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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、術式を確認する

 焚き火を始末して馬車のランプを点けると、ユウトたちをその中に入れてからレオはひとりで外に出た。

 術式を発動するために、手すりを外側に倒すのだ。

 おそらくこの魔石同士を結んだ外周が、光の屈折で見えなくなる範囲。そこそこ広い。


「レオ兄さん、そんな外側にいると、術式が発動した瞬間に馬車が見えなくなっちゃうんじゃない?」

「いいんだ。一度外側からちゃんと消えて見えるか確認したい」


 馬車が視認できなくなるかなんて、外側から見ないと分からない。一応それを確認しないことには、安心してユウトを休ませられるわけがない。

 問題があるなら、今のうちに発見しておかなくては。


「最後の手すりを倒すぞ。中でも何か変化があるか見ていてくれ」

「うん」


 ユウトに告げて、4つ目の手すりを倒す。

 すると、同じ平面上で水平に揃った魔石に光が宿った。そこから光の筋が立ち上がり、馬車の上部で緩やかに屈折して、てっぺんで集約する。

 そしてその光と光の間の面が一瞬きらりと鏡のように輝いたかと思うと、そのまま消えた。


 いや、消えたというのは語弊があるか。馬車は何の変哲もない大きな岩の塊にすり替わったのだ。あの鏡のような面で他のものを映し出している。

 もちろん馬車のランプの明かりが漏れることもない。違和感は何もなかった。


「……これは一見では分からんな。完全な岩だ」


 その岩肌に触れてみる。そうして驚いた。

 ただの投影のはずの手触りは、本来馬車であると知っているはずのレオが触れても、岩の感触なのだ。……いや、そもそも、ここは馬車との間の空間だったはず。


 もしかすると光の屈折により映し出されたものを実体として再現するのだろうか。

 人の気配なども遮断されているようだし、余程鼻の良い魔物でないと気付くまい。そして鼻の良い魔物ほど魔物避けの香木を嫌う。これなら襲われる心配はほとんどない。


 もちろん、表面を術式で覆っただけのまやかしだから、本意気の攻撃などを食らえば馬車に損害は出るだろう。しかし、そもそもその辺の大岩にそんな攻撃をしようと考えるやつはいない。

 万が一に備えて幌を蜘蛛の糸で織ったものに変えれば、この馬車はだいぶ信頼の置ける休息地になりそうだ。

 これなら大金をはたいた甲斐があったといえよう。


 ……と、まあ、一通り確認できたのはいいとして。


 レオはぺたぺたと岩肌をあちこち触った。

 さて、この術式の内側に入るにはどうすればいいのか。

 もしかして一度発動すると、解除するまで内と外で分断されてしまうのだろうか。


「ユウト」


 弟に呼び掛けてみるが、返事はない。

 こちらの声が聞こえているのかすら分からない。

 一旦通信機で連絡して、手すりを上げて術式を解除してもらうしかないか。


 そう思って胸ポケットを探ろうとした時、不意に岩の中からユウトの手が伸びてきて、こちらの腕を掴んで引っ張った。

 それに引かれると、レオの身体はすんなりと岩の表面を突き抜けて、内側に入ることが出来た。


 どうやら術式の影響下にある者が触れると、触れられた者も術式の干渉を受けるようだ。

 この馬車には、だいぶ複雑な術式が組み込まれているらしい。


「レオ兄さん、呼んでも聞こえてないみたいだったから、引っ張っちゃった。外側からだと分からなかった?」

「ああ、完全にこの馬車は大岩にしか見えてなかった。引っ張ってくれてありがとうな。……しかし、中からだと術式範囲に薄い膜が張って見えるだけで、普通に外が見えるんだな」

「うん、声も聞こえるし」

「……すごいな、敵地で隠密の拠点にも出来そうだ。これを軍でなくただのキャラバンが使っていたなんて、贅沢な話だな。……まあ、これが当時の王家あたりに軍事目的で使われたら、たまったものじゃなかったか」


 この馬車が出来た当時の王は、先代か先々代か。どちらにしろ、愚物だった彼らがこれを正しく使えたとは思えない。

 では自分たちなら正しく使えるのかと言われると、世界のため国のために使おうなんて思ってもいないから、人のことは言えないのだけれど。

 だって、世界も国も関係ない、兄が護りたいのはただひとつ。


 レオとしては、この馬車はただ旅の最中にユウトと安心して眠れる場所として使えれば十分なのだ。


「確認した感じ、やはり見張りは必要なさそうだ。みんなで荷台で休もう」

「そっか、良かった。じゃあ幌の中に入ろ」

「ああ」


 弟が兄を引き込みに馬車の外に出てきたせいで、アシュレイとエルドワも出てきていた。

 それをユウトに促されて、再びみんなで荷台に上がる。最後にレオが入り、幌の口をしっかりと留めた。


 荷台はまだほとんど物がなくがらんとしている。けれど、ふかふかの殺戮熊の絨毯が敷いてあるから、それだけで十分なくつろぎスペースだ。そこにレオとアシュレイはあぐらをかいて座り、エルドワは転がった。

 そしてユウトは、折りたたみの簡易テーブルを置き、外のかまどで涌かしておいたポットのお湯でみんなにハーブティを淹れた。


「アシュレイ用の食器やマグカップ欲しいね。今度魔工のお爺さんかタイチさんのお母さんに頼んでみようかな」

「タイチは除外か。まあ、あいつは萌えがないと仕事しないしな。設備等を考えたら、タイチ母に頼むのが良いだろう」

「……そんな、俺のものは別に要らない」

「でも、ラダで生活するならそういうものも揃えないと」

「ユウト、ラダの村でのアシュレイの生活には口を出すな。揃えるのは旅の最中に使う物だけでいい」


 元々プライドの高かったアシュレイだ。多少の贈り物に感謝は出来るだろうけれど、あまりに過ぎると施しを受ける自分を卑下し、自己嫌悪するかもしれない。歳下で、護りたい相手であるユウトから受けるとなると尚更だ。


 それよりも、彼の自活を応援し、自信を取り戻させるのが先決。

 手を貸すのは請われた時だけでいい。


「旅の最中に使う物だけかあ。まあ、アシュレイにも好みの生活様式とかあるもんね」


 ユウトが少しずれた解釈で納得しているが、とりあえず問題ないのでスルーする。


「アシュレイ、馬車引いてくれたり戦ってくれたり、いっぱい頑張ってくれてるからお礼に色々したいんだけどな」

「いや、それほど役に立ってない……俺はエルドワやレオさんよりも弱い。お礼なんて……」

「え、アシュレイはアシュレイとしてすごく役に立ってくれてるよ? どうしてエルドワやレオ兄さんと比べるの?」


 きょとんと訊ねられて、アシュレイはまた困惑したようだった。

 他との比較でしか自分を評価出来ない彼には、自身の価値が分からないのだ。

 そんなアシュレイに、ユウトは問うのをやめた。


「僕はアシュレイがいてくれて助かってるよ。アシュレイの引く馬車は快適だし、すごく楽。馬の姿はきれいだし、人化してる今の筋肉もカッコイイ。大きくて頼もしいし、アシュレイが仲間になってくれて良かった。ありがとう」


 代わりに、比較のない賛辞と感謝を送る。

 アシュレイがそのままここにいることを全肯定したのだ。

 おそらくこれだけで彼に自信がつくわけではないけれど、ユウトに受け入れられているという安心感は、アシュレイの心をだいぶ救うことだろう。


「あ、ありがとう……!」


 思わぬ言葉に戸惑いつつ、彼の声音に歓喜が宿る。

 持っている能力でなく、アシュレイという存在を認められた。半魔として存在を疎まれ、その大きさゆえ人化も出来ず、否定され続けていた彼が、その鬱屈から静かに解放される。


「これからも頼りにしてるから、よろしくね」

「もちろん」


 そして、護りたい相手から頼りにされる。これは彼の自尊心を成長させるだろう。

 護られることで相手を強くする、ユウトの持つ強力な力だ。

 きっとアシュレイはもっと強くなる。


 ……しかしこれだけは譲れない。


「……言っておくが、ユウトに一番頼りにされているのは俺だからな」

「何もう、レオ兄さん大人げない」


 レオはアシュレイを牽制し、ユウトに叱られた。


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