弟、ヴァルドの一族の爵位に驚く
「お呼び出し頂き、ありがとうございます。我が主」
その日の夜、アシュレイの食事も届け終わって自宅に帰ってきたレオは、話をするためユウトにヴァルドを召喚させた。
魔力の消費がなければ、彼の滞在出来る時間は5時間程度。詳しい話を聞くには十分すぎる時間だ。
「喫緊の戦闘があるわけでもないのにお呼び立てしてすみません、ヴァルドさん」
「何の問題もありません。ただの話し相手としてお呼び頂けるだけでも十分嬉しいですよ。可愛らしい主の姿は目の保養です」
言いつつ艶然と微笑む男は、弟の指を口に含んで傷を塞ぐ。相変わらずの腹立たしい光景に、レオはすぐにユウトを自分の側に引き寄せた。
「ユウトに呼び出させたが、主に話があるのは俺だ。それ以上ユウトに近付くな。お前はそこの向かいの椅子に座れ」
「やれやれ、いつものことですがレオさんはユウトくんに対する独占欲が半端ないですねえ」
ヴァルドは苦笑をしつつ、言われた通りのリビングの椅子に座る。
その向かいにレオが座ると、兄の腕から離れたユウトがお茶を淹れにキッチンに向かった。
「それで、私に話とは?」
その後ろ姿を見送った後、ヴァルドが単刀直入に訊ねてくる。不要な前置きはいらないということだろう。
さて、それなら何から問おうか。
レオはしばし逡巡し、それからまずは今日知ったばかりの名前を口に上らせた。
「……お前はガラシュ・バイパー伯爵という奴を知っているか」
「ガラシュ・バイパー……毒蛇伯爵ですね。魔界の貴族です」
「やはりそうか。……で、確認だがそいつはお前の一族の吸血鬼ではないのか?」
「……よくご存じで。彼がどうかしました?」
レオの推論は当たっていたようだ。
一族の指摘をされて、ヴァルドが眉を曇らせる。また自身の血族の悪事が判明したことを察したのだろう。
「反国王派を主導する貴族がそいつだった。ジラックで、領主や魔研の連中に荷担しているようだな」
「そうですか、彼ほど自尊心の強い男まで……」
「自尊心が強いと言えば、先日俺が魔界で倒したジードという男も大概だったな。あいつもお前の一族だろう」
「ジード……!?」
テムの精霊の祠を解放するために、魔界に赴いて倒した吸血鬼。その魔族の名前を出すと、ヴァルドはことさら驚いて目を瞠った。
「あの男を倒したのですか……!? 狡猾で底の見えない悪意と野心を持つ男……」
「まあ、俺が倒したというよりは、あいつが勝手に自滅しただけだが。魔界図書館で禁書データを不正閲覧して手に入れた、魔界の爆裂系禁忌魔術を唱えて自爆した」
「禁忌魔術を……。それで、ジードの死は確認して来ました?」
「いや、あいつの最期は見ていない。爆発の直前に、俺はルガルの鈴で転移してしまったからな。だが、精霊の祠の扉も開放出来たし、死んだだろう」
「……だったらいいんですが……」
ヴァルドはどこか引っかかるようで、黙り込んでしまった。
ジードはただのプライドの高いアホというイメージだったんだが、何か彼と認識が違うのだろうか。
まあ何につけ、こう吸血鬼一族ばかり魔研に荷担しているのも変な話だ。レオはそもそもの質問を投げかけた。
「お前の一族……ずいぶんいる叔父たちというのは、何でこんなに魔研と手を組んでいるんだ?」
「……その最初の接点が何だったのかは、私にも分かりません。……ですが、吸血鬼一族の後継者争いのごたごたが関係しているのは間違いないと思います」
「後継者争い?」
魔界の者というのは、生まれた時点で全ての能力は決まっているはず。だから当然一族の本流を継ぐのは一番能力の高い者で、跡目争いなど起こるわけもないと思うのだが。
ちょうどその時ユウトがお茶を運んで来てくれて、ヴァルドは場を保たせるようにそれで舌を湿した。
ユウトがレオの隣の椅子に座ると、その膝の上にエルドワが乗る。
弟は特に2人の会話に割り込むことはなく、そのままヴァルドの話を待った。
「……そもそも魔界の住人というのは皆とても長命で、代替わりなどというのは何百年に一度という稀なものです。それが上位魔族なら尚更。その代替わりも老衰などではなく、今生に飽きたり新たな力を求めたりして輪廻に戻るという自発的なもので、人間の死生観とはだいぶ異なります」
「ふむ。つまり、お前の一族の長が輪廻に戻るため、自分から代替わりをして跡目を譲ろうとしているわけだな」
「そうです。ここで問題になるのが、長の爵位を継ぐ後継者に求められる素養。公爵と侯爵を継ぐ者はそのステータス的な能力ではなく、思慮深さや性格など、魔族の上に立つ素質を重視されるのです。いくら身体的魔術的能力が高くても、粗暴で考え無しだと魔界を取り仕切る爵位など与えられないからですね。魔界にも秩序というものは存在しますので」
公爵と侯爵は能力度外視ということか。
しかし、そうすると色々問題がありそうだが。
「一族の中で能力的に弱い奴が爵位を取ったら、納得しない能力の高い奴がそいつを殺して成り代わろうとするんじゃないのか?」
「そうならないために、代替わりの儀式というものがあります。一族の長は輪廻に戻る際、その儀式で能力の一切を後継者に引き継ぐのです。その結果後継者は自身の能力に長の能力を加算することになり、他の追随を許さぬ強さになる。そうすれば成り代われる者などいません」
「なるほど」
能力主義の魔界だが、世界を管理する者たちが好戦的な脳筋でなく、ルガルのように冷静で思慮深いのはそういう理由があったのか。
確かに気分屋な考え無しが能力だけで後継ぎになったら、格下の魔物を殺して回ったり人間界に攻め込んだりしそうだ。
そう納得したレオの隣で、ユウトがぱちりと目を瞬いた。
「な、なんかスルッと話が進んだけど、え? ヴァルドさんの一族って、公爵家か侯爵家なんですか……?」
「そういうことなんだろうな。まあ、貴族だとは思っていたが」
「……私の祖父が、公爵なんです」
「うええ!? 魔界のトップで、4人しかいないっていう……!? ちょ、そんな偉い家柄のヴァルドさんが、何で僕の召喚魔とかやってるんですか!?」
「偉いのは祖父であって、私ではありません。私にとっては貴方の方がはるかに尊い」
ヴァルドが4人しかいない公爵の孫。だが彼のいう通り、半魔ゆえに何の地位も持っていないのだろう。さすがに吸血鬼一族で吸血鬼殺しが爵位を持つことは厳しい。
一応叔父たちは皆分派して爵位を持っているようだが。
……やはり誰もが公爵の地位は欲しいのだろうか。
「しかし、その後継者争いで自分が優位になるために、そいつらは魔研の奴らと手を組んでいるのか? お前の爺さんもそんなクソみたいな奴らを弾いて、一番適任な奴をさっさと後継者として選んでしまえばいいだろうに」
「……それが、お爺様はもう最初に後継者を選んでいるんです」
ヴァルドは気疎い様子でテーブルの上で手を組んだ。
「お爺様が選んだのは、数多いる兄弟の長兄……。能力的には兄弟の中でもかなり下だった、私の父でした」
「ヴァルドさんのお父さんが次の公爵に?」
「何だ、後継者が決まっているなら、その代替わりの儀式とやらをとっとと終わらせてしまえばいいだろうが」
「もちろん、争いが起こる前に代替わりの儀式をするはずだったんです。しかし、長兄が後継者になることに不満を持つ弟たちが儀式の途中に妨害をして……全てをぶち壊しました」




