弟、アイクの言葉を代弁する
アイクが口を開かないせいで、状況は停滞している。
とりあえず彼の分の食後のコーヒーも頼んで、レオたちはその間に今後の話をすることにした。
「ゲート攻略が済んだら、まずはザインまでクリスの装備を依頼しに行くか。素材の調達も必要だしな」
「その前に王都でディアさんやマルさんに会いに行きます?」
「ディアさんたちには挨拶できればいいだけだから、何かのついでの時で良いよ」
「ネイとは一応顔を合わせておいた方がいいな。ジラックにいるかもしれんが、呼べば来る。後はウィルか」
「ルアンくんやダグラスさんたちにも会えるといいね」
クリスの居住地をどうする、という話には言及しない。
アイクからピリピリしている空気が伝わってくるが、そこに踏み込まなければ横やりは入れてこないだろう。
……しかし、そう思っていたら、エリーが仕掛けてきた。
「クリスさん、ベラールの家を引き払って、拠点を移す予定ですか?」
「んー? まあ、そうなるよね。そもそもあの家もアイクさんから借りたものだし、いつまでも占拠していては申し訳ないし」
「きょ、拠点を移っ……!?」
明確に肯定されて、アイクが衝撃を受けている。
まあ、側に置きたい相手が自分のテリトリーからいなくなってしまうのは、結構辛いものがありそうだ。レオだったらユウトと別の街に住むとか絶対我慢ならない。
「そういえばクリスさんの家は村長さんの屋敷の敷地内ですよね。どういういきさつであそこに住むことになったんですか?」
彼らの話に、何故かユウトが割り込んで興味津々に訊ねる。
すると、クリスは少しバツが悪そうに答えた。
「あー、ええとね、ほら、私には罠のせいでアホ化掛かってたでしょ? おかげで、それまでゲート潜って稼いでた金を詐欺まがいの奴らに巻き上げられたりしててさ。それを見かねたアイクさんが私のマネジメントしてくれてたの」
「……それって、そいつが村長になる前の話だよな?」
アイクがその能力を買われてライネルから村長に抜擢されたのは、5年前のはずだ。
クリスがベラールに来たのは、もっとずっと前。
つまりアイクはだいぶ昔から、自分の側を離れないように、財布を預かることでクリスの手綱を握っていたのだ。
別の街に拠点を移すにも金が必要なわけで、当時それを彼に打診したところで、アホでは論破されて終わったことだろう。
肝心な言葉は言えないくせに、そっちの手回しはぬかりない。
「昔は同じアパートに住む同士だったんだけど、5年前にアイクさんが村長に任命されてね。離れが空いてるからって誘って住まわせてくれたんだ」
「やっぱり、村長さんからのお誘いだったんですか」
ユウトはその話を聞いて納得したように頷く。
そして、未だにさっきのショックを引き摺っているアイクに向かって、さらなる衝撃を与えた。
「村長さんって、実はクリスさんのこと好きなんですね」
あっ。
まさかのド直球。
ユウトが指摘をするとは。
一瞬辺りに沈黙が落ちて、全員の視線がアイクに向かう。
弟の突然の指摘に固まった男は、次の瞬間に猛烈にキョドった。手にしたコーヒーカップがブルブル震えて、びちゃびちゃ零れる。
「な、ななな、なぬをのぬのっ!?」
「落ち着け、言葉になってねえ」
「ん? アイクさんは私のことは好きじゃないと思うけど」
「いいえ。素直になれないその心と裏腹な態度……。僕には分かります。挙動不審で肝心なことを言い出せないその様子が、昔のレオ兄さんにそっくりだもの」
「ちょ、待っ、ユウト!? それ言う必要ないぞ!」
「ユウトさん、村長への素晴らしいど真ん中への一撃です。そしてレオさんへの流れ弾……。面白……じゃなかった、興味深いお話でぶふうっ」
「エリー、最後真顔で吹き出してんじゃねえよ!」
アイクだけでなく兄にもダメージを与えつつ、ユウトはクリスに解説する。
「多分村長さんはクリスさんと仲良くしたいんですけど、やり方が分からないんだと思います。そうでなければ、そんなに長い間側に置こうと思いませんよ」
「いや、私をあそこに置いてくれたのは、管理がしやすいからだと言ってたよ? ゲートから魔物が出た時もすぐに連絡がつくし」
「それはクリスさんを近くに置くための口実です。だから今回ゲートを攻略して、なくしちゃうって言ったから、どうにかしようと話をしに来てるんだと思いますよ? クリスさんが嫌いなら、もう漁場が復活してゲートも潰れるんだし、話す必要もないじゃないですか」
「漁場が復活してゲートもなくなるから、もうあそこを引き払えって話をしに来たんじゃないの? 何か話しづらい内容みたいだし」
ユウトの説明に、クリスは首を傾げている。
「……クリスの嫌われてる思い込みは根深いな」
「それはそうです。村長はクリスさんにだいぶ長い間、ツンデレのツンの部分ばっかり見せてきましたからね」
完全に村長の代弁をしている弟の言葉がことごとくクリスに響かない様子を、レオとエリーはさもありなんと眺める。
そしてアイクは凹んでいる。
話は平行線。これでは埒があかない。
そう思った時、ユウトとクリスはアイクを見た。
「村長さん、本当はクリスさんと仲良くしたいんですよね?」
「アイクさん、本当は私をあの家から退居させる話をしに来たんじゃないの?」
やはり最終的には彼の覚悟が必要なようだ。
クリスへの好意を認めるかどうか、その選択を迫られて、アイクがこくりと緊張に喉を鳴らしたのが分かった。




