兄、クリスの考察を聞く
「しかし、罠のひとつもないな。ここのボスは余程の自信家か、設置をする部下がいないだけか……」
「吸血鬼というのはプライドが高いからね。私たちを侮って余裕を見せているってこともあるのかもしれない。逆に部下や罠を多用して、眷属が多いことや罠知識を誇示する者もいるけど」
「まあ、それ以前に、社の鍵が解除されることを想定していなかった感もあるけどな」
「それでも吸血鬼ほど魔力がある者なら、魔法罠くらいはすぐに設置出来るはずだよ。ここまで何もないってことは意図的だ。……もしかすると、我々と直接相対したい理由があるのかな」
「俺たちと直接? 封印を破りに来た冒険者なんて、一刻も早く排除したいだろうに」
「んー。私たちを倒すよりも重要な、別の理由があるのかも」
クリスはひとつの事象に対していくつもの予測を立てる。
基本的に敵を見付けたら即斬り捨てて終わればいいとシンプルに考えるレオだが、しかし彼の深慮を無駄だとは思わない。
今後もしどこかで行き詰まった時、この試行錯誤が思わぬ突破口になったりもするからだ。
「そう思う根拠は?」
「ゲートのボスっていうのは普通、死ぬか代わりの魔物を擁立しない限り、ここから出られないルールなんだよ。だから、吸血鬼のような思考が出来て自我が強い魔族が、ひとりだけでこんなふうに隔絶されたゲートにいることは珍しいんだ」
「……そういや、鍵は海に捨てられていたわけだし、ここは本来は誰もこない場所だったはずだな。そこに上位魔族がひとりでいるっていうのは、確かにおかしな話だ」
「レオくんもそう思うだろう?」
誰も訪れない、そして自身は出ることが出来ない、終わりのない閉ざされた空間。
そんなところに自分から好き好んで入っている者なんて、そう居まい。引きこもりにもほどがある。
そう考えると、ここにいる吸血鬼は何か事情がありそうだ。
「……もしかすると自分からここに来たんじゃなく、閉じ込められていた可能性もあるな。もしくは誰かにそそのかされてこの状況に陥っているか」
「そういう考え方もできるよね。実際ここのボスは外に出られないのだから、ゲートに繋がる封印鍵を掛けて、海に捨てた別の存在がいるはずなんだ。そうなると、ここに罠がないのは余裕を見せているわけじゃなくて、会って私たちの侵入を状況打開に繋げたいのかも」
状況打開か。
しかしさっきクリスも言ったように、ここにいる吸血鬼が外に出るためには死ぬか、別の魔物にボスの座を譲らないといけない。
つまり、魔物でないレオたちと会ったところで、選択肢は死一択ということだ。
ここの吸血鬼は、それを許容できるのだろうか。
先日のアシュレイの話では、ゲートを作る魔物の大半は、死んで上位魔物に転生するのが目的だと言っていたけれど。
この状況は少し特異で、容易には判断出来ない。
「……この分だと、出会い頭の先制攻撃はないかもしれんな」
「かもね。まあ、どちらにも備えておけばいいんじゃないかな」
そう言いながら、クリスは目の前に現れた3つに分かれた通路の前で、たいまつを穴のひとつひとつに翳した。
そのうちのひとつの通路で、たいまつの炎が大きく揺れる。
その先に空気が動く空間があるのだ。つまり、この通路の先がゲートのボスのいる場所。
「あと少しで目的地だね。こっちに気付いているだろうに、結局向こうから来てくれなかったなあ」
「特に問題なく辿り着けたんだから構わんだろ。それに多分あんたより向こうの方がおっさんだ。行くぞ」
「そうか、私よりおじさんに歩かせるのは申し訳ないね。うん、行こうか」
そこからは万が一の先制攻撃に備えて、レオが先導する。
とりあえず問答無用で攻撃が来たらそのまま殺そう。
そうでなくても殺すことにはなるだろうが、合意の上でなら少しジアレイスたちの企みについて話を聞くことが出来るかもしれない。
クリスの言うように、どちらにでも対応できるようにしておけばいい。
レオは一度気を引き締めてから、ボスの気配のする開けた空間へ足を踏み入れた。
「……部屋?」
「わあ、ザ・貴族の屋敷って感じだね」
そこは、広くて天井の高い部屋だった。以前ランクSSのゲートで見た、吸血鬼たちのいたフロアと内装が似ている。
猫足の家具に、大きな本棚。豪奢な額縁に飾られた人物画。
一番奥には立派な棺桶があった。おそらく吸血鬼のベッド代わりだろう。近くにキャビネットも見える。
そして、その脇にある玉座のような椅子に、ひとりの男が座っていた。50代くらいに見える、気の弱そうな男だ。薄暗い部屋の中、吸血鬼特有の瞳の紅がやけに目立つ。
彼はレオたちを視界に収めると、おもむろに椅子から立ち上がった。
「この閉じられた世界によく来たな。君たちが何者でも歓迎するぞ」




