兄、ジアレイスに関する報告を聞く
ライネルたちと別れると、レオは地下通路を通り墓地へと出た。
その背後を、何故だかネイもついてくる。
「……鬱陶しい」
「あっ、無視しないなんてレオさん優しい」
「うぜえ、殺すぞ。……ユウトがいないところでないと出来ない話があるんならとっとと言え」
ふざけているように見えても仕事には真面目なこの男が、無意味にレオのあとをついてくるわけはない。だとすれば、ユウトのいた昨日の場では言えなかった報告があるのだ。
墓地にある墓守小屋の裏手に回り、レオは立ち止まった。
「ジアレイス関連だな?」
「はい。ルアンからの報告です。それほど行動範囲は広くないんですが、未だにジアレイスが王都の街中に現れるそうです。ウィルくんを張っていて何度も見掛けていると」
「……あの男も熱心なことだ。よほど降魔術式を使いたい何かがあるんだろうな。……それで、ウィルにジアレイスが接触したことは?」
「二・三度あるようです。ルアンがいれば事前にウィルくんを連れ出すなどして阻止をしてますが、常に彼に付きっきりというわけにも行かないので……」
「ウィルがあの男と話をしたなら、それは本人に聞こう。次」
レオは早くユウトを迎えに行きたい。
これ見よがしにネイを急かす。
「はいはい。次はジラックの墓地にある塔の話なんですけど」
「ああ。目的不明だったやつか」
「先日行ったらもうほぼ出来上がっていたんです。それを見て、何となく既視感があって……」
「既視感?」
「ええ。どこかで見たような、感じたような雰囲気の異様な塔。……それをずっと考えてたら、思い出したのはアレでした。……魔尖塔」
大して構えずに聞いていたら、思わぬ単語が出てきた。
若干声を潜めた男と逆に、レオは目を瞠り、驚きの声を上げる。
「魔尖塔だと……!?」
「もちろん、魔手で組み上がったりはしてませんけど。方陣の上に魔法金属で建てられて、その最上階だけが人骨で出来ていました。……俺は実際の魔尖塔の完成形を見たわけじゃないですが、何だろう、直感? 身の毛がよだつ感覚というか……それが近い感じがしたんですよね」
ネイはそういう肌感覚に鋭い男だ。彼が直感でそう感じたのなら、大きくは間違っていないだろう。もちろん、人間にあれと同じものが作れるわけはないし、それを模したものと考えるべきか。
「世界に魔尖塔が現れるのを待つより、自分たちで作ってしまおうということか……? となると、ウィルを引き込んで降魔術式で降ろすのは、そこに住まわせる魔物……?」
「魔尖塔に寄せようと考えるなら、あの塔自体が依り代で、何かを憑依させるのかもしれませんし。そのあたりはちょっと分かりませんね」
「……嫌な予感しかしないな」
できることなら今のうちにぶち壊してしまいたいけれど、魔法金属で土台を作っているならおそらく対抗作用のある術式や属性が付いているだろう。安易に手を出す訳には行かない。
「いっそウィルのところで待ち伏せして、出会い頭にジアレイスを斬り捨ててやろうか」
「それが出来たら楽でしょうけどね。あの男が、その対策をせずに出歩いているとは考えづらいですよ。物理反射とか絶対色々付いてますもん」
「クソ忌々しい」
結局先だってのマルセンのように、攻撃判定のない探知魔法をくっつけるくらいが関の山なのだ。レオは舌打ちした。
「やはりリーデンにいくらか口を割らせないといかんな。イムカの方はイムカの方でどうにかしてもらうとして、貴様もその適当な舌先三寸で騙くらかして、あの男から情報を剥ぎ取ってこい」
「レオさん、言い方。……まあ、この後ジラックに行ってきますけども」
ネイは気乗りしない様子で頭を掻いた。
「レオさんたちは、これからどうするんですか?」
「まあ、とりあえず精霊の祠の残りを解放しに行くことになるだろうな。大精霊を完全体にすれば、おそらくユウトがこの世界から移動しても、あの本家の魔尖塔が現れることはなくなるに違いないし」
「俺もそっち行きたい~」
「来たいならジラックの件を終わらせてから来い」
「あれ、一朝一夕で終わんないでしょ!」
「どうせ、俺たちの方の用事が終わればジラックで合流することになる。それまでせいぜい情報を集めておけ」
「……はあ、分かりましたよ。奴らを地獄に叩き落とすために頑張ります」
最後はネイが、諦めのため息混じりに頷く。
何だかんだと愚痴はこぼすものの、結局主命には従順な男だ。
「ところで、ルアンとダグラスたちはどんな様子だ? まあ、ルアンはお前が面倒見ているからそれなりにスキルアップしているだろうが……」
「ダグラスたちもかなり戦闘力を上げてますよ。毎日ボロぞうきんにされてますけどね」
「イレーナのしごきは容赦ないからな。……そろそろ実戦で使えそうなら、ランクAゲートあたりで勘を取り戻させつつ、金を稼がせたいところだ。今後ランクS級とやりあう時、パーム工房とロジー鍛冶工房の一流装備を着けてるか着けてないかで結果が変わってくるからな」
「あー、稼いだ金で両工房で装備を作らせる気ですか。一流装備をパーティ分揃えるとなったら、かなりの金額ですもんね。まあ、冒険者ギルドから補助金は出るけど。……レオさん、やはりゆくゆくはダグラスたちを別働隊として駆り出すつもりで?」
「もちろんだ。パーティとしての戦闘力もあるが、何よりルアンがしっかりしているからな」
今後大掛かりな戦闘が起こった場合、レオが別働隊として信用できるのはルウドルトの騎士団と、ネイたちの隠密集団と、このダグラスたちのパーティとなる。
そのうちルウドルトはもちろんライネルの方に行くし、ネイはこちらに来るだろうが部下たちは国王指揮下に入る。レオたちが使えるのは彼らだけだ。
イムカとラダの獣人たちも動かせるかもしれないけれど、イムカの下にどれほどの組織が組めるかは未知数だし、ガイナたち獣人は防御力に不安が残る。
そう考えれば、ダグラスたちには是非とも強くなってもらわねばと期待するのは当然だ。
「では、イレーナにそのように伝えておきます」
「ああ」
「……しかし、今後ルアンがゲートに入っている間の数日は、ウィルくんの警護はどうします?」
「それはウィル本人と話す。あいつはおそらくここまでのジアレイスの出現頻度や時間帯なんかを、全部脳内でデータとして蓄積しているはずだ。そこから今後接触を避ける手段も読めるだろう」
「あー、なるほど」
ネイは納得して頷いた。
「ウィルくんにはこれから会いに?」
「……そうだな。その方がいいか。これはユウトがいないうちにするべき話かもしれん」
「だったら、おそらくルアンが陰から見守ってると思いますんで、側に呼んでやって下さい。レオさんにスキルの進捗を褒められると喜びますから」
「褒めるくらいスキルアップしてたらな」
「その点は大丈夫です。師匠の贔屓目を抜きにしても良い成長してますよ」
「なぜ貴様がドヤる」
どう見ても弟子自慢だ。
だがまあ、期待しておこう。一応、一流の隠密が育てているのだ。
ルアンには元々適性があったし、伸びしろは十分。
レオはその場でネイと別れると、ウィルとルアンに会うべく王都の街中へと向かった。




