弟、ルアンとはしゃぐ
職人通りに入ると、レオはパームの前を通り過ぎてロジーへ向かった。
パーム工房は今日も開店できていないようだ。扉の向こうにタイチと目の下に酷いクマを作ったタイチ母が、店舗のディスプレイを整えているのが見える。まあ、明日あたりにはどうにか開きそうだ。
「レオ兄さん、来た!」
そして辿り着いたロジー鍛冶工房の扉を潜ると、何故か途端にユウトに勢いよく抱きつかれた。よく分からないがとりあえず可愛いので問題ない。機嫌良さげに尻尾を振る、その身体を優しく抱き留める。
その後ろにはルアンがいて、ユウトが彼女に向かって差し出した通信機を覗いていた。
「どう?」
「あ、ほんとだ。さっきまで矢印だったのがハートマークになってる」
「可愛いでしょ、ハート」
「うん、ふわふわ動いてて可愛いな。お前ら兄弟の間にこのマークを採用した意図が謎だけど」
どうやら、2人が一緒になった時のハートマークをルアンに見せたかったようだ。彼女が通信機に興味を示していたから、その話をした延長かもしれない。
目的を果たしたユウトは満足げに通信機をしまった。
「ミワ父は?」
「奥の工房で僕らが依頼した仕事してる。レオ兄さんが来たら裏のアシュレイのとこに勝手に行っていいって言ってた」
「そうか」
レオの腕の中から解放されたユウトがエルドワを抱き上げる。そしてルアンを振り返った。
「ルアンくん、アシュレイに紹介するから一緒に来て」
「アシュレイって?」
「僕たちの新しい仲間だよ」
「馬車を引く馬だ。……まあ、そうだな。ルアンの顔はあいつに覚えておいてもらった方がいいだろう」
「へえ、馬か」
先に外に出たユウトの後を追って、ルアンも店を出る。その後ろをレオもゆったりと追った。
ルアンがいるからか、ユウトははしゃいでいるようだ。
微笑ましく思いながら裏庭に回り込むと、すぐに馬車が見えた。
「これ、ユウトたちの馬車? 立派だな、頑丈そうだし」
「ん、乗り心地もすごくいいんだよ。荷台に乗ってみる?」
「どれどれ……うっわ、これ殺戮熊の高級皮で出来た絨毯じゃん! すごい手触り……。あー、オレたちのパーティにもこんな馬車欲しいなあ」
「お前たちなら少し頑張れば近いものが買える。だが、最初は装備の方に金を使えよ」
「うん、分かってるって」
ユウトとルアンとエルドワが、荷台に上って転がる。ふかふかの絨毯はそのまま寝転んでも心地が良いのだろう。
そこにレオも上がっていって、さっき買った大きなビーズクッションをポーチから取り出して置いた。
「わあ、兄さんそれどうしたの?」
「迷宮ジャンク品の店でたまたま見付けた。馬車に乗せておくのに良いと思ってな。お前たちなら並んで座れる大きさだろう」
これなら馬車が揺れても安全だし、ぶつかって怪我をすることもない。何ならアシュレイの枕代わりにもなる。
そしてこの、触りたくなるてろんとした見た目。
興味津々に寄ってきたユウトたちは、すぐにその何とも言えない手触りに飛び付いた。
「何だこの感触! ずっと触ってたい!」
「あー、これってあれでしょ、人をダメにする系のやつ……!」
「アン……」
「ちょ、エルドワ、埋もれ方半端ない! 人だけじゃなく、犬もダメにされてる……!」
2人と1匹で座ると少々手狭だが、ご満悦な様子で何よりだ。
ビーズクッションに埋まってリラックスする彼らをしばし自由にさせていたレオは、やがて頃合いを見て声を掛けた。
「そろそろアシュレイのところに行くぞ。奥の馬房にいる」
「あ、やばい、オレ今寝るとこだった」
「このクッション、座ってると身体が溶けそうだよね……」
「アン……」
ユウトたちは名残惜しげにそこを離れると、ようやく馬車を降りた。こんなに食い付くのなら、今度また見付けた時に自宅用にも買おう。
この幌馬車は、全てが終わった後にユウトと楽しい馬車旅をするための、快適空間にしたいのだ。弟が嬉しく思うものならたくさん置きたい兄だった。
その観点から見れば、1つ目のビーズクッションは大当たりだったと言えよう。
レオはその成果に満足して、馬房へと向かった。
「アシュレイ、迎えに来たよ」
「うわっ、でけえ!」
小走りに先に馬房に入ったユウトが声を掛けると、すぐに大きな馬がぬっと顔を出す。それを見たルアンは、ご多分に漏れずそのサイズ感に目を丸くした。
小柄なユウトが大きなアシュレイに近付いて、その鼻頭を撫でる。
「ルアンくん、これがアシュレイ。筋肉の付き方がきれいでカッコ良いでしょ」
「ユウトが側に居るとデカさが際立つな……。確かに、良い馬だけど。こいつ、オレが近付いても噛まない?」
「大丈夫、すっごく賢い馬だから。僕の言うこと、ちゃんと分かってるの。……アシュレイ、この人はルアンくん。僕の大事なお友達だから覚えておいて」
ユウトが告げると、アシュレイはルアンを見てから承知したというように頷いた。
「へえ、本当にユウトの言うこと分かってるみたいだな。よろしくな、アシュレイ」
ルアンの言葉に再び馬が頷く。ユウトの大事な友達、というだけで、彼にとってルアンは護るべき相手となったはずだ。
きちんとこちらの挨拶も理解しているアシュレイに、ルアンもやっと安心したように肩の力を抜き、その首を撫でた。
初回の顔合わせはこれで十分だ。
「レオ兄さん、この後アシュレイを連れてまた城外に行く?」
「ああ。その方がこいつも気楽だろう。何日もここで預かってもらう訳にもいかんしな。それに、注文しているアイテムが出来上がったらさっそく次の目的地に向かうつもりだ」
Xデーまでは後一ヶ月。あまり悠長にしている暇はない。
そう考えてユウトに返したレオの話に、横からルアンが訊ねた。
「なんだ、ユウトたちまたどっか行くの?」
「そうみたい」
「どうせお前らも忙しくなる。2人でスイーツを食べに行っている時間はしばらくないぞ。ロジーとパームで早めに装備の手配もしておけ。……まあ、俺が言うまでもなく、イレーナから色々指示がくるだろうが」
「え、イレーナさんから? ……ちょっと怖い」
「とりあえず覚悟しておけ」
イレーナにもジラックの話は行っているはずだ。だとすれば、急ぎダグラスのパーティを実務レベルにしようとするだろう。
修練もかなり無茶だが、彼女の場合実戦修行のノルマ要求もまたキツいのだ。おそらくランクAゲートを3日4日でクリアしてこいなどと言われるに違いない。
ちなみに普通のランクAパーティで同ランクゲートをクリアするには、10~14日掛かると言われている。どれだけ無茶か分かるだろう。
まあ、最終的にランクSになる予定のパーティなのだから、頑張ってもらうしかない。
イレーナの修練のおかげで、ボス・中ボス以外はそうそう苦戦しないはずだ。ボスと中ボスにどれだけ時間と体力を食われないようにするか。鍵はそこになる。
「ルアン、可能なら今のうちにウィルからランクAモンスターの資料をもらっておくといい。そして準備出来るものは先にしておけ」
「うん、そうする」
イレーナのノルマを達成出来るかどうかは、彼女の知識次第だ。
レオの助言にルアンは素直に頷いた。




