兄、ウィルの話を逸らす
ライネルはああ見えて、結構苛烈な人間だ。
王宮で、ジアレイスを追い詰めて恐怖のどん底に落として地獄を見せる、と言っていたのももちろん本気で、きっと5年前のあの日もそれに近い感情を持ってあの男を断罪したことだろう。
いつもゆったりと微笑みをたたえるライネルが、どれだけ厳しくジアレイスを責め立てたのか。おそらくそのカリスマ的な威厳、圧力、裁きはあの男を圧倒したに違いなかった。
自分よりずっと年若く、能力を下に見ていた男に上から裁かれた、ジアレイスの屈辱感は想像に難くない。
「もし、その時のやりとりがもう少し詳細に分かるようでしたら、情報を頂きたいです。おそらく、ジアレイスはその時に受けたのと同じような屈辱を、陛下に何倍にもして返そうと考えているはず。それが分かれば、彼の思考を逆手に取ることができるかもしれません」
「分かった」
ウィルの脳内には、すでにいくつかの予測が立っているようだった。その精度を上げて、派生する選択肢を減らすためにも、情報を持ってこいということだろう。
レオは必要なこととして請け合った。
さて、今ウィルに提供出来る、ライネルとジアレイスの接触に関する情報はここまでだ。
これで彼に伝えるべき話は終わりか。
レオがそう思ったところで、しかしウィルがおもむろに続きを促した。
「……それで?」
「何だ」
「まだ魔研が爆発していません」
突っ込まれた言葉に、レオは眉根を寄せる。
「兄貴とジアレイスの確執を探るだけなら別に、そこまでの話で十分だろう。その後は魔研の建物が爆発してジアレイスたちが生死不明になって、兄貴たちは転移魔石で逃げて無事だった。それで終わりだ」
「魔研は魔物や術式を扱うため、魔術に対しては魔法学校と同じかそれ以上に堅牢な造りになっていたはずです。そんな建物が爆発するというのはかなり大きな事案だと思うのですが」
一通り説明を聞かないと気が済まないのか、ウィルは食い下がる。
「……端折る」
「つまり、レオさんとユウトさんがここに関わっているということですね」
言いたくないからその部分を端折ったら、特定された。……まあ、言いたくないということはそういうことだ。
「そもそもレオさんたちを討つために画策された場だったんですから、もちろんその時は魔研の中に居ましたよね。前国王が直接現場に来たということは、その時点ですでに危険がない……魔研の掛けた罠に掛かって囚われている状態だったはず」
「……勝手に分析すんな」
「さて、表で陛下に罪状を言い渡されたジアレイスが次に行動を起こすとしたら、きっと閉じ込めていた研究所の半魔たちで陛下を倒そうとするでしょう。しかしそうしてみても、ルウドルト様の強さの前ではあまり役に立たない。……そう、あの方に勝てるのは『剣聖』しかいない。だとすると……」
その考察は、こちらの反応を見ながら、まるで確認作業のようだった。どこまで見透かす気だ、この男。
レオはたまらず話を逸らした。
「……そういえば、先日ランクAのゲートで、伝説の魔物G・Gを倒してきた」
「な、何ですって!? で、伝説の魔物G・G……! 足の付いた弾丸の異名を取る、黒光りのニクい奴……!」
すげえ。恐ろしいほどあっさり乗ってくる。
「ロバートのところに素材を納品してきた。見たいなら全部売り切られる前に急いで連絡を入れて、取っておいてもらうといい」
「それは緊急案件ですね! すぐにでも書簡を飛ばさないと! レオさん、申し訳ありませんが、今日のお話はこの辺で! あ、できたら伝説のG・G戦のご報告頂けると、喜んで地に額を擦り付けて平伏します!」
「……報告書は作っておいてやるから平伏すんな」
稀少魔物のこととなると、相変わらずテンションがおかしい。
だがこれでウィルの中の優先すべき事柄はそちらに傾いた。レオは内心で安堵した。
5年前の魔研の中でのことは、誰に告げる必要もないことだ。
レオの中にだけ残る、暗黒児だったユウトとの後悔だらけの別れ、記憶のないユウトとの異世界での出会い。
あれは、ただただ奇蹟だった。
レオはウィルと別れ、再び街へ出た。
ユウトは今頃ルアンとエルドワとでジェラートを食べている頃だろうか。
その様子を想像するだけで心が穏やかになる。
さて、自分はこれからどうしようか。
馬車を取りに行くのはユウトと合流してからでいい。だとすれば、次の精霊の祠解放の旅のために物資を調達しておくべきか。
レオは水と食料、消耗品を買い足しに店舗を回った。それから久しぶりに迷宮ジャンク品の店に入る。
そこで普通の店には置いていない歯磨き粉やシャンプーなどを物色していると、大きめのビーズクッションを見付けてそれも購入した。ユウトとエルドワが2人で乗ってちょうどいいサイズ、きっと気に入るだろう。
ついでにベッドで読むのに面白い本でもないかと棚を見に行くと、その一角がごっそり売れてなくなっていた。
……もしかしてタイチ母に大人買いされた、禁書があった場所だろうか。『禁断の愛の書』というPOPだけが貼られている。よく分からんが確かに禁書のようだ。
レオがその横にあった適当な推理小説を2冊買って店を出たところで、不意に胸ポケットの通信機が着信を告げた。
「もしもし」
『もしもし、レオ兄さん?』
それを耳に当てて応じると、ユウトの明るい声がする。
ルアンとジェラートを食べて、おしゃべりを楽しんだようだ。
「ご機嫌だな。ジェラート美味かったか?」
『うん! 久しぶりにルアンくんとも会えたしね。……それで、ルアンくんがこれからどこに向かえばいいか、レオ兄さんに聞けって言うんだけど』
「そうだな、だったらロジー鍛冶工房に向かって、そこで落ち合おう。アシュレイと馬車を取りに行かないといかん」
『ん、分かった、ロジーだね。これからすぐ向かうよ。じゃあ、また後でね』
「ああ」
簡単な会話を終えて、通話を切る。それからユウトの居場所を確認すると、大通りからひとつ曲がった公園通りにいるようだった。
公園を訪れる人たちが立ち寄る、軽食を扱った喫茶店の多い通りだ。職人通りにも近い。
弟の居場所を示すマークが未だ矢印なのを見てから、兄は通信機を胸ポケットにしまう。
レオはそのまま足早にロジーに向かって歩き出した。




