兄、リベンジ戦で圧勝する
転移して行った65階。
そこに降りた途端、ユウトとエルドワが目を輝かせた。
「うっわあ、白い砂浜、青い海! 南国リゾート地みたい!」
「アンアン!」
水平線の見える広大な海、延々と続く浜辺。そこに降り注ぐ光は常夏の島のようだ。思わずブーツを脱いで波打ち際で遊びたくなる気持ちも分かる。
しかしここはランクAゲート。
いつ敵が現れるかも分からない危険地帯だ。
「ユウト、エルドワ、はしゃいで油断するなよ」
「分かってるけど……いいなあ、海。入りたいなあ」
「ユウトくん、ベラールの村には港しかないけど、村の外にならこういう浜辺あるよ。良かったら今度連れて行ってあげる」
「本当ですか!? 行きたいです!」
「うん。お弁当とかパラソルとか準備して、みんなで行こう。だから今は我慢ね」
「はい! わあ、楽しみだなあ! ね、エルドワ?」
「アン!」
ユウトとエルドワで尻尾をぴるぴるしているのが可愛らしい。
とりあえず楽しみを先送りにしたことで納得した彼らは、足取り軽く浜辺を歩き出した。
その後ろをレオとクリスが周囲に気を配りながら付いていく。
そうしながら、クリスがこちらに確認した。
「彼らに前を歩かせて大丈夫?」
「ああ。基本的に、俺たちのゲート攻略を先導するのはエルドワだ。あいつは匂いで階段や宝箱、それに罠も感知できるからな。俺たちはユウトを護りつつ、敵に専念すれば良い」
「へえ。すごいね、エルドワ」
「おかげでだいぶ助かっている」
そう言った矢先、エルドワが何もないところで立ち止まる。
それにユウトが不思議そうに首を傾げたけれど、後ろにいた大人2人はもちろんその理由に気が付いた。
「……砂の中に敵がいるな」
「これは確かに、エルドワがいると助かるね」
よく見ると砂浜の表面が、渦巻き状に僅かに砂を巻き上げているのが分かる。……以前、見た覚えのある状況。おそらくここにいるのはアレだ。
「……ついてるぞ、クリス」
「ん? 何だい?」
「おそらくこれは、ジャイアント・ドゥードルバグの巣だ」
確か、あの砂漠のフロアにも岩山ハサミヤドカリがいた。砂浜と砂漠、魔物の生態系が似ているのかもしれない。
何にせよ、ここでこいつを倒せば、クリス用の沈下無効素材が手に入るのだからラッキーだ。
「ジャイアント・ドゥードルバグ? ここのゲートで初めて遭遇したなあ。もしかしてここのレアモンスターかも」
「まあ、ゲートによって魔物の出現率は違うからな。このゲートでレア率が高い可能性はある」
レアモンスターとは、そのゲートで滅多に出会うことのない、極めて出現率の低い魔物だ。
その遭遇率の低さゆえ、見付けて倒すとかなりのレアアイテムをドロップする。おそらくこのゲートに1・2匹しかいない、美味しい敵だ。
「……私、今まで一度もレアモンスターに出会ったことなかったんだけど」
「あんたならそうだろうな。……おそらく、これはユウトの幸運に引っ張られてきたんだろ。ベラールの祠を開放したから、精霊の加護のおかげで今まで以上に幸運が上がっているしな」
言いつつレオは剣を抜いた。
さて、リベンジ戦と行こう。
前回の戦いとは違い、今のレオは沈下無効を持っている。アリジゴクの砂に埋まることがないから、踏ん張って力任せに敵を引っこ抜くことも可能だ。
「ユウト、その先にジャイアント・ドゥードルバグがいる。岩を放ってくるかもしれないから、もう少し下がっていろ」
「ジャイアント・ドゥードルバグ!? あの面倒な敵だよね。え、僕何かすることない?」
「俺ひとりで十分だ。どうせヤツは砂から出てる部分は無敵だしな。大丈夫、すぐ終わる」
言いつつ、頓着なくユウトを追い越して前に進む。その巣の縁にレオの足が掛かると、途端に砂を巻いていた空気の層が消え、大きなすり鉢状の落とし穴が露わになった。
その底には思った通り、ジャイアント・ドゥードルバグ。
レオは次の瞬間、素早く斜面を駆け下りた。敵がこちらに気付いて岩を投げようと構える間に、その巨体に肉薄する。
沈下無効、マジありがたい。
防御特化しているために、動きは比較的遅い敵だ。レオは方向転換する隙を与えず斜め後ろに回り込み、そのまま頭部を思いっきり蹴り飛ばす。
ダメージが行かないのは織り込み済み、こちらの狙いは砂上にジャイアント・ドゥードルバグの腹を晒すことだ。
岩を大顎に挟んだ状態の敵は、重心が上に行っているために容易くバランスを崩す。強靱な上半身に対して脆弱な下半身ではそれを支えきれるわけもない。ジャイアント・ドゥードルバグはぐらりと傾いで砂の中に重い頭部を落とし、反動で腹を砂上に跳ね上げた。
「はっ!」
「ギィイイイイイイ!」
その瞬間を逃さずに、胸と腹を一刀のもとに切り離す。
一度倒した相手、2度目ともなれば楽勝だ。前回の苦戦が嘘のようにあっさりと決着はついた。
「やった! すごい、レオ兄さん!」
「アンアン!」
「あっという間だなあ。さすがレオくん」
「これでクリスの沈下無効素材はOKだな。また大顎も手に入ったが……一応売らずに置いておくか。何かに使えるかもしれん」
サクサクと素材を切り取って、ポーチに詰める。最後に上位魔石とドロップアイテムを拾った。
「レオくん、レアモンスターのドロップアイテムは何だった?」
「……これは……ドラゴンキラーか! 当たりアイテムだな」
ドラゴンキラーはその名の通り、ドラゴン特効のある剣だ。その名の響きや性能からとても人気が高い武器だが、入手方法はほぼ高ランクゲート宝箱のランダム出現のみ。こんなふうに敵からドロップされることは稀なのだ。
国にも数本存在するが、その希少性ゆえ市場にはオークション出品で数年に1度出る程度だし、大体が金持ちコレクターの手に渡る。
本来なら使ってナンボだというのに、正に宝の持ち腐れだ。
そんな武器がこうして手に入ったことは、本当に幸運だった。
レオはそれを持って、ユウトたちの元に戻った。
「お帰りなさい、レオ兄さん」
「ああ、ただいま。ドラゴンキラーをゲットできた。もしこのゲートのボスが水竜だった場合、これがあればだいぶ楽になるぞ」
「すごい、敵がドラゴンキラーをドロップするなんて……。君たち、とんでもない幸運の持ち主だね」
不運の塊のような男は、こういう幸運に恵まれたことがほとんどないのだろう。ものすごく感心している。
「すごいのは俺たちというよりユウトだがな。……さて、さっさと進むか。クリスの装備の素材になるような敵を倒しながら行くぞ」
「エルドワ、また先導お願いね」
「アン!」
一行は、エルドワを先頭に再び歩き出した。
途中で遭遇したヤドカリとカニ、それからヒトデを数匹倒し、問題なく下り階段に辿り着く。
元々クリスがここまでひとりで攻略したゲートだ。そこにレオたちが加わっているのだから、苦戦するはずもない。
しかしここで一度、次のフロアに行く前の打ち合わせをすることにした。
「この階段は通常だな。次のフロアはボスじゃないようだ」
「初めての水中戦がボスになるよりは、その手前で1回雑魚相手に水中戦を経験した方がいいと思うよ。ここの階段は私が先に降りよう。私が行くと水中率高い気がするんだよね」
「……ああ、そんな気がする」
階段を降りて出る場所はランダムだ。幸運が低いとその分難儀な場所に出るという可能性はあるかもしれない。
そうだとしたら、当然それは最初に降りた人間の運に左右されるだろうし、それがクリスならきっと一番過酷な深海フロア。
……まあ、彼の言う通り、ボス戦前に一度それを経験しておいた方がいいというのは一理ある。
「とりあえず階段を降りる前に、酸素キャンディを1個口にしておいて。水中歩行が付いているから普通通りに動けるだろうけど、炎魔法や雷魔法は撃たないようにね。それから海溝に落ちないよう、足下に気を付けて」
「もしも深海で暗かったら、すぐにブライトリングを唱えて大丈夫ですか?」
「ああ、それは早めに唱えた方がいいね。敵に勘付かれることよりも、自分たちの視界を確保する方が重要だ。水中は敵が360度全方位から来るからね」
クリスの指示に従って、レオたちは酸素キャンディを口に放り込んだ。
それを確認すると、クリスは階段に向かう。
「レオくん、ユウトくんとエルドワを抱えて階段を降りた方がいいかもしれない。水中では離れた場所にランダム配置されることがあるから」
「ああ、そうする」
「じゃあ行こうか」
一通りの話を終えると、クリスはまずひとりで階段を降りていった。
レオも階段を降りるため、エルドワを抱えたユウトを抱き上げる。
「……今の話だと、クリスさんだけひとり離れた場所に配置されちゃうかもだよね」
「あいつはひとりで大丈夫ってことだろう。水中戦には慣れているしな。お前がブライトリングを唱えれば、放っておいても明かりに気付いて寄ってくるさ」
「もう、クリスさんを虫か何かみたいに……」
「とにかく、次のフロアに行ったらお前はブライトリングを唱えれば良い。エルドワがいればクリスと会えなくて困るなんてこともないだろうし、心配するな」
レオはそう言うと、66階に続く階段を下った。




