弟、クリスと相談する
「……つまり、精霊を食べちゃった魔物ってことですか?」
「まあそうだね。スピリット・イーターはその魔物の能力自体は変わらないんだけど、それに精霊がオプション武器として付く感じなんだ。精霊の強さによって威力はピンキリだから、普通に戦うと結構厄介」
「ええ……どんな精霊が付いてるんだろ。ゲートから出てきた魔物じゃないんですよね?」
「多分違うんじゃないかな。そもそも、スピリット・イーターになるのは高ランクの魔物と上位精霊の組み合わせだけで、その成立確率もかなり低い。ゲートのような狭い範囲でそれが起こることはほぼないからね」
「上位精霊……。まさか精霊さんの一部じゃないよね?」
祠に封じられていると見せかけて、実は魔族の詭計で魔物に取り込まれているということもあるかもしれない。
もしそうだったら、ものすごく強いオプション武器が付いてしまっているのではなかろうか。
窺うように大精霊に訊ねると、彼は首を振ってユウトの懸念を払った。
『私ではない。スピリット・イーターに取り込まれているのは主精霊のひとり……ガラだ』
「主精霊って……精霊術で契約してくれる、偉い精霊さん!? ガラっていうのは……?」
『本来は蛇の姿をした知恵を司る精霊だ。見ないと思っていたら、まさか魔物に食われているとは。……おそらくここに現れたのは、ユウトに惹かれてのことだ。あいつの意思は現在魔物に封じられているが、魔物の方も少なからずガラの影響を受けるからな』
そういえばディアやカチナが、主精霊たちは自分からユウトに寄ってくるだろうと言っていた。
ではこのガラという精霊も、意思を封じられながらも契約をしにやって来たということか。
とはいえ、魔物に取り込まれたままではどうしようもない。
まずはこの主精霊を魔物から分離しなければいけないだろう。
「精霊さん、魔物を倒せばガラさんは解放できるの?」
『ああ。ただ、体内の魔石は壊さないように気を付けろ。精霊の意思は魔石に封じられているからな』
「分かりました。……でも、相手は海中だからなあ。倒し方を考えないと」
現時点で、海中で戦えるのはクリスのみだ。
さすがに主精霊をオプション武器に持つ高ランクの魔物と、彼ひとりで戦わせるのは辛い。特に海の中では魔物の動きは縦横無尽。ユウトが海上から魔法で援護するのも難しいし、何か別の手が必要だ。
「スピリット・イーターを倒すのかい? ベースが何の魔物かと、どんな精霊の攻撃かさえ分かれば、私が頑張ってみるけど」
「いえ、ひとりで戦うには精霊が強すぎます。クリスさんだけ危険な目にあわせられませんよ。もっと他に……あ、そうだ! レオ兄さんが戻ってきたらみんなで討伐できるかも」
ユウトははたとあることを思い出した。
「みんなで? 何かいい考えがあるの?」
「ええ。海中だと現状クリスさんしか戦えないけど、敵を陸に上げてしまえば僕たちでも戦えます」
「スピリット・イーターを陸に上げる……? どうやって? さすがに私もその攻撃をかいくぐって、海坊主と同じように港に跳ね上げることは出来ないよ?」
「えっと、クリスさんに無理をさせるんじゃなくて」
現在の魔物は海底付近を泳いでいて、ユウトたちの視界では捉えられない。当然、どんな魔物かも分からない。それでもユウトには勝算があった。
あの伝説のアイテムがあるからだ。
「レオ兄さんが伝説の釣り竿を持っているんです。即入れ食い、バラし率0%、自動電撃ショッカー付き。掛かった獲物の力と体力50%減、釣り師の腕力100%増の優れものですよ」
「うわ、すごい。漁師垂涎の釣り竿だね。それならどんな魔物も陸に釣り上げられるかも」
伝説の釣り竿さえあれば、さっきのクリスのように港に魔物を引き上げられる。後はそこでサクッと倒せばいいだろう。どうせ魚の魔物なら、陸に上げれば動きはだいぶ制限出来るはず。
問題は精霊の攻撃だ。
周囲の建物や村民に被害を出さないためには、釣り上げて即倒さないといけない。もしくはユウトの魔法で対抗するか。
「ユウトくんは混乱魔法か睡眠魔法は使える? 精霊は魔物の指示で攻撃をするから、魔物自体が攻撃意思を失えば怖くないよ」
「あ、使えます。マルさんに習ったので。……でも、高ランクの魔物に効きますか?」
「完全に状態異常無効の敵でなければ大丈夫。高ランクの魔物は異常からの回復が早いだけで掛からないわけじゃないんだ。釣り上げた瞬間の2・3秒だけ効けば十分、私かレオくんでいけるよ」
あっさりと言うクリスは何とも頼もしいけれど。
「もし状態異常無効の付いた敵だったら?」
「その時は電撃系の魔法で一時硬直を狙う。気絶させるのは無理だけど、電撃ショッカーと電撃魔法をダブルで食らわせれば2秒くらいは時間が稼げるよ。その間に首を落とせる」
さすが、戦い慣れた彼は何をどうすればどうなるか、そして自分がそこで何を為せるかを熟知している。
レオやネイに通じる信頼感と安心感。
やはりこの人は強い。
「あと問題は魔石ですけど……」
「魔石?」
「取り込まれた精霊の意思が封じられているから、体内の魔石は壊すなって精霊さんが」
「んー、難しいね……。魔石は魔物によって存在する場所が違うから……。首を落とせば指示系統が麻痺して精霊の攻撃はなくなるけど、それでも魔物が暴れるようなら身体の方も切り刻むことになる。魔石が魔力過多だと、制御を失って肉体が暴走するんだよね。精霊の力が封じられているならほぼ確実だよ。絶対壊すなっていうのは難儀かも……」
「アン!」
クリスが魔石に関しては思案に余っていると、不意にエルドワがひと鳴きした。
見れば、何だかキリッとした顔をしている。
「エルドワ。……そっか、魔石はお前に任せればいいんだね」
「アンアン!」
「エルドワがどうしたの?」
「この子、魔物の魔石の場所が匂いで分かるんです。だから自分に任せろって言ってるみたい」
「へえ。エルドワもただならぬ気配のする子犬だとは思ってたけど……もしかして半魔?」
「えっ」
クリスからの指摘にユウトは目を丸くした。
半魔同士ならまだしも、普通の人間は近くに半魔がいることなんて勘付きもしないし、その存在自体を知らない者もいるのに。
「……何で分かったんですか?」
「当たり? 気配がね、知ってる感じだったから。私の昔のパーティにひとり半魔がいたんだよ。懐かしいな」
「そうなんですか」
気配だけでエルドワの正体に気付くなんて。
……もしかして、ユウトが半魔なのも分かっているのだろうか。
気になるけれど、特にクリスは言及せずに微笑んでいるから、余計なことは言わないことにした。
とりあえず半魔に対して悪いイメージは持っていないみたいだ。
「じゃあ、頼りにするよ、エルドワ。魔石は任せた」
「アン!」
屈んで足下にいる子犬を撫でたクリスは、再び立ち上がるとユウトに向き直る。
「やることは決まったね。では、スピリット・イーターが港に近付いてきて暴れ始める前に、レオくんと合流しよう。……仲間としての最初の共同作業だ、よろしくね」
クリスは穏やかに笑んで、ユウトの頭を撫でた。




