兄、エリーに村長との面会を頼む
結局レオたちはエリーが来るまでクリスの家で待たせてもらうことにした。
その間に、クリスがタコ飯を作っている。ものすごく良い匂いだ。
シャツの袖をまくりエプロンを着けている姿は、若干中性的な見た目とその穏やかな雰囲気も相俟ってかだいぶしっくりくる。
女体化していたせいで伴侶を作る機会を逃してしまっていたクリスの家事はそつがなく、かなり手慣れているようだ。
なるほど、これで外見が女性だったなら、家庭的で穏やかで、嫁として申し分ないと思う男もいただろう。本人が『私は男だ』と言っていたところで、皆が皆、信じてくれるわけもない。
さすがにこの歳になるまでクリス一筋だった人間はそうはいないだろうけれど、彼が男に戻った今、そいつらにはご愁傷様と言うほかない。
「ご飯いっぱい炊いたから、君たちも食べていくかい?」
「いいんですか? ありがとうございます。すごく良い匂いだから、お腹すいてきちゃって」
「遠慮しないでどうぞ。他に作り置きの総菜もあるし、田舎料理だけど良かったら」
ユウトとエルドワが尻尾を全力でぴるぴるしている。かなりタコ飯に食い付いているようだ。
「エルドワの分ももらっていいか?」
「いいけど、人間の食事と同じもので大丈夫?」
「こいつは平気だ。グルメだから」
さすがに外で待っているアシュレイの分までは頼めないが、目の前でだいぶ楽しみにしているらしいエルドワの分くらいはいいだろう。
それを請け合ったクリスは、手際よく皿とカトラリーを並べ、配膳をした。
「昼ご飯にはちょっと遅いし、夕ご飯にはだいぶ早いけど」
「お昼は魚介の串焼きしか食べてなかったから、ありがたいです。わあ、カボチャの煮付けとかもすごく美味しそう」
「アン!」
テーブルに並べられた料理は、確かにどれも美味そうだ。ユウトとエルドワがテンションを上げるのに、クリスが微笑んだ。
「では、どうぞ召し上がれ。お口に合うといいな」
「頂きます!」
「アン!」
弟と子犬がまずタコ飯を一口頬張る。
途端に彼らの瞳が輝いた。
「美味しい!」
「アンアンアン!」
エルドワが3回鳴いたのは星3つ的な意味だろうか。レオも箸を取り、クリスの料理を頂く。
「……確かに美味いな」
ダンのようなプロ級の料理とはまた違う、家庭的でほっとする味だ。変に手が込んでいない分、飽きの来ない安心感がある。例えばこれが嫁の作る料理だったら、全く申し分のない理想の食事と言えよう。
こんな料理を食べにきていた村長が、男に戻ったクリスを見た時はかなりの衝撃だったろうな、と少し気の毒になった。
ともあれ、レオたちは出された料理を全てぺろりと平らげる。
それを見て、クリスは嬉しそうに笑った。
「気持ちよく食べきってくれて嬉しいな。作った甲斐があるよ」
「全部美味しかったです! ご馳走様でした!」
「はい、お粗末様でした」
ユウトが食器を重ねて流しへ持っていき、それをクリスが洗い始める。そうしていると、隣の村長の館からエリーが再びやって来た。
「失礼します、クリスさん」
「あれ、どうしたのエリーさん、早いね」
「申し訳ありません、夕食前に来いというお話でしたけれども、村長が皆様の様子を見てこいと言うものですから」
「私たちの様子?」
不思議そうにクリスが首を傾げているが、つまりはレオたちが気になるということだろう。余所者と接触して、クリスが村外に出るようなことがあっては困るというところか。
「まあ、ちょうど良かった。もうタコ飯出来てるし、それにレオくんたちがアイクさんと話をしたいと言うから、エリーさんに連れて行ってもらおうと思っていたんだ」
「皆様が村長と話を? ……先に私が内容を聞かせて頂いても宜しいでしょうか」
「ああ。構わん」
どうせ村長に話をするとなれば、遅かれ早かれ彼女も知ることとなる内容だ。レオは頷いた。
「海の沖合にあるという社に行く許可が欲しいんだ。そこの封印を解きに行きたい」
「……あの閉じられた社をですか?」
「レオくんの話では、あそこを解放すると海にマナが満ちて、長年続くこの不漁が解消するそうだよ。漁師たちもきっと喜ぶ」
「不漁が解消……? それは願ってもないお話ですね」
クリスの補足に、エリーは好反応を示す。
村が豊かになるのだから、当然問題はないだろう。
「マナが満ちて豊漁になれば、今海中にあるゲートを潰しても村の収入に関して問題はなくなる。クリスの負担もなくなるし、村としても悪い話じゃないだろう」
「……あのゲートを潰すと? それは……」
しかし、ゲートの話になった途端に彼女は難色を示した。
あのゲートが何だというんだ。
「何か問題があるのか? あそこの魔物を収入のあてにする必要はもうなくなるんだぞ。そもそも村のすぐ近くにある高ランクのゲートを意図的に潰さずに置いていること自体が正気の沙汰じゃない」
「それはもちろん承知しているのですが、なにぶん村長が……。でも、あの方もそろそろどうにかしないと……」
エリーは俯き気味にこめかみに指を当てて、しばし難しい顔をしていたけれど、やがて意を決したようにひとつ頷いた。
「……分かりました。村長のところに行きましょう。レオさんならあの方にも気にせずズケズケ言ってくれそうですし、拗らせを少し矯正できるかもしれません」




