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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、クリスの正体を思い出す

 海坊主と言われたモンスターは、ゆっくりと水面に姿を現した。

 一瞬、坊主頭の大男なのかと思ったけれど、やがてそれは特徴的な8本の足を現し、タコの化け物……クラーケンだと分かる。おそらく頭を覗かせた時の見た目から付いた俗称なのだろう。


「うわ、大きい……! これ、漁船なんて簡単に沈められちゃいそうな大きさじゃない? 倒せるのかな、あれ」

「最悪、危なくなったら手を貸してやればいい。それまでは様子を見ていろ」


 ハラハラしているユウトを宥めて、レオはお茶を啜った。

 正直、あまり心配はしていない。漁師の何人かはクリスとかいうのを呼びに行って、他の面々は逃げもせずに魔物を眺めているからだ。

 一部では、倒したタコの足をどう分配して売るかの相談まで始めている。


 明らかにこの状況に慣れているのだ。

 そして、皆がクラーケンが倒されることをすでに確定事項としている時点で、そのクリスとかいう奴がかなりの手練れだと知れた。

 見た感じ、おそらくこの海坊主はランク換算すればS寄りのA。ただ、海での戦闘となると難易度は格段に上がる。

 それをひとりでこなすような人間が、こんな村にいるとは驚きだ。


「クリスさんを呼んできたぞ!」


 やがて、クリスを呼びに行っていた漁師が戻ってきた。

 その後ろから、見るからに気の良さそうな、優男然とした壮年の戦士が、周囲に挨拶をしながらやってくる。

 彼がクリスか。

 一見は強そうに見えないが、その筋肉の付き方はレオに似て、無駄な動きをしない高度な剣の使い手だと分かる。

 戦士としては少し頼りない軽鎧装備は、よく見ると高級素材を使用していて、手入れも良くされていた。


 なるほど、これはかなりの実力の持ち主だ。

 高ランクの魔物を前にしても凪いだ気配は、間違いなく強者のそれ。ならばお手並み拝見といこうではないか。

 レオは完全に傍観の体勢に入った。


 その時、ふとクリスの視線がこちらに向く。強者同士、おそらく彼もまたレオの気配に気付いたのだろう。

 クリスはレオと視線が合うと軽く挨拶のような会釈をして、それからすぐに漁師たちの元に向かった。

 

「あの人がクリスさん……。ひとりで戦うのかな」

「そうだろう。まあ、実力的には問題なさそうだ。海の魔物とどう戦うのかは分からんが」

「タコの魔物なんて、吸盤の付いた足に絡め取られたら絶体絶命な感じだけど……」

「その辺も含めて、おそらく心配いらない」


 漁師の様子から見ても海坊主自体すでに何回か倒しているようだし、こちらが心配することでもない。


「あんな魔物と戦うなんて、ただの村人じゃないよね。もしかして村長さん?」

「違うだろ。ああいう気の良さそうなのは兄貴が村長に据えるタイプの人間じゃない」

「じゃあ、村専属の用心棒か何か?」

「この村にあれだけの手練れを専属で雇っておくだけの金があるとは思えんが……。まあ、何か知っているかもしれんし、後でつかまえて少し話を聞こう。もし海の中に高ランクゲートがあるなら、祠解放のついでに潰した方がいいしな」


 レオとユウトがそんな話をしている間に、クリスは一番大きな漁船の突端に移動した。そこが敵に一番近いからだ。

 そして、大ぶりの両手剣ツヴァイハンダーを鞘から引き抜く。彼はそれをクラーケンに向かって構えた。


 もしかして海の魔物相手に直接攻撃で行くのだろうか。これでは自分からリーチも何も取りようがないが。

 一撃で倒す自信があるのか、それとも他に何か倒し方があるのか。

 その行動を注視していると、彼は自分で船の突端から海に向かって飛び込んだ。


 マジか。

 鎧を着たまま水中で、しかも得物が振るうのに難儀な両手剣なんて自殺行為。レオなら絶対やらない。一体どうするのだろう。


 しかし水中に沈んだクリスを追って海坊主も水中に姿を消すと、港にいた漁師たちは彼を心配をするでもなく、見物に来た者たちの誘導を始めた。


「港の真ん中あたりに魔物が落ちてくるんで、みんな脇に寄ってくれ!」

「お客さん、犬が飛び出さないように押さえておいてね!」


 どうやら、彼らはこの後の展開が分かっているようだ。

 漁師たちが港から人払いをしている間に、水面が大きくうねる。レオはその水中に大きな力が集まるのを感じた。


「魔物が落ちてくるってどういうことかな?」

「……これは、おそらくあの男が水中から魔物をここまで吹き飛ばして来るようだな」

「え、あの大きな魔物を吹き飛ばす!?」

「水の抵抗なんかを考えるとかなり難しいが、もしかすると水中戦特化の付いた武器を装備しているのかもしれん。後は水中呼吸と水中歩行か……」


 間違いないのは、クリスが自身の持つ手札を上手く使って、確実な魔物討伐を遂行しているということだ。きっと、魔物のことも熟知した上での戦略なのだろう。

 やはりかなりの手練れ。一体彼は何者なのか。


「あの人、すごいんだね」

「そうだな、到底こんな村にいるランクじゃないと思うんだが……。正直、王都あたりでランクS以上の冒険者をやっていてもおかしくない」

「ランクS……あっ!」


 唐突にユウトが何かを思い出したように目を見開いた。


「どうした」

「クリスさん……! どこかで聞いた名前だと思ったら、昔ディアさんがランクSSのゲートを攻略に行った時のパーティの隊長さんだよ! 定期再生魔法リジェネレイトの魔石の持ち主!」


 ……そう言えば、ディアとマルセンがクリスなんちゃらという名前だとか言っていた。

 ランクSSゲートで78階まで到達した実力派冒険者のリーダー。それが、彼か。


「来たぞ!」


 その時漁師たちの声がして、クリスの潜っていた海が割れた。


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