兄、ライネルにアシュレイを紹介する
「ああ、久しぶりだな、可愛い弟たち。エルドワも元気だったかい?」
「こんにちは、ライネル兄様」
「アン!」
そうして建物に入ってすぐのラウンジに行くと、途端に満面の笑みのライネルに迎えられた。
長兄がハグをしにくるのを、レオが鬱陶しそうにすげなく避ける。しかしそうなることが最初から分かっているライネルは、そのまま後ろにいたユウトをぎゅむっと抱き締めた。
「ユウトは相変わらず小っちゃ可愛いねえ。色々大変な目にあったみたいだけど、怪我や病気はしていない?」
「大丈夫です。ライネル兄様こそ、多忙な毎日でちゃんとお休みしてますか? あんまり無理しちゃだめですよ」
「お前たちがもっとマメに来てくれれば、お兄ちゃんは癒されるんだけどなあ」
「うぜえ」
「そんなつれない態度も可愛いぞ、アレオン」
「ぶん殴るぞ」
ユウトがいると軽口を叩きがちになるライネルを威嚇して、末弟を取り返す。小さな身体を自身の腕の中に収めながら、レオは後ろに控えている大男を顎で指した。
「んなことより、これが書簡で伝えておいたアシュレイだ」
「ああ、こんにちは、アシュレイ。ふむ、立派な身体をしているね。中々に馬力がありそうだ」
「……どうも、よろしく」
どぎまぎとした様子でアシュレイがお辞儀をする。身体こそ大きいが、彼は仲間内で一番小心者かもしれない。
「弟たちから、君は魔物に動じない、頼りになる馬だと聞いている。確認だが、君はランク的にはどのくらいの魔物とまで対峙できそうかな?」
「……背中を向けない、というのなら、どんなランクの魔物でも。戦って勝てと言われたら、ランクAくらいだと思う。初撃が当たればそれ以上のランクも行けるが、外すと辛い」
「いいね。格上にも怯まない度胸のある者は好きだ。ただの命知らずでは困るが、自分の実力も弁えているのがいい」
第一印象は上々のようだ。
さらに突っ込んだ話をするため、ライネルは皆をソファに招いた。そこにはアシュレイ用の大きなソファも準備されている。
来訪を歓迎されているようで、大男は密かに感激しているようだった。
その様子を観察しながら、ライネルが再び訊ねる。
「その度胸と戦力はアレオンが、その性質はユウトが保証してくれているから問題ない。後は君の考え方の確認だ。……君は仕事として王宮の馬車を引くことになった場合、私でもルウドルトでもない御者に手綱を引かれ、言うことを聞けるかい?」
「いや、それは無理だ。信頼関係のない者の制御は受けたくないし、乗せたくない」
ライネルの問いに、アシュレイは即座にきっぱりと言い切った。
まだ理解のない人間を乗せたくないという妙なプライドが残っているのだろうか。
一瞬レオはそう思ったけれど、話を聞くと彼の意図は以前とは変わっていた。
「わざわざ俺に馬車を引かせるということは、危険なことがあるかもしれないからだろう? 俺は乗せた者を護るつもりだが、俺を信頼してくれない御者では逃げだそうとして脅威に尻を向け、客車を危険に晒すかもしれない。さらには乗客自体が俺の力を信用せずに客車から飛び出して、勝手に逃げようとするかもしれない。今の俺の力では、そんな者たちを護りきることはできない」
「……もちろん、客車には護衛の者も乗る。愚かな行動をする者もいるだろうが、君にそこまで責任を負わせる気はないのだけど」
「責任感が必要ないなら、危険に疎い従順な馬を準備すれば良い。俺はユウトを護るに値する馬になろうと思っていて、同じように馬車に乗せる者も護れなくては意味がないと考えている。俺は責任を持って、俺にしか出来ない仕事をしたいんだ」
アシュレイにしか出来ない仕事。それは、ユウトが彼を鼓舞するために告げた言葉だ。その潰えた自信の土台となる言葉。
驕りからではなく責任感からの、乗せる人間の選別。全てを護りきる力はないという冷静な自己判断、しかし『今の力では』という今後の成長を思わせる科白。アシュレイは明らかに前を向いている。
それを聞いていたライネルは、実に楽しそうな顔をした。
「実直で責任感がある。実にいいね。安易に言葉を受けず、真っ直ぐに意見を述べられるところも。……まあ、信頼する人間しか乗せないと言い放っては、仕事が減ってしまうが」
「そもそもの仕事のメインは、ユウトたちの馬車を引くことだ。他の仕事がないなら農作業をする」
「そうか。そのくらい割り切っているなら問題ない」
アシュレイの言葉に頷いたライネルが、小さな箱を取り出して彼の前に置く。手紙を送る転移メールボックスだ。レオがライネルたちと使っている物より薄く、簡易なものだった。
「今後、私かルウドルト、そしてウチの隠密たちが必要とする時のみ、君を招聘したいと思う。このメールボックスで依頼をするから持っていてくれ」
「あ、ありがとう、ございます」
「君ときちんと信頼関係を築くには時間が必要だろうが、まずはみんなユウトと仲良くしている者ということで大目に見て欲しいね。隠密たちにも君の正体は明かしておくから、もしも会ったら少し話をしてみてくれ」
「はい。ユウトが大事にしている人たちなら絶対、護ります」
「それは心強い」
ライネルはその返事に満足げに微笑んで、それから後ろに立っているルウドルトを見た。
「そうだ。ルウドルト、あれを」
「はい」
声を掛けられた男が部屋の奥に何かを取りに行く。
命じたライネルは再びこちらを向き、ユウトの膝の上に乗っているエルドワを呼んだ。
「エルドワ、私の方においで」
「アン?」
何故呼ばれたのかも分からずに、しかし懐こい子犬はぴょんとライネルの膝の上に飛び移る。それを抱えると、彼はルウドルトが持ってきたものを手にして、エルドワの首に巻いた。
魔石の付いた首輪だ。
「何だ、それは?」
「動物用の収納首輪だ。ここに魔石が填まっているだろう? 全部で7つ。この数だけアイテムを収納できる」
「へえ、動物用収納? そんなのあるんですね」
「貴族たちのペット用に開発されたものだ。餌、おやつ、水なんかを収納しておけるんだが、それ以外にも面白い使い方ができる」
そう言うと、ライネルは首輪に付いている魔石のひとつを撫でた。
すると、一瞬でエルドワに服が着せられる。
次に隣の魔石を撫でると、別の服に一瞬で入れ替わった。
「服を収納しておけば、一瞬で着替えられる。もう一度同じ魔石を撫でると再び収納される。人化や獣化をする時に役に立つと思うぞ」
「それはいいな。カードもぶら下げずに収納しておける。7つあれば俺たちと同行している分には十分だ」
「もちろん、アシュレイの分も作らせてある。こういう支配的なものを着けるのはあまり好まないかもしれないが、その辺りは勘弁して欲しいね」
「……問題ない。支配的な首輪とは着ける意味が違うのは分かっている」
「そうか、良かった。どんな生物にも合うように大きさは自在に変化する素材になっているから、馬になっても首が絞まるようなことはないはずだよ」
ちょうど彼らの収納アイテムが欲しかったからありがたい。服を収納するだけでなく、一瞬で着られるのも地味に便利だ。もしかするとタイチが作った魔法のステッキも、これを応用したものだろうか。
ルウドルトから首輪を受け取ると、アシュレイもそれを装着した。
そして魔石のひとつにカード、もうひとつにメールボックスを収納する。この場合、魔石に触れるのと反対の手に持っているものが収納されるようになっているらしい。
後は彼用の服ができたら収納させよう。
「さて、私の用事はこれで済んだな。お前たちはこれからどうするんだい? このまま王都に入るならそれでも構わんが」
「……そうなると少なからず王宮の敷地内を歩く羽目になるだろう。一旦馬車で外に出て、城門から入り直す」
「馬車は馬屋に預けるのかい?」
「いや、そうなるとアシュレイが窮屈だろうから、街の外で待機させる。いい術式の付いた馬車を買ったからな」
「ほう、術式の付いた馬車? 面白いな、どんなものを買ったんだ?」
「コソ泥対策の付いた馬車だ」
興味を示したライネルに、レオはザインで手に入れた馬車の詳細を話した。
当然その有用性は長兄にも十分伝わる。ライネルは話を聞き終わる頃にはすでに何かを考えている様子だった。
「……それはすごい馬車を手に入れたな。それをアシュレイのような忠実な引き手が操るなら、動く秘密拠点みたいなものだ。隠密たちの移動には馬車ごと借りることは可能か?」
「俺たちが使っていない時なら構わん」
メインは自分たちの移動用だ。余程重要時でない限りはこちらが優先。それはアシュレイも望んでいることだ。
まあ、隠密行動時のこの馬車の有効性も分かるのだが。
「隠密といえば、狐たちは今何をしている?」
「オネエたちはジラックで、お前が指示した貴族居住区と墓地の調査に行っているよ。カズサ……ネイは多分今は王宮の地下牢にいる」
「……地下牢? 何だ、あいつとうとうしょっ引かれるようなことをしたか」
「え、ネイさんが地下牢って、一体何が!?」
慌てた様子のユウトに、ライネルは苦笑した。
「心配しなくていい。別に地下牢に入れているわけじゃないよ。まあ、彼では入れたところですぐに脱走されるだろうけど。……お前たち、今日はエルダーレアの自宅に戻るんだろう? ネイに後でそちらに行って説明するように伝えておくよ」
「ああ」
「良かった。じゃあ、アシュレイのことも紹介出来るね」
他の部下たちがジラックにいるのに、ネイひとりだけがここにいるのは何か意味があるのだろう。
少し詳しい報告をもらわねばなるまい。
「しばらく王都に滞在するのなら、また私の部屋に訪ねてきてくれ。別に用事が無くても大歓迎だよ」
「はい、また来ますね、ライネル兄様」
「……用事がねえなら会う必要ねえだろ」
「ほんと、ユウトは素直で可愛いねえ。……ではルウドルト、ツンデレアレオンたちを一度城門の外に送り出してあげてくれ」
「かしこまりました」
「誰がツンデレだ、クソ兄貴が」
盛大な舌打ちと共にライネルと別れると、レオたちは再びルウドルトの後について、表城門側に行くべく厩舎に出た。




