兄、ネイに指示を出す
「ただ、その反国王派の貴族自体も、よく分からないんですよね」
「……正体が分かったんじゃないのか?」
「一応、です。タイチ父たちの話から、ガラシュ・バイパー伯爵という貴族だということは分かりました。ただ、貴族居住区は俺たちが何度も探しましたが、ジラックに同名の貴族の屋敷はないんですよ。彼らがガラシュと会うのもいつも領主宅でだったらしいし」
「反国王派の拠点は、ジラックじゃないということか……?」
「いえ。他の街では調べてませんけど、陛下はその貴族を知らないと言っていたのでザインや王都に土地を持つ貴族でもないと思います」
ネイの言葉に、レオは眉根を寄せた。
つまり、そのガラシュ・バイパーという貴族は、伯爵という地位でありながら、領主宅でしか存在が認識されていないということだ。
そもそも5年前に貴族腐敗の掃除をしたライネルが知らないのだから、そいつに爵位を与えた者は王家ではないという話になる。
……となると、ガラシュ・バイパーはこの世界の貴族ではない、かもしれない。
そうなれば、考え得るのはガラシュが魔族だということ。
魔界にはこの世界と同様の爵位があり、公爵、侯爵に次いで、伯爵がいる。
もはや魔研が魔界の者と通じているのは疑いもないわけで、そこに魔族の手を借りていても今さら何ら不思議はないのだ。
もちろん、確認が取れるまではあくまで仮定の話だけれど。
「とりあえず確定したのは名前だけか。他に、判明したことは?」
「レオさんの偽物は、そのガラシュ・バイパーが保護しているそうです。ジラック領主も、タイチ父やミワ母も、それを本物のアレオン殿下だと聞かされていたみたいですね」
「ま、わざわざ偽物とは言わんだろう。そいつを使って兄貴に対抗する大義名分を作ろうとしているんだからな」
ジラック領主は反国王派と偽アレオンの後ろ盾となり、邪魔なライネルを倒して王弟を国王に擁立すれば、富と権力を掌握できると考えている。その思惑をまんまとジアレイスたちに利用されているのだ。
王弟を匿っているというステイタスは男の自尊心を満たすだろうし、次期国王が手中にいるとなれば大胆な悪事を働くことも怖くない。だいたいのことは「アレオンの即位のため」という大義名分で済むからだ。
その悪事が、確実に自身とこの世界を破滅に導こうとしていることに、きっと愚か者は気付いてもいないのだろう。
「しかし、俺の偽物というからには、そいつは人間なんだろうな」
「でしょうね。……まあ半魔なら一見分からないかもしれませんが……。タイチ父からの又聞きですけど、レオさんの偽物は5年前の戦闘で重傷を負って、右手が上手く動かないとか。顔も火傷か何かで、包帯でぐるぐる巻きらしいです」
「あー。いかにも替えがききそうな設定だな。昔より弱いのは怪我のせい、顔が分からないのは火傷のせい。その傷が魔研の半魔改造の痕だということもあり得る」
ジアレイスたちにとっては偽アレオンなど、この世界を滅ぼすまで保てば良い捨て駒だ。そちらを追っても無駄だろう。
やはり、まずはガラシュ・バイパーを追跡するべきか。
「狐、お前これからまたジラックに戻るのか?」
「もう少し地下牢で話を聞いてから戻ります。ご用があるなら陛下に断ってすぐに合流しますけど」
「いらん。とりあえずジラックに戻ってリーデンに会って、ガラシュ・バイパーとジアレイスについて聞いてこい。少し領主と距離を取られているとはいえ、あいつもジラックの重臣。いくらか接点はあるはずだ」
「えー。あの人秘密事項にはいらない忠誠心発揮して口噤むし、頭固くてイライラすんですけど。あんな心和まないおっさんと会うより可愛いユウトくんの護衛したい」
「護衛したいならイムカの護衛してろ。3日以内にリーデンが来る」
「あの近くにずっといるとポジティブで胸焼けしますよ~。そこでさらにリーデンでイライラしたら胃液吐きそう」
「四の五の言わずにやれ。ぶん殴るぞ」
「右の頬からどうぞ」
「……なるほど、自ら殴られに行く体勢か……。変態だな」
2人のやりとりを見ていたアシュレイが真顔で納得している。やめて欲しい。
結局殴らずに、期待に満ちた鬱陶しい顔を押し退けた。
「ユウト、こっちはこっちで情報収集をしよう。今晩ヴァルドを呼び出してくれ」
「ヴァルドさんを?」
「兄貴も知らない貴族となると、ガラシュは魔族の可能性がある。ヴァルドは爵位持ちの魔族と近い地位にいたようだからな。あいつなら知っているかもしれん」
というか、レオはガラシュ・バイパーがまたヴァルドの叔父ではないかと考えている。
ネイたちはガラシュの館を見付けられなかったと言うが、マルセンが探っているジアレイスの移動履歴では、確かにあの男はジラックの貴族居住区に何度も訪れているのだ。つまり、そこには確実に何かがあるということ。
とはいえ、地上で見付からないのだから、ジアレイスの訪れるアジトはおそらく地下にある。
わざわざ太陽を避けた場所に居を構えるその理由は、ただ偽アレオンを隠すため、かもしれないが。
ガラシュがヴァルドの叔父……日光に弱い吸血鬼である可能性は十分考えられるのだ。あの一族が持つ野心はジアレイスたちとも同調している。
何にせよ、ヴァルドに確認すれば分かること。
反国王派の報告は一旦終わりにして、一行はとりあえず王都に戻ることにした。




