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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄弟、それは成功例

「クリス、この男があんたに何か言いたいことがあるらしいぞ」

「アイクさんが私に?」

「な……っま、待て、まだ暗示の詠唱が終わってない……!」


 今までだらだらと何の呪文を唱えていたのか知らないが、ここまで追い込めば直接言わないわけにはいくまい。

 何となくエリーに謀られて恋愛成就のまじないあたりを吹き込まれていそうな気がするし、完遂しなくて良かったかもしれない。


「てっきりアイクさんは私と直接話すのが嫌なのだと思ってたんだけど……何か言いたいことがあるならどうぞ」

「そ、それはだな、……ええと……」

「言いづらいことなら、エリーさん経由でもいいですよ?」

「そうですね、私経由でもいいですよ、村長」

「駄目だ! 貴様が間に入ると余計ややこしくなる!」


 うん、正解だと思う。エリーは絶対ややこしくする。

 しかしアイクはとりあえず彼女を断ったものの、やはり言いあぐねて手元にあったアサリのパスタをかき混ぜた。


「も、もう少し時間をくれ。脳内リハーサルが終わるまで……20分くらい」

「長えな! 秒単位でシミュレーションすんのかよ!」

「私は別に構わないけど……。あ、ユウトくん、店員さんに食後のコーヒー頼んでもらえる?」

「はい。皆さんの分も頼んでいいですか?」

「では私のもお願いします。村長の分は後でいいので」

「エルドワも、ミルク飲む?」

「アン!」


 アイクとレオ以外は完全なる通常運転だ。

 レオも出来れば放っておきたいのだが、自分と重なるその醜態が気になって無視出来ない。玉砕するでも何でもいいから早く終わってくれ。マジで。


 やがてコーヒーが運ばれてくる中、アイクだけがブツブツ言いながらパスタを食べ始めた。おそらく味なんて分かっていないだろう。……また変な呪文を唱えていないといいが。


「レオくん、今のうちにゲートの攻略計画立ててしまおうか? そうすれば店を出た後すぐに必要なものの買い出しに行けるし」

「……そうだな。その方が気が紛れる」


 コーヒーを飲みながら、クリスの提案に頷く。20分の間、アイクの挙動に胃をキリキリさせているよりずっといい。


「ゲートの中は完全に水中なのか?」

「いや、湖畔のようなところも多いよ。階段下ってすぐに水中っていうフロアもあるけど。君たちは水中呼吸は持っている?」

「ないな。俺たちの装備には防水が付いているが、海から上がってもすぐに水が切れるってだけで、水中では恩恵がない」

「じゃあとりあえず、これをあげるね」


 クリスはポーチの中からあめ玉を取り出した。結構な数がある。


「……これは、酸素キャンディか。高価なアイテムなのに、ずいぶん持っているな」

「クリスさん、酸素キャンディってどういうアイテムですか?」

「水中で舐めていると呼吸が出来るアイテムだよ。ランクA以上の水棲魔物ゲートに潜っていると宝箱やドロップで結構手に入るんだ。みんなにそれぞれ10個ずつ渡すね。エルドワの分はユウトくんに渡せばいいかな?」

「わあ、ありがとうございます! ……色んな味があるんですね。イチゴ味とかミルク味とか」

「……フルーツ系とバタースコッチ味はユウトにやる。俺にはコーヒーとハッカ味をくれ」

「レオ兄さん、甘いの駄目だもんね」


 キャンディを選り分けて、それぞれポーチに入れる。これで突然水中のフロアに出ても大丈夫だ。


「酸素キャンディの持続時間は1個で1時間。まあ、全部のフロアが水中の可能性は低いから、それだけあれば問題ないと思う」

「仮に全フロアが水中で最大5階あっても、1フロア2時間で行けばいい計算だな」


 最短で階段に導いてくれるエルドワもいることだし、普通に考えれば十分な時間。……しかし、問題は水中戦だ。水の中では踏ん張ることも難しいし、敵に向かって突進する勢いも水の抵抗で殺される。

 対して敵は当然水中を自由に動けるし、地上と違って移動範囲は全方位だ。それにどこまで機敏に対応できるか。


「水中フロアの場合は、私に任せてもらって構わないけど」

「……何となくだが、それだと全フロアが水中フロアになりそうな気がする……」


 クリスひとりに負担が掛かる状況となると、不運な彼のこと、全フロア水中×70階までフルにある……なんて羽目になりそうだ。いや、きっとなる。

 レオとしても目の前の敵を他人に丸投げというのは性に合わないし、何よりユウトに危害が及びそうになった時に、自分に対抗策が無いのが大問題だ。


「水の中で魔法って効くのかな? だったら僕も戦えるんだけど」

「水と氷の魔法は使えるけど、大体の水棲魔物は耐性が付いてるからダメージは与えづらいね。炎は不可。雷系は伝播して味方まで巻き込むからNG。状態異常は若干効くけど、水の中だとその隙を突くのは難しいよ」

「うーん、じゃあ出来るとしたら魔石を操った攻撃くらいかなあ」

「……問題は俺とエルドワだ。このままではゲートに入っても何の役にも立たない可能性がある」


 レオは難しい顔をした。テーブル下のエルドワも不満げな顔をしている。2人はユウトを護ることが使命なのだから当然だ。

 だが、どうしたものか。水中の敵相手に泳いで辿り着けるわけもないし、水流を起こされれば為す術もなく翻弄されてしまう。接近しないと戦えないレオたちにはお手上げな状況だ。


「せめて水中歩行が付けられるといいんだが……装備を作っている暇はないし、どこかで調達したいところだな……」

「……ん? あ、ちょっと待って。精霊さんが、昨日契約したガラさんの補助魔法で『水中歩行』が付けられるって言ってる」

「! 本当か!」


 水中歩行は、水の中でも地上と同じように動けるようになる魔法だ。この魔法が掛かっている間は泳げなくなるというデメリットはあるが、大した問題ではない。

 普通はアイテムや装備に付くだけの魔法だというのに、補助魔法として扱えるなんてさすが主精霊。これはありがたい。


「だとすると、この装備のままでどうにかなりそうだな。クリス、他にゲートに突入する上で必要なものはないか」

「……そうだな、水の中でも明かりが灯るたいまつは欲しいかも。深海のフロアだと、日の光も届かないからね。私がひとつ持っているけど、君たちにもあった方がいい」

「だったらユウトの明かり魔法、ブライトリングならどうだ? あれは火を使っていないし、ひとつで結構広範囲を照らせる」

「ああ、魔法ならなお良いね。たいまつはどうしても片手がふさがっちゃうから。……じゃあ後は特にないかな。階数もそれほどないし」


 これなら、この海鮮食堂を出た後にそのままゲート攻略に向かえそうだ。


 そう思った時、向かいに座っていたエリーが時計を見た。


「村長、20分です」

「くっ、もう時間か!」

「あ、タイミングがいいね。じゃあアイクさん、改めて私に話って?」


 そのままさらりと話がそちらに流れる。

 まあ、こっちの話はもうついているからいいか。そっちもさっさと済ませてもらおう。どうせアイクだって、この段になってはもはや告る以外にないのだ。

 ……ないのだが、この男はなおも躊躇った。


「いや、待て! まだ私の脳内リハーサルが成功を見ていない!」

「脳内の段階ですでに失敗してんじゃねえよ!」


 もう口を挟むまいと思っていたのに、思わず突っ込んでしまう。だって、駄目だこいつ。

 そんな2人に、隣にいるクリスが意味が分からず不思議そうに首を傾げ、逆隣にいるユウトがレオとアイクを交互に見た。


「……ユウト、見なくていい」


 レオは何となく気まずい気持ちで、弟のアイクへの視線を遮る。

 するとユウトはその視線を兄だけにじっと向けた。


「……何か、村長さん? って、レオ兄さんに似てるね」

「似てない」


 何気なく言われた言葉を、レオは即座に否定する。


「違う、断じて俺はこんなのと似てない。気のせいだ」

「そうかなあ? 昔、記憶を失った僕を引き取ってくれた時、こんな感じだった気がするんだけど……」

「やめろ、思い出すな。あの時の俺は俺じゃなかった。何か呪いに掛かってたんだ、間違いない」


 くそ、アイクのせいでユウトの中にあった己の忌まわしい記憶がよみがえってしまったではないか。どうしてくれるんだこの野郎。


 とりあえず過去の愚行を認めたくなくて全否定する。

 ……けれど、そんなレオを見るユウトは何だか慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。

 そう、彼はすでに当時の愚かだった兄のことも肯定し、許してくれているのだ。消すべき過去など何もない、2人の軌跡として受け入れている。

 それだけで兄の中に残されていた心の棘が浄化されていくようだ。


 レオは妙な力が抜け、微笑むユウトのまろい頬を撫でた。

 過去は変わらない。罪悪感も消してはいけない。けれど、弟はそれを丸ごと救ってくれる。




「……村長、あれが成功例ですよ」

「マ、マジか……ハードル高いぞ……」

「……私には話が見えないんですけども?」


 そしてアイクの話は一向に始まらないのだった。


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