兄、居たたまれない
「何だと……?」
ゲートを潰すとのレオの宣言に、アイクはあからさまに不満げな表情を見せた。
「不漁が解消した後だって、魔物の収入も合わせればさらに村が潤う。余計なことはしないでもらおう。部外者である君がそこまでするのは越権行為というものだ」
「言っておくが、ゲートを放置すれば魔物が豊かになった漁場を荒らすぞ。今は大して魚がいないから魔物は陸に上がってこようとするが、餌があるなら海原に出てしまう。そこで魚は食われるし、漁船も沖で襲われることになる」
「そうなる前に、クリスに定期的に海中の見回りをさせればいい。彼は水中でも陸と同じように活動出来る装備があるからな」
こいつ、クリスをさらに働かせる気か。
その本質は変わらないだろうに性別が変わっただけでこんな理不尽な扱いをされては、彼もたまらないだろう。……いや、クリスなら苦笑しながら普通に受け入れてしまいそうではあるけども。
「かなり若く見えるが、あいつだってもうおっさんだぞ。そんなに働かせて、病気や怪我をしたらどうするつもりだ。それこそベラールが潰れるぞ」
「私が彼と会って10年あまりになるが、クリスが病気や怪我をしたことはない。……まあ、当時のクリスは女性だったから、彼女か。とにかく、クリスは自己管理が徹底しているから問題ない」
確かに実力者であればあるほど、自己管理は出来ているものだ。
しかし、歳と共に疲労も溜まるだろうし、戦闘でのイレギュラーだっていつ起こるか分からない。絶対などというものはないのだ。
「これまで平気だったからと言って、これからも大丈夫とは限らん。……あんたの村経営の手腕があれば、あんなゲートがなくたって十分やっていけるだろう。もうクリスを解放してやったらどうだ」
「クリスを解放、だと……?」
「気に入らないからとそんなふうに嫌がらせをするくらいなら、目の前から消えてくれた方がいっそスッキリするだろう。ゲートを潰した後は俺たちがクリスを引き受けるから、それで手打ちにしろ」
「……待て、気に入らないとか嫌がらせとか、何の話だ。……はっ、貴様、上手いこと言ってクリスを村から連れ出す気だな! 最初からそれが狙いか! 彼は渡さん!」
「……ん?」
何かアイクの反応がおかしい。レオとしては彼に厄介払いの提案をしたつもりなのだが。
不可解に思ってエリーを見ると、彼女は軽く首を振った。
レオの解釈が違うということか。
すなわちアイクのクリスに対する扱いは、失恋の腹いせなどではないということなのだろう。では何のつもりだ?
……そういえば、さっきエリーが言っていた。ここのゲートはクリスが女性だった時からあったと。
つまり、アイクはその頃からクリスにひとりで魔物退治をさせていたということだ。
それは余所から見ればただの酷使、到底好きな相手にさせることではないが。
しかし今のアイクの反応を見て、レオはひとつの結論に達した。
「……もしかして、ずっと以前からクリスを手元に置くためにゲートを口実にしてんのか。だから潰されると困るんだな?」
「そうです」
「違うわ! エリー、勝手に返事をするんじゃない! 私はクリスがここに居たいだろうから、わざわざ口実を作ってやっているんだ! それに、実益も兼ねている!」
「女性でないと意味がないのかと思ったが、結局クリスが男に戻っても以前と同様に近くに置きたいのか」
「ええ。実はこの人、今もクリスさんのこと大好きです」
「真顔で誤解されそうなことを言うな、エリー! べ、別に親友になりたいとか思っていない!」
……なるほど、そういうことか。これはなかなかの拗らせっぷり。
嫌がらせにしか思えないクリスへの扱いは、他に彼の引き留め方を知らない捻くれ男の苦肉の策だったわけだ。
素直に、友人になってここにいてくれと言えない偏屈。
自分から相手に対して好意があることを認められない、この妙なプライドが面倒臭い。
その強がりは端から見ると滑稽でしかないのだが、本人は相手に好意を知られると負けだと思っているから困りものだ。そこに勝ち負けなんて存在しないのに。
レオは捻くれたアイクの思考を推察して、酷くむず痒い気分になった。
……まるで5年前までの自分を見ているようだ。
当時、暗黒児だったユウトに、レオは正にこういう対応をしていた。好意なんて絶対見せない。彼を可愛く思ってしまう時なんて、逆にことさら不機嫌を装ったものだ。
しかし、そうしたことで良かったことなど何もなかった。
今考えると馬鹿な接し方をしていたと後悔しかない。
「言っておくが、彼のことを私は何とも思っていない。こちらを気に掛けているのはクリスの方だぞ。私がタコ飯を好きだからと勝手に差し入れをしてくるし」
目の前で若干ドヤるアイクに、レオは自分の恥部を見せられているようで居たたまれなくなる。
後ろで彼を見るエリーの冷めた視線に、そういえばネイもよくあんな顔をしていたと、思わずついっと目を逸らした。




