬質の岩を背負った岩石ハサミヤドカリすらも噛み殺せる強者だった。

 この辺の岩くらい何てことないだろう。


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