兄、巨大鮫と相対する
レオとクリスで素材を剥ぎ取り、ユウトとエルドワがドロップアイテムと魔石を回収する。
敵の死骸はざっと20体ほどだろうか。このほとんどを、片手にたいまつを持ったまま仕留めたクリスの手腕がすごい。雑魚とはいえ腐ってもランクA。これに対抗するには両手剣を片手で扱う腕力と、それを正確に振るう技量と体力が必要だったはずだ。
全く、自身をおじさんだのしんどいだの腰に来るだの言っているけれど、息も切らせていないくせによく言う。
単純な戦闘力ならレオの方が上だが、万が一戦うことがあったなら、クリスはかなり厄介な相手になるだろう。そのうち手合わせくらいはしてみたいが。
「巨大鮫ってのは、どんな魔物なんだ? まあ、あんたが何度か遭遇してるなら、ひとりで倒せる魔物なんだろうけど」
魔物を解体しながら、クリスに訊ねる。
それに対し、身体を起こしてレオを見た彼は、「いや」と軽く首を振った。
「私は遭遇はしても、倒したことはないよ。初めて遭った時は挑んだんだけど、途中で逃げた。それ以降は隠れてやり過ごしてる。寄ってきても魔物の死骸を食べきると、どこかに行っちゃうからね」
「じゃあ、わざわざ戦う必要もない敵なのか」
「まあ、それはそうなんだけど。戦闘回避が出来る敵って、ものすごくいい素材やドロップアイテムを持っているんだよね。ジャイアント・ドゥードルバグなんかもそうだろう?」
「……まあ、確かに」
そもそもこのゲートをクリアしてしまうと、稀少なアイテムも素材も消失してしまう。それは光の柱となって消える時に『精算』されるらしいが、それをみすみす見逃すのは惜しい、というのがクリスの見解だ。
「ちなみに敵としても、直接人間と戦うことで魔性が上がり、転生でも有利になる。ある意味、どちらにも利があるんだよ」
「……ああ、そもそも死ぬために作ったゲートなのに何で魔物が襲ってくるのかと思ったら、魔性を上げるためなのか。邪魔をせずにとっととボスのところまで通した方が、手っ取り早く転生出来るだろうと思っていたから、不思議だったんだ」
「戦えば戦っただけ魔性は比例して増えるからね。だから彼らは人間を見掛けたらとりあえず襲ってくる」
魔物からもたらされるアイテムや素材で人間が潤い、人間と戦い転生することで魔界の輪廻が循環する。魔界と人間界の関係は持ちつ持たれつのようだ。
これもまた、大精霊と魔王が決めたというルールバランスなのだろう。
「……まあ、巨大鮫の素材には興味があるな。滅多に出回らないものだろうし、そう言うなら狩っていくか」
「私ひとりじゃちょっと対応しきれなかったんだけど、君たちと一緒ならどうにか倒せると思うんだよね」
言いつつ、クリスが解体した死骸の残りをあちこちに分散させ始めた。
レオたちがいるところを中心に、円形に5カ所ほど。
おそらく巨大鮫対策だろう。
「この死骸をおとりにして、サメの意識を分散させるよ。ただ、これを食い尽くされると私たちが餌と見なされるからね。その前に倒してしまうのが最善だ」
「あんた、逃げたとはいえ一応一度は戦ったんだろ? 巨大鮫はどんな攻撃を仕掛けてくるんだ?」
「噛み付き、突進、尾びれによる殴打、渦潮起こしかな。攻撃自体は単調なんだけど、とにかく大きいから厄介でね」
説明をしながら準備を終えたクリスが、ツヴァイハンダーを抜いて構える。
同時にレオも腰から剣を抜いた。
遠くから、大きな気配がゆっくりと近付いてくることに気が付いたからだ。
レオはユウトを振り向き、声を掛けた。
「……ユウト、そっちの崖下の窪みに隠れていろ。エルドワ、ユウトの護りを頼むぞ」
「アン!」
「2人とも、気を付けてね」
「うん、頑張って君たちの1つ目のキャンディがなくなる前に終わらせよう。……さあ、敵のお出ましだ」
2人の視線の先、暗闇の向こうに、ブライトリングの光に白く反射した魚の姿が現れる。まだそこそこ距離があるというのに、すでにデカい。
大きな口には鋭い歯がびっしりと生え、筋肉ではなくぶよぶよとした脂で覆われた身体は少々グロテスクな見た目だ。想像していたサメとはだいぶ違う。
「……おい、こいつ体長15メートルくらいあるぞ」
「うん。下手すると一呑みされちゃうから気を付けて」
迫ってくる巨体はすごい圧だ。
しかし見慣れているからか、クリスは平然とした様子で数歩踏み出した。
「巨大鮫の初動は、こちらに目もくれずに餌まっしぐら、だ。餌を食べることで、初めてそれが戦闘をするエネルギーになるみたい」
「ってことは、最初の餌を食べている間は反撃がないってことだな。ここで倒せれば何の危険も無いわけだ」
「……そう上手く行けばいいんだけど」
会話をしているうちに、巨大鮫はまるでこちらに気付いていないかのようにゆったりとレオたちの目の前の餌に食い付いた。
その隙にクリスがその尾びれを落としに行き、レオが首を落としに行く。
これは全然楽勝ではないか。
そう思いつつ振るった切っ先がその身体に食い込むと、レオはその手応えに眉を顰めた。
「……何だ、これは」
「あー、やっぱり駄目か」
まるで柔らかいゴムを斬るような脂身の感覚。妙な弾力にレオの剣は振り抜く前に止まってしまった。
そして、斬れたそばから脂が滲み出て、かさぶたのように傷を塞いでしまう。
危うく剣が修復されていく身体にそのまま取り込まれそうになって、レオは慌てて引き抜いた。
その間、巨大鮫は斬られたことなど我関せずで、大きな口でむしゃむしゃと餌を食べている。そこにあった死骸の山は、あっという間にその胃の中に消えた。
「レオくん、離れて!」
クリスに声を掛けられて、レオは慌てて飛び退く。
次の瞬間、今までの緩慢な動きが嘘のように、サメの尾びれがたった今までレオのいた場所をなぎ払った。
戦うためのエネルギーが充填されたのだ。
「……何なんだこいつ、まるでダメージが行ってないじゃねえか!」
「レオくんでも断ち切れないかあ」
当然だが、クリスはこうなることを分かっていたようだ。彼が以前巨大鮫と戦った時に逃げたというのは、この状態に埒が明かなくなったからなのだろう。
「私も特効武器を手に入れたし、尾びれくらいは落とせるかと思ったんだけど」
言いつつ、突進してくるサメをクリスはぎりぎりで避ける。すれ違いざまにその腹を切り裂いたけれど、やはりあっという間にそれは脂のかさぶたで覆われた。
特効により明らかに大きな傷は付けられるのだけれど、それをまるまる修復されてしまうのではどうしようもない。
敵はすぐさま方向転換をして、今度はレオに噛み付こうと口を開けた。
「くそ、剣が駄目なら……!」
レオは向かってくる巨大鮫の顎を、下から思い切り蹴り上げた。
しかし、打突はその脂身に衝撃を吸収され、まるで意味がない。こいつ、一体どうすればダメージが行くのだろうか。




