兄、半魔についての話を聞く
そもそも、ユウトはレオが初めて会った時から正体不明の存在だった。つまり、魔研でも彼の正体を知らなかったということだ。
どんな経緯で魔研に連れてこられたのかも定かではなかった。
暗黒児と呼ばれたユウトは、元々どんな姿をしていたのかすら分からない。
肌はあちこちが黒くくすみ、酷く痩せこけ、背中には翼を引き千切られたような痕。首輪によって感情と表情も失っていた。
見るからに貧相で、正直、自分で連れて行く半魔を選べと言われていたら選ばなかったかもしれない。今となっては彼以外の選択肢なんて考えられないが。
まあ何にせよ、偶然か必然か、結局その時点からずっと行動を共にするようになった子どもだった。
せっかく長い時間一緒にいたのに、あの頃からもっと色々彼の話を聞いておけば良かったと、レオは今さら後悔している。
要するに、レオはユウトの過去を頑なに秘しているけれど、実はその本質に対する答えは何も持ち合わせていないということだった。
「問答無用、本能的な従属か……。そういえば、ヴァルドもエルドワも同じような感じだったな」
答えを回避するために、意図的に問いを逸らす。
それに対して、アシュレイは素直に応じて頷いた。
「ヴァルドもエルドワも、俺から見て……いや、半魔全体から見て、だいぶ高位の者だ。そんな立場の者を2人も従えているというのは、かなり特異だと思う。ユウトはそれに値する能力があるということだ」
「……お前たちは進んであの子を護ろうとするが、ユウトに従属することで何か利するところがあるのか?」
「見返り、という点で言うならもちろんだ。これは俺よりもヴァルドやエルドワの方が切実だと思うが……」
そこまで言って、彼は少し逡巡する。
そして何かを躊躇うように視線を馬車の方に向けて、しかし、すぐにまた口を開いた。
「本来、半魔の内情をあまり人間に漏らすなと言われている。だがユウトにも関わるし、レオさんは少し知っておいた方がいいかもしれない」
「……何をだ?」
「俺たちは半分魔物だということだ」
半魔は半分魔物。そんなことはもちろん分かっている。
だが、アシュレイが言うのはそういう表面的なことではないのだろう。
「レオさんも知っていると思うが、魔物というのは存在が完全体で、能力差が覆ることはない。だから、能力が下の者は上の者に服従するしかないんだ。半魔になると人という不確定要素が入るためにその傾向は薄まるが、なくなるわけじゃない」
アシュレイは近くにある石を手にとって、地面にピラミッドの形を描いた。それをいくつかの横線で区切り、位階を作る。
「半魔は総数自体が少ないが、その中でも多い少ないはある。一番数が多く、最下層が獣人だ。普通の獣と人の半魔だな。ラダにいる住人のほとんどはこれだ」
「……お前もここか?」
「いや、俺はもうひとつ上。変異種の獣と人の半魔だ。普通の獣人よりは能力が高い。その上が魔獣と人の半魔。ラダのガイナはこれだ」
「……ガイナは魔獣の半魔なのか」
「ああ。彼は白虎だ。あれだけ若いのに長を務めているのは、やはり半魔としての地位と能力が高いからなんだ。ラダは良い上位種が下位をまとめる好例だ」
能力主義のヒエラルキー。これは別に魔物に限ったことではあるまい。レオは首を傾げた。
「こういう組織立った形になるのは、魔物や半魔でなくても人間だって同じだと思うぞ」
「もちろんそうだ。しかし、やはり内情が違う。……少し話が飛ぶが、レオさんはゲートがどうして出来るか知っているか?」
「……ゲート?」
少しというかずいぶん話が飛んだ。
怪訝に思いつつも、レオはアシュレイの問いに辛うじて返す。
「……人間界に現れる魔物は世界の新陳代謝のひとつという話は聞いたが……ゲートもそうか?」
「そうだ。では、何故魔物は瘴気が薄く住みづらい人間界にわざわざ来て、退治されるか分かるか?」
「……お前のその言い方だと、魔物はわざわざ人間界に退治されに来ているみたいだな」
「そういう理解でいい。一部別の目的の者もいるが、大半はそうだ」
アシュレイに肯定されて、レオは眉を顰めた。
それは自殺行為ではないか。わざわざ世界を渡って、なぜ魔物がそんなことを?
レオは不可解に思いながら、先だって訪れた魔界のことを思い出していた。




