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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、色々気になる

「貴様がゲートの主か。……自分を退治に来た俺たちを歓迎すると?」


 この男がどんな理由でここにいるのか分からないうちは、気を緩めるわけにはいかない。レオは吸血鬼との距離を保ったまま、左手で剣を揺らしながら訊ねた。

 その距離を、男が一歩詰める。


「君たちは知っているか分からないが、ゲートというのは魔物や魔族が輪廻に戻り、より高位へ再生するための機関のひとつだ。死を受けることは、もとより承知していること」

「……上位魔族が、さらなる高位へ転生する必要があるのか?」

「上位魔族の中でも、同位体でなければ能力差はある。上位吸血鬼などは個々人が固有種扱いのようなものでな。我のような低めの能力の者はやはりまだ転生が必要だ。……ただ、そのためにゲートを作ったのはいいが、入り口を魔封鍵で閉じられてしまった」


 男は額に手を当てて深いため息を吐いた。

 それ以来、誰にも会えずに外にも出れずにいた吸血鬼にとって、レオたちはやっと来た解放者なのだと言う。


 おそらくヴァルドの叔父……吸血鬼の一族ではあるものの、ここにいる目的が転生となると、この男は禁書に封じられた魔界の公爵の能力に興味はないのだろうか。

 本人に確認したいが、しかし禁書の話は国家機密、こんなところでおいそれと出来るものではない。レオは別の質問を投げかけた。


「ゲートの入り口を魔封鍵で閉じたのは誰だ?」

「ジアレイスという人間だ。そいつが我の兄弟をそそのかし、とある能力を餌に、彼らを都合良く使っているのだが……我がその話に乗らずにゲートを作ったらこんなことになった」

「やはり、ジアレイスか……」


 その内容から、この吸血鬼が間違いなくヴァルドの叔父だと知れる。そして、この男がジアレイスとは手を結んでいないことも。

 ジアレイスはこの吸血鬼が自分たちに与しない者だからこそ、番犬代わりに閉じ込めて祠の封印と紐付け、鍵すら海中に捨てていったのだろう。相変わらず性格が悪い。


 その話を聞いて、クリスが気の毒そうに男に同情した。


「こんなところでひとり、いつ来るかも分からない解放者を待っているなんて、大変でしたね。他のゲートのように配下がたくさんいるところだったら、少しは気が紛れたでしょうに」

「そうだな。血を吸える生娘を少し用意しておくんだった」


 男はおどけたように肩を竦める。……主旨のズレた答え、これは吸血鬼ジョークか? 全然笑えないんだが。


 しかしそんなことよりも、クリスの言葉が引っ掛かった。

 そう、ここには吸血鬼の配下が誰もいない。転生のために準備したゲートなのにだ。何かおかしい。

 その違和感にレオは眉を顰めた。


「それにしても甘言に騙されず、きちんと輪廻からの再生を目指すなんて、ちゃんとした方ですね」


 そんなレオを余所に、クリスは感心したように呟く。全く、気がいいと言うか、お人好しと言うか。こっちが心配になる。

 そしてその言葉を聞いた吸血鬼は、機嫌良さげにふんと鼻を鳴らした。


「あの人間が持ってきた話は、我にとっては大して魅力的ではなかったしな。あんな重責を負わされる能力、何がいいのやら。周囲から貴族としての素行にまで言及されるし、窮屈でたまらん。そんな地位より我は上位の魔族に転生して好きに生きる方がいい」


 男はきっぱりと言い放った。

 なるほど、ただ高い地位と能力が欲しいだけの他の吸血鬼たちよりは、ずっとしっかり考えている。とても魔族的ではあるが。

 ただ、だからこそ気になるところがあるのだ。


 ジアレイスとの関わりにしてもそう。

 兄弟の中でも能力が低い方だというこの男に、何故奴らが声を掛けたのか。そして断られたら他に話を持っていけばいいだけなのに、何故わざわざこの男のゲートを祠と紐付けたのか。


 この吸血鬼が、精霊の祠を護らせるに有利な何か特異な能力を持っている? それとも、他に何か理由が?

 このことに関する考察をクリスに訊ねてみたいけれど、当の彼は吸血鬼の言葉に疑問も抱かず納得しているようだった。


「それでは、あなたは死ぬことに抵抗はないのですね」

「ああ、そうだな。転生の準備さえ整えば、いつでも」


 男はそう言って、また一歩こちらに距離を詰めた。


「潔いんですね。人間とは死生観が全く違うからでしょうが」


 それに対して、クリスも一歩吸血鬼に近付く。そしてオートクレールを鞘から引き抜いた。


 どうやら彼はこのまま吸血鬼を殺すつもりだ。

 まあ、ここから出るにはそうするしかない。どうせこの男がジアレイスたちと手を組んでいないなら、その内情を聞くこともできないのだ。これ以上引き延ばす意味もない。


 さっきの考察はここを出てからでもいいだろう。

 レオは男をクリスに任せて、その成り行きを見守った。


「では、準備は宜しいでしょうか?」


 クリスがさらに一歩、吸血鬼に近付く。

 ……相手が素直に死を受け入れるだろうからといって、ちょっと不用意に近付きすぎではなかろうか。


 準備はいいかと聞いたクリスに対して、正面の男は口端を上げただけで答えていない。

 その笑みが今までとは違う含みを帯びていて、レオは嫌な予感から声を掛けた。


「おい、クリス。距離が近すぎだぞ」


 その声に、クリスは穏やかな笑顔でこちらを振り向く。


「うん、大丈夫だよ」


 そう言った彼の背の向こう側で、突如吸血鬼が牙を剥いた。


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