兄、バンマデンノツカイを倒す
あまりにも出来すぎている。
ユウトの幸運による恩恵とはいえ、超激レアモンスターに当たった上に、その素材が魔界探索に役立つアイテムになるなんて。
そう訝しんで、レオはすぐにこの過剰な幸運を弟に与えることによって、大精霊が必然的にバンマデンノツカイを自分たちに引き寄せたのだろうと推察した。
そう、これは大精霊によって最初から仕組まれた大幸運。
今後は人間界だけでなく、魔界にも行く可能性は大いにある。
その瘴気対策を今のうちから準備しておけということだ。全く、人使いの荒いクソ精霊め。
「……仕方がない、どうにかしてこいつを倒すか」
「もう魔笛の誘引効果は切れるよ。ここからは離脱されるから、追いながら戦う羽目になるけど」
「それでもやるしかない。ヤツの素材が必要らしいからな」
レオは言いつつ剣を抜いた。
とりあえずバンマデンノツカイは、来た時と同様に去って行くスピードも遅いのだけがありがたい。
こちらに背を向けて移動を始めた敵を、レオは試しに一度切りつけた。
当然きっちり目測を定めたつもりが、剣は虚しく空を切る。
そのまま続けて二度三度振るった剣も、全て何の手応えもなく空振りした。
「……攻撃回避率の高い敵と戦うとフラストレーションが溜まるから好かん」
「ていうか、私的には集中力が切れちゃうのが問題だなあ。一振り一振りに気が入らなくなっちゃうんだよね」
もちろんだがクリスの攻撃もスカスカと避けられている。
ゆっくりとはいえ去って行く魔物を追いながらだと焦りも出て、つい剣筋はなおざりになりがちだ。
ユウトも一度氷魔法を放ったけれど、やはり当たりはしない。
「このままさらに海溝の深いところに移動されると厄介だな。下り階段のある場所に戻るのも一苦労になる」
「そうだね。バンマデンノツカイの巣はだいぶ深海にあるという話だし。せめて移動を止められればいいんだけど」
「敵を引き留める……あ、そうだ」
2人は眉根を寄せつつ打開策を思案する。するとその後ろで会話を聞いていた弟が、ふと何かを思いついたようだった。
「レオ兄さん、あれ使ってみたら。伝説の釣り竿。100%の確率で釣れるし、バラすこともないからここに留め置けるよ」
「ああ、伝説の釣り竿か……! 確かに、あれなら少なくとも移動は阻止出来るな。さすが俺の弟、賢いぞ」
「そうか、なるほど。それは妙案だね。おまけに敵をこの場に留められるのはもとより、それがあれば攻撃を当てることができるかもしれない」
クリスはそう言って、前方のバンマデンノツカイを見た。
彼の言わんとしていることに気が付いて、レオも竿を取り出しつつ前を見る。もしかすると、長引くと思ったこのレアモンスター討伐は、すぐに終わるかもしれない。
「……頼みは電撃ショッカーか」
「そう。さすがの高回避率も、ヒット100%には敵わないだろう。電撃ショッカーを喰らわせて気絶させることができれば、回避能力は機能しなくなる」
「そう上手くいけばいいがな。問題はヤツに電撃が効くかどうかだが」
レオが懸念を口にすると、クリスはその心配を晴らすように首を振った。
「大丈夫。そもそも攻撃が効かない身体なら、こんなに高い回避率なんて必要ないはずなんだ。つまり全攻撃を回避する能力があるということは、裏を返せば回避できないとどんな攻撃でも影響を食らうということ。おそらく電撃による気絶は効くと思うよ」
「ああ、確かに……」
彼の言葉に納得する。
世界に存在する万物にはバランスが取られていて、物事は表裏一体なのだ。それは魔物でも同じこと。特別な力で歪められたものでない限り、その原理には逆らえない。
そも、この魔物は大精霊が引き寄せた魔物なのだから歪んだものではないはずだし、クリスの推論は間違っていないだろう。
まあ、どちらにしろやってみれば分かることだ。
「じゃあ、ヤツを釣るぞ」
「……ちょっと待って。その前に、ひとつだけ心配事があるんだけどいい?」
伝説の釣り竿を振ろうとすると、その段になって何故かクリスが制止した。
「何だ」
「レオくんとユウトくんは電撃無効? 気絶は無効だろうけど」
「……ああ、そうか。水中で電撃ショッカーを使うと、こっちにも電撃が伝播して来るな。とりあえず俺たちは電撃に高耐性が付いてるから問題ない。軽くビリッとくるくらいだ」
「エルドワは?」
「あー……多分耐性はあると思うが、ちょっと危険か。そう言うあんたは?」
「私はもろに効く」
「エルドワ連れて離れてろ」
「うん、ごめんね」
めちゃくちゃ頼りになるかと思えば、思わぬところで抜けている。
まあ、海中の魔物はほぼ電撃など使わないからなのだろうけれど。
苦笑をしたクリスがエルドワを抱き上げて離れたところに陣取ると、代わりにユウトがこちらに近付いてきた。
「僕が竿握ろうか? レオ兄さんが攻撃するんだろうし、僕も手伝うよ」
「……平気か? あんまり力がなさそうな敵ではあるが、結構引くぞ?」
「大丈夫。電撃ショッカーを発動すれば気絶するんでしょ?」
「まあそうだが……。なら、電撃ショッカーを掛けた後の竿を預けるから頼む。万が一、すぐに気絶から回復して逃げられると面倒だし、潮に流されても困るからな」
「うん、分かった」
「じゃあ、行くぞ」
ここで話をしている間に、バンマデンノツカイが少し離れてしまった。
それでもこの竿なら目的の魚を釣ってくれる。
レオが今度こそ釣り竿を振ると、先端のルアーが勢いよく泳いでいった。
ユウトも今からレオの持つ竿の下のところを握っている。もしかすると、釣り自体をしてみたかったのかもしれない。
そのうちのんびり釣りをするのもいいかもな、などと思っている間に、手元の竿に大きな手応えが来た。
「わあ、すごい、掛かった!」
それだけでちょっと興奮気味に慌てる弟が可愛い。
「ユウト、もう少し上を持って」
「あ、うん」
レオは竿を繰って獲物を引き寄せると、ユウトから十分に距離があるところで、バンマデンノツカイに電撃ショッカーを放った。
その一瞬だけ、皮膚にビリッと来たが問題ない。
次の瞬間にはレオはユウトに釣り竿を預け、敵に向かった。
クリスの予想通り、バンマデンノツカイは電撃で気絶し、動きを止めている。回避も消えた。
こうなれば、もう後は簡単だ。
腰から剣を引き抜くと、レオは一太刀で討伐を終えた。




