弟、アシュレイに身分をバラす
ミワ祖父の店で、最後にエルドワとアシュレイが人化した時用の服のデザインをしてもらった。
これは王都に持っていって、タイチ母かミワ父に現物を作ってもらうつもりだ。もえすでもいいが、あそこは萌えるデザインでないと快く受けてもらえない可能性があるから困る。
まあ、どうせこれから王都に行く予定なのだ。先にパームとロジーを訪ねて確認すればいいだろう。
そうしてラダの村での必要な用事を終える頃には、陽がもう落ちかけてしまっていた。
王都までは1日。
夜通し走るよりは村で一泊してしまった方がいい。幸い、馬車があれば今日の寝床には困らない。
世話好きのガイナに招かれて夜の食事だけ頂いて、レオたちは夜が更けた頃に馬車の荷台に戻った。
「明日は王都に行くんでしょ?」
「ああ。エルドワとアシュレイの服を依頼して、それから獣化している時に首に巻いておける収納も作ろうと思う。街中でまでカードを首にぶら下げておくわけにもいかんしな。あとは、アシュレイを兄貴に引き合わせる」
「そっか、ライネル兄様に。でも、王宮まで馬車で行くわけじゃないよね。レオ兄さんは王宮に正面から入りたくないだろうし」
「今回は王都の裏手、騎士団の警邏隊が出入りする門を使う。転送書簡でルウドルトに話はつけてあるから問題ない」
ルウドルトのお墨付きがあれば、馬車の荷台を勝手に他者に改められることもない。御者席にユウトを置いて、レオは幌の中に居ればいい話だ。
「王宮……? ユウトたちの兄が偉い立場らしいのは感じていたが、一体……?」
隣で聞いていたアシュレイが、王宮やら騎士団やらの話を始めたレオたちに怪訝そうに訊ねてきた。
そういえば、彼にはその話をしていなかったか。
「あ、ずっと農園にいたからアシュレイは兄様の名前聞いても分かんないよね。えっと、ライネル兄様は今の国王だよ」
「こっ、国王……!? と言うことは、ユウトとレオさんは殿下……!?」
「僕は血が繋がってないから違うけど。レオ兄さんは殿下だね」
「殿下はやめろ。未だに慣れでそう呼ぶ奴もいるが、その立場は捨てている。……アシュレイ、これは他言するなよ。エルダールでは、俺は死んだことになっているからな」
「わ、分かった」
「ついでにルウドルトは騎士団長だ。兄貴の最側近でもある。アシュレイに仕事が行く時は、おそらくこいつかネイ経由になるから覚えておけ」
ライネルやルウドルトと関わらせるからには、この関係を知られるのは仕方がない。まあアシュレイがラダ以外で、人化して誰かに漏らすという心配はほとんどないだろうけれど。
「ネイというのは……?」
「えっと、僕たちの仲間。王都に行ったら会えるかな?」
「おそらく顔くらいは合わせるだろう。気にするのはその時でいい」
ネイ個人では、転移魔石を何個も持っているからあまりアシュレイを使うことはないだろう。しかしそれでも、レオたちと同行したり、誰かの護衛に入ったり、この馬車を隠密用として使用する可能性もあると考えれば、コミュニケーションを取ってもらった方がいい。
そうなるとそれなりに顔見知りになる必要はあるが、これから会う機会はいくらでもあるのだ。今わざわざあの男について説明することもなかろう。
「明日は午前中に出発する。王都に着いたらそのまま騎士団の裏門から入って兄貴と会う。そのつもりでいろ」
「……俺は馬のままでいいのか?」
「いや、人化した方がいい。兄貴はお前が半魔だと分かっているし、自分で話してアシュレイの資質を判断したいだろう。……まあ、それほど気負わなくても、ユウトが仲間と認めた奴なら平気だ」
「ライネル兄様は優しいから大丈夫だよ」
あの長兄が優しいのはユウトだからなのだが。
……まあ、余計なことは言わないでおこう。
今からすでにどこか緊張しているアシュレイを宥めつつ、レオたちは明かりを消すと、明日のために寝てしまうことにした。
翌日、一行は魔物に襲われることもなく王都に来た。
やはり馬車の魔物避けは優秀だ。
レオたちは城門前を通り過ぎ、そのまま城壁沿いに裏手に回る。
すると騎士団兵舎の建物が見えてきて、そこに隣接する壁に裏門を見付けた。
「あそこだね。このまま近付いていいのかな」
「大丈夫だ。向こうはもうこちらを見付けている。おそらくルウドルトに連絡が行っているだろう。……俺は荷台に移るから、後は頼む」
「ん、分かった」
御者席にユウトとエルドワを残して、レオは幌の中に入る。
騎士団にはすでに、大きな馬に引かれた馬車が来ることは通達されているはずだ。邪険に扱われることはないだろう。
ゆっくりと馬車の速度が落ち、裏門が近付いたのが分かる。
やがて車輪が止まると、騎士団の人間が閉じられた門の上から声を掛けてきた。
「こちらの門にいらっしゃるとは、どのような用向きで?」
さすが、『ルウドルトと約束をしている者か?』などと不用意なことは口にしない。そんなことを訊けば万が一関係のない輩でもイエスと答えれば通されてしまう。
ユウトもそれは分かっているから、自分から用向きを伝えた。
「ルウドルトさんと会う約束をしています。こちらの門から入ってくるように指示をされたのですが」
「その約束を証明できるものはありますか?」
「いいえ。ただルウドルトさんを呼んで頂ければ証明できるかと」
「……分かりました。では外門を開けますので、中へどうぞ」
騎士団の男に指示をされて、馬車は開いた扉から中に入る。
そこにはまた閉じられた門があって、中に入りきると背後で外門も閉じられた。完全に身動きが取れない状態だ。
このままルウドルトを待つのだろう。
万が一敵だった場合は、ここで一網打尽にされるわけだ。
しばらくそのまま待っていると、ようやく知った気配が近付いてくるのが分かった。
ゆっくりと内門が開く。
「ユウト様、お待ちしておりました」
「こんにちは、ルウドルトさん。お久しぶりです」
門の向こうにはルウドルトがいた。
彼はユウトに挨拶をすると、すぐに荷台の後ろに回って幌の中を確認する。もちろん、他の人間に中を改めさせないためだ。そこにレオがいるのは当然分かっている。
レオと視線を合わせたルウドルトは小さく会釈だけをして、幌を閉じた。
「荷は問題ない。あとはこのまま私がお連れする。内門だけ閉めておいてくれ」
「かしこまりました、団長」
騎士団員に言いつけて、ルウドルトが御者席に乗り込む。
そしてユウトからアシュレイに指示を出すように促した。
「ユウト様、そこの兵舎の向こうを左折するよう、馬に指示して下さい。その奥に王宮専属馬車の厩舎があります。そこの一番左端に駐めていただけますか」
「はい。アシュレイ、そこの兵舎の先を左折だって」
やはり手綱は引かずに、ユウトは馬に語りかける。
それに素直に頷いて、アシュレイはゆっくりと進み出した。
そのままルウドルトの言葉通りに進んで、指定された場所に馬車を駐める。ちょうど騎士団兵舎から死角になるようで、そこでようやくルウドルトがレオに声を掛けた。
「お待たせしました、殿下。もう出てきて頂いて大丈夫です」
「兄貴は?」
「入ってすぐのラウンジでお待ちです。人払いもしてありますので、半魔の方もどうぞ」
そう言い置いて、ルウドルトは先にライネルの元へ行く。レオは荷台から降りると、ユウトとエルドワを御者席から抱えて降ろし、アシュレイに人化を促した。
「おい、行くぞ。とっとと人化しろ」
「こ、こんな立派な建物に、俺が入っていいのか……?」
「もちろん、呼ばれてるんだから堂々と入っていいんだよ。アシュレイはその価値があるの。大丈夫」
小さなユウトが大きなアシュレイの腕をさすっただけで、少し勇気が出たようだ。
後込みしていた彼だが、ようやくユウトの後について歩き出した。




