兄、精霊の正体を知る
「儀式を途中で妨害した?」
「そうです。お爺様は公爵として多大な力をお持ちでしたけれど、その身体から父に能力を引き継ぐ儀式の最中はそれ以外の一切のことができなくなる無防備な状態でした。それを受ける父も深淵の眠りについていて、何も出来なかった。そこを襲われたのです」
「……儀式が成立しないまま終わったのか。だがお前の爺さんが死んだら公爵の能力を継げなくて本末転倒になるわけだし、まだ生きているんだろう? だったらお前の父が死んだからといって、その襲撃した奴らが素養的に後継に選ばれることはありえないと分かりそうなものだが」
一族や魔界を護る視点を持たずに一個人の欲望で動いている時点で、その襲撃に加わった奴らは公爵の後継者候補から外されるだろう。
次に選ばれるのはまた別の誰かのはずだ。
そう思ったレオに、ヴァルドは重々しく首を振った。
「お爺様は死にました。今、公爵のひと席は空白です」
「……何だと?」
「儀式の途中、お爺様は父に能力を委譲するため、その全ての魔力と知識、能力を体外にある光の玉に集約していました。その時点で、お爺様の身体にはもう力が残っていなかった。そのまま叔父たちの手によって殺害され、輪廻に戻りました」
「その人たちの目的は、光の玉に込められた全能力だけだったからですか……ひどい……」
「お前の父に、その能力は届かなかったということだな?」
「ええ。当然父も殺されました」
「あれ……? では、その公爵の光の玉は、今どこに……?」
確かに、後継者となるべきヴァルドの父が殺されたというのなら、すぐに誰かが光の玉の能力を継いで、その地位についてもおかしくないはず。何故そうなっていないのか。
ユウトの疑問にヴァルドは軽く息を吐いた。
「光の玉は、それに気付いた魔王様が即座に封印しました。多重の鍵を掛けて、その力に触れられないようにして」
「魔王? ……って、この世界でいう大精霊ですよね」
「そうです。普通は一族のお家騒動に介入したりしませんが、公爵レベルの魔力を愚者が持つと世界が傾きかねない。ですから取り上げたんでしょう」
魔王まで介入する後継者争いか。
ヴァルドは淡々と話しているが、おそらく現場はもっと苛烈であったはずだ。襲撃に行った者の中でも誰が後継になるかでもめただろうし、父を殺されたなら吸血鬼殺しである彼が突っ込んで行って、そのうちの数人は葬っているだろう。
その後ヴァルドは人間界に移ったのだろうが、以来未だに後継者争いはくすぶっているのだ。
公爵の能力は魔王が取り上げてしまっているにもかかわらず、それが戻ってきた時のことを想定しているのだろうか。
その器の者がいるのか、甚だ疑問ではあるが。
「……まあ、お前の一族の後継者争いのことは分かった。しかし、なぜあいつらは魔研にばかり荷担している? 奴らの技術で半魔になり、成長というステータス変化を狙うためか?」
何にせよ、一番の問題はそこだ。
他の何かの力を借りるなら、レオとしては勝手にやってろと放っておく話。どうしてヴァルドの叔父たちがこぞって魔研に手を貸すのか、それが不思議だ。
その力関係も、一体どうなっているのか。
訝しがるレオに、ヴァルドは静かに首を振った。
「成長の能力はほとんど関係ありません。叔父たちが魔研に荷担するのは、彼らが封印された公爵の能力を所有しているからです。それを手に入れるために叔父たちは協力しています」
「えっ!? それって、魔研が封印した光の玉を持ってるってことですか!?」
「何だと……? どうして奴らが?」
「……実は魔王様が封印して隠していたものを、魔研が偶然手に入れてしまったのです」
どうやら魔王は、その封印したものを魔界に隠すと見付かる可能性があると考えて、こちらの人間界に隠したらしい。
それを魔研が発見してしまった。
どこで見付かったのか、そう考えて、レオはすぐに答えに行き当たる。
「もしかして、その封印した能力が隠されていた場所というのは……」
「はい。エルダールでただ一つ、ランクSSS難易度のゲート……その中に隠されていました」
魔法生物研究所は、そのランクSSSゲートの真上に建てられていた。そこから出てきた魔物や捕まえてきた魔物を研究材料とし、実験や改造を行って、逆にゲートに送り込んでいたりもしていたのだ。
そこで虐げられながらも生き残っていたのが暗黒児だったユウトや、キイとクウなどの強力な半魔。彼らは首輪によって操られ、おそらくゲートでの戦利品を魔研に持ち帰っていたのだろう。
さてはその中に、件の封印されたアイテムが混じっていたということか。
「魔研はその能力の譲渡を交換条件に、叔父たちの魔力を利用しています。彼らに荷担している叔父たちは皆、他の兄弟を出し抜いて自分がそれを手に入れようとしているのです」
「……魔族のくせに間怠っこしいことをするんだな。奴らを殺して奪えばいいのに」
そうしてくれれば手間が省けるのに、などと自分本位なことを考えつつ言うと、ヴァルドは肩を竦めた。
「おそらく、彼らを殺すと隠し場所が分からなくなるのだと思います。それに、その能力の譲渡の儀式には公爵以上の能力者が必要になるのですが、どうやら魔研はそれを準備出来るらしいのです」
「え、それって魔研が他の公爵を連れて来て儀式をするってことですか?」
「いえ。魔研の者たちは人間ですから、魔界での活動なんておいそれとできません。公爵たちは降魔術式の召喚などに応じるランクでもありませんし、彼らと魔研に接点はないはずです」
「……となると、使えるのは……もしかして大精霊か」
「あ、そっか、公爵以上の能力……魔王と同じ力があるんだもんね」
「では、魔研は大精霊を捕まえているということか……ん?」
レオは自分でそう口にして、はたと思い当たる。
細切れにされ、捕まえられている精霊を、自分たちは現在救出中ではなかったか。
「……待て、まさか、あいつが大精霊か!?」
「えっ、精霊さんが……!? あ、何か『バレたか』って頭掻いてる!」
「嘘だろう、大精霊は冷静で感情に振り回されないという話だが、こいつめっちゃ感情的だぞ!」
「『時と場合による』って言ってる」
「全然大精霊としての威厳がねえじゃねえか!」
「『貴様が鈍感なだけだろう』だって」
「ふざけんな、貴様ただのユウト好きだろうが!」
これが大精霊……。
何となく納得いかないが、しかしそれならこうしてレオたちが精霊の祠を解放して回っているのは、魔研と吸血鬼たちの思惑を潰す役にも立っているということか。
その世界の創造主たる大精霊が何故ユウトを可愛がり、護ろうとするのか。それは気になるけれど。
弟のこの世界での重要度を考えると、今進んでそれを訊ねる気にはならなかった。
「僕たちが大精霊さんを全て解放して完全体にしたら、とりあえずは能力譲渡は阻止出来そうですね」
「ええ。……ただ、ここ数年は魔王様の姿も見えなくて……もしかすると、あの方も何か大きな問題に巻き込まれているのかもしれません」
「魔王まで? ……つか、大精霊とか魔王とか、創造主として無敵のイメージだったんだが、魔研ごときにそんな簡単にどうにかされちゃうものなのか?」
「魔界も人間界も、世界と創造主は一心同体です。世界が弱れば、創造主の力も弱まる。マナや魔力が何者かによって搾取され、今この方たちの力はこれまでになく落ちているのです。そこに、魔研が何か人智を越えた強い力を手に入れたようでして……現在、世界中がバランスを欠いているのです」
魔研が創造主を凌駕するほどの力を手に入れている?
そんな馬鹿なと思いつつも、新世界を創り出し、そこに竜穴でマナを取り込み、この世界に魔尖塔を出現させて破壊させるだけの力を持っているのは事実。
ここで野心の強い独りよがりで好戦的な公爵が誕生したら、今度は魔界も壊される。その先に待つ結末が、どう考えても最悪なものだとしか思えない。
魔界と人間界が互いにバランスを取って存在しているのなら、結局どちらの世界が危機に陥ってもユウトが幸せに暮らせる世界にはならないわけで。
やはり吸血鬼一族の後継者争いにも首を突っ込まないわけにはいかなそうだ。
「……そうなると、大精霊を解放するだけでは心許ないな」
「とりあえず、お爺様の能力を封印したアイテムを魔研から取り上げられれば、少しは安心できるんですけど」
「そうですね。僕たちもお手伝いしますよ。……それでヴァルドさん、そのアイテムってどんなものなんですか?」
「ああ、本です。術式によって何重にも鍵を掛けられた禁書です。ずっと探しているのですが……」
「……ん?」
何か以前、ジラックの闘技場でそんなものを手に入れたような。




