兄、クーデターについて語る
ライネルとアレオンは、昔からそれなりに仲は良かった。
2人は腹違いの兄弟だが、母同士は仲が良く、幼い頃は一緒に遊んだりもしたのだ。
しかし、少し大きくなるとライネルは後継者として父について回るようになり、アレオンは王宮の地下に取り残されるようになった。
その扱いの差は、やはり『可愛げ』のせいだろう。
ライネルはアレオンより4つほど歳上だが、年齢よりもだいぶ大人びて聡明であり、何よりとても愛想が良かった。当時から彼は自分勝手で無能な父親のことを軽蔑していたにもかかわらず、それをおくびにも出さずに従順な息子を演じていたのだ。
それに対してアレオンは、はっきりと嫌うものは嫌う。
母を所有物扱い、国民を奴隷扱い、ただ利権を共有する貴族たちだけで自身の世界を形成している父を、酷く冷たい目で見ていた自覚がある。
どうせ父親にないがしろにされることは大して気にもならないし、アレオンはそんな自分の無愛想を直そうとも思わなかった。
そうして対極の2人が少年から青年に差し掛かった頃。
やがてライネルを正式な後継者に決めた父はアレオンを遠ざけたが、その後も兄は周囲の目を盗んで弟の元を訪れていた。
「父上の政はこのままでは国を滅ぼすだろう。私はあいつを倒して国を立て直す」
それはアレオンの部屋に来たライネルが必ず言う科白だった。
彼はその下準備のために政治の中枢に入り込み、従順なふりをして金の流れや貴族の動向を注視していたのだ。
しかしその話を自分に向かってする意味が分からなくて、アレオンはいつも仏頂面で聞いていた。
そして5年前のあの日。
前国王たる父とジアレイスがアレオンを亡き者にしようとした日。それはライネルにとっても政権簒奪の絶好の機会だった。
父が連れていた部隊は、移動を国民に気付かれないよう数を絞った、10人程度の精鋭だ。
本来なら『剣聖』アレオンをそんな少人数で倒せはしない。しかしその時はジアレイスによって罠を掛けられていたから、それで十分だった。だからこそ父も気を緩めて、自分で結果を見に来たのだろう。
そこにライネルが加わっていたのは、父が何かあった場合に念のためとルウドルトの参戦を希望したからだ。
当時、ルウドルトはアレオンに次ぐ剣の使い手と言われていた。
その彼を連れて行くに当たって、その手綱を締めるために主人であるライネルも同行することになったのだ。
「レオさんを討つためにライネル陛下も前国王の部隊の中に……。後継者を危険に晒すことになると考えなかったんでしょうか。何かあったら国王と王位継承者がまとめていなくなってしまうのに」
「親父は自分のことしか考えてない。自分は後方の安全なところで高見の見物で、兄貴に討伐の指揮をさせる気だったのかもな。それに、そもそもルウドルトは親父の言うことを聞かないから、それを制御するためには兄貴も呼ぶしかなかったんだ」
「ルウドルト様が国王の言うことを聞かない? 私が見た限りでは、あの方はそんなタイプではありませんが」
「まあ本来はな。ただ、親父とルウドルトにはちょっと因縁があるんだ」
ルウドルトは昔、弱小貴族の長男だった。そんな彼の家はすでに没落してしまったのだが、その原因を作ったのが前国王だったのだ。
細かいことは割愛するが、家族を殺され、無実の罪をなすりつけられ、断罪されかけたところをライネルが拾い上げていた。
それ以来抱き続ける前国王への激しい復讐心。それが彼をここまで強くしたのだ。
そのルウドルトが、その力を復讐すべき相手のために使うわけがない。
「まあ、ルウドルトは『ライネルの犬』と呼ばれるほどの忠臣だ。兄貴が居れば変な気は起こすまいと思ったんだろう」
「しかし、そもそもライネル陛下自身が父君を殺る気満々だったというわけですね」
「そういうことだ」
父がアレオン討伐を言い出した時から、ライネルはクーデターの計画を練っていた。現体制に危機感を持つ信頼のできる貴族や役人に要請し、汚職貴族や不正帳簿の確保を頼み、王都がパニックにならないように憲兵を配していた。
そう、あの日のクーデターは、ライネルとルウドルト、そして有志によって用意周到に起こされたものだったのだ。
ただ一つ残念だったのは、事前にアレオンにそれを知らせる機会がなかったこと。
「まず、魔研の建物に入る前にクーデターは成し遂げられたんですね?」
「ああ。兄貴が連れていたのはルウドルトと部下1人だったが、2人で親父の精鋭を倒しきった。そして最後に、ルウドルトが親父の首を刎ねて本懐を遂げたと聞いている」
「クーデターの段階では、魔研は爆発していなかったということですか……」
ウィルはふむふむと頷きながら、脳内の情報を書き換えたようだった。
巷の噂話では、魔研が大破したのはクーデターで激しい攻防があったからだと言われていたのだ。彼にとっては新情報だろう。
「前国王を討ち取ったルウドルト様とライネル陛下は、そのまま魔研に? ジアレイスはだいぶ前国王を利用して好き勝手していた様子ですし、もちろん粛正対象ですよね」
「ああ、当然だ。建物の外で起こった戦いに気付いて出てきたジアレイスに、兄貴が罪状と処分を言い渡したらしい」
「罪状と処分……。その辺りの内容は」
「詳しくは知らん。俺も見ていたわけじゃないからな。おそらく職権乱用や不正の諸々の罪で、爵位の剥奪、魔研所長の解任、魔法研究資格の取り消し、身柄拘束……もっとあるかもしれんが、こんな感じの内容を告げたはずだ」
思いつく処分を列挙すると、ウィルは考えをまとめるようにしばし黙り込んだ。
きっと、それを聞いた時のジアレイスの思考展開を分析しているのだろう。
その結果が出るのをおとなしく待つ。
やがてウィルは少し逸らしていた視線をこちらに戻した。
「……以前、マルセンさんとの確執も聞きましたが。ジアレイスはやはり、最後のよりどころは権力なのだと思います。問答無用で人を見下せる場所、その地位が自分を護ってくれると考えている」
「権力……となると、爵位の剥奪や所長解任は結構ダメージだったってことか」
「もちろんそれもありますが、権力として一番手放したくなかったのは、国王の親友という座だったと思います。それは誰でもなれるものではありませんし、その辺の貴族の爵位よりも効果がある。ジアレイスの家は元々貴族としての地位も高かったですから、その立場はより強かったでしょう」
「……そうか、親友を失ったことじゃなく、自分が国王の親友という立場を失ったことがダメージなのか」
確かに、ジアレイスが縋っていた権力がなくなると、選民であるという自意識が地に落ちる。それはあの男のアイデンティティを根本から揺るがす事態だ。
無敵だと思っていた自分の鎧をずっと年若いライネルに剥ぎ取られたわけか。
権力という鎧に護られていたはずのプライドは、大きく傷付けられたことだろう。
「それに、ライネル陛下は善良な国民には優しいけれど、罪を犯したものにはかなり厳しい方……。もしかすると、かなり辛辣な言葉を投げかけた可能性もあります」
「ああ、あり得るな」
「そこをもう少し掘り下げることができると、ジアレイスのこれまでの行動と照らし合わせて、思考展開が読めるかもしれません」




