弟、クリスを勧誘する
レオがアイクに会いに行っている間、ユウトはエルドワとクリスと一緒に港に来ていた。
大精霊がふらっと外に出て行ってしまったからだ。
彼は結構自由で、何か近くに危機がある時はぴったり付いていてくれるけれど、街中のような安全な場所ではこうして何も言わずに姿を消すことがある。
いつもはあまり気にしないユウトだが、今回は沖合の精霊の祠を見に行ったのかもしれないと追ってきた。
どんな封印が施されているかも確認出来ない場所。大精霊が何か情報を持って帰ってくれるといいのだけれど。
「クリスさんにまで付いてきてもらっちゃって、すみません」
「いいんだよ、私が勝手に付いてきたんだから。それに、レオくんにも君のことを頼まれたしね」
「レオ兄さん、過保護だからなあ」
苦笑をするけれど、もちろん嫌なわけじゃない。兄に大事に思われていることは、弟にとってとても嬉しいことだ。
そんなユウトの気持ちを読み取って、クリスは微笑ましげに表情を緩めた。
「君たち兄弟は仲が良いね。羨ましいなあ」
「クリスさんにだって、仲の良い人いるでしょう?」
「昔の冒険仲間なんかはそうだね。でもみんな所帯持ってあちこちに分散しちゃったし、ここに来てからは見た目が女の姿だったから、中々男友達を作るのも難しくて。……アイクさんとか、頼りになるけど手の掛かる弟みたいで、仲良くなれるかと思ったんだけどなあ」
クリスが残念そうに小さく笑う。
「村長さんですね。……駄目だったんですか?」
「んー、最初の頃は普通だったんだけど、何だかどんどん嫌われてるみたいでね。最近会うと私が何してもすごい仏頂面なの。だからあんまり顔見せないようにしてるんだけど」
「何でだろ? クリスさんすごく良い人だし、優しいし、強いし、ご飯も美味しいのに」
「それは褒めすぎだよ。……ふふ、でもありがとう。大丈夫、村の人たちやエリーさんは親切にしてくれるからね」
桟橋まで来たクリスは、そこでユウトに沖を指差して見せた。
「さて、ユウトくん、見えるかな? 沖に小さく岩場の上に建物があるでしょ。あそこが社……君たちの言う精霊の祠だよ」
「あ、見えます、すごい小さくだけど。……ゲートもあの近くに?」
「ゲートはもう少し陸寄りかな。……私ね、今回、ベラールが豊かな村になってあのゲートも消したら、王都に戻ろうと思ってるんだ」
「え、そうなんですか?」
「私も用なしになるし、せっかく男の姿に戻れたし、もう少し冒険者として働こうかなって。歳の関係で仲間捜しはちょっと大変だけど」
そう、クリスほどの年齢になると、どこかのパーティに入れてもらうのは中々難しい。同年代のパーティはほぼ仲間が固まっているか、そろそろ引退するかというところだからだ。
若いパーティに加入するには体力が違いすぎるし、実績に15年近いブランクがあるせいで彼の名声を知るものもいない。何より、若いパーティのリーダーは、歳上が入って来るのを嫌がる。
……こんなにすごい人なのに。今さら彼のことを何も知らないようなパーティに入る? そんなのもったいない。
本来ならもっと大事にされるべき、王宮付きの冒険者になれる実力の持ち主だというのに。
「あの、クリスさん! それなら、僕たちと一緒に来ませんか?」
ユウトは居ても立ってもいられなくなって、とっさにクリスを勧誘した。
レオに確認はしていないけれど、きっとここにいたら同じ判断をしたと思う。
兄は年齢を気にしない実力主義だし、性格が良く素直な者を気に入りやすい。そして何より、ユウトが懐いた人間は受け入れる。
クリスはそれに十分当てはまった。
「クリスさんなら実力は申し分ないですし、すぐに王宮直属冒険者になれます!」
「私が? ……誘ってくれるのはありがたいけれど、それは難しいなあ」
ユウトの誘いに、クリスは苦笑で返す。
難色を示されたことに、ユウトは不思議そうに首を傾げた。
「どうしてですか?」
「君たちはランクSSS冒険者だろう? 私が最後に冒険者として働いたのは15年前……まだ冒険者ギルドが出来る前だ。私はこれからギルドカードを作って、ランクEから始めるぺいぺいだよ。そのランクに到達するまでに何年掛かるか」
「あ、それなら大丈夫です。僕たちランクC……レオ兄さんに至ってはランクDですから、ほぼ同ランクです」
「……は? レオくんがランクD!?」
実力者同士、レオの強さが分かっているクリスは、ユウトの言葉に目を丸くした。まあ、当然の反応か。
ユウトは周囲に人影がないことを確認して、説明をする。
「えっと、クリスさんには言って良いかな。僕たちライネル陛下の依頼で、別名義でランクSSS冒険者もやってるんです。だから本来のランクはCとDで、時々ランクSSSで……。そんな感じなので、クリスさんの実力なら、陛下も同じように別名義で王宮直属に置きたがるだろうし、一緒にやれるんじゃないかなと思うんです」
「……そんな力業、ありなのかい……?」
「あ、もちろん、そんな危険なランクで働くつもりがないなら断ってもらって構わないんですけど」
王宮直属の冒険者の地位は名誉ではあるけれど、当然その分危険な任務ばかりになる。一度冒険者を引退したクリスに、それを強要する気はない。最後に選択権を彼に渡す。
そんなユウトの説明に僅かに思案したクリスは、しかしすぐに決心したように頷いた。
「……私が陛下にそんな評価をされるかどうか分からないけれど。もし国のために働けるなら、今後の人生を費やすのも悪くないな。……どちらにしろ王都には行くつもりだし、君たちに同行させてもらっていいかな?」
「はい! もちろんです」
クリスなら絶対に大丈夫だ。力強い仲間を得て、ユウトは満面の笑みを浮かべる。
「ではとりあえず、社の開放とゲート攻略が最初の共同作業だね」
「そうですね。レオ兄さんが来たら、どう攻略するか相談しないと……」
『ユウト、こっちに』
その時、不意に名前を呼ばれて、ユウトははたと首を巡らした。
クリスと話をしているうちに、いつの間にか大精霊が戻っている。
桟橋の突端、少し離れたところで手招きをしていた。
「精霊さん。どうしたの?」
『そこの海中にスピリット・イーターがいる』
「スピリット・イーター?」
初めて聞く名前だ。ユウトが首を傾げていると、クリスがどうしたのかと訊ねてきた。
「ユウトくん、何かあった?」
「ええと、精霊さんが海中にスピリット・イーターというのがいるって」
「うわ、スピリット・イーターか。それは面倒だね」
「クリスさんはこの魔物のこと知ってるんですか?」
魔物の名前を聞いて眉根を寄せたクリスに訊いてみる。
すると彼は簡単に説明してくれた。
「スピリット・イーターは特定の魔物の名前ではなくてね、精霊を体内に取り込んでしまった魔物を指して言う言葉なんだ」




