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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、ヴァルドと和む

 翌朝、ザインの城門の外でアシュレイと落ち合ったレオたちは、馬化した彼を伴って再び街に入り、ヴァルドの魔法植物ファームに向かった。


 大きな馬は商業地区では酷く目立つが、一方農業地区ではその存在を昔から知られているようで、騒がれることもない。

 ただ彼の以前の性格を知る者から見ると、人間に従っていることに驚きを禁じ得ないようで、何人かに2度見された。


 まあ、本人たちはそんな他人の反応を気にもしていないのだが。


「アシュレイは、ヴァルドさんとは面識あるの?」

「ヒヒン」


 道中で訊ねたユウトに、アシュレイが頷く。

 やはり同じ街の半魔同士というのは接点があるようだ。


「そっか、じゃあ紹介はいらないね。この後はすぐにラダに向かって出立しなくちゃいけないし、ヴァルドさんには挨拶だけして出よう」

「……あいつには魔界のことで色々聞きたいことがあるんだがな……。そのうちちゃんと時間を作って来るか」


 どうも、ヴァルドの叔父やその周辺の権力争いに、ジアレイスたちの陰が見え隠れしている。

 もちろん彼自身がそれに関わっているわけはないのだが、吸血鬼一族の事情や内部の力関係は知っておきたいところだ。今度じっくり話を聞きに来よう。


 のどかな農道を歩いて行くと、やがて大きな馬車が見えてきた。ヴァルドのファームに納品された、レオたちの幌馬車だ。

 その四隅には魔物避けの香木が金具でぶら下げられている。半魔まで避けることにならないだろうかと少し心配したが、ユウトもエルドワもアシュレイも、特に問題はなさそうだった。


「お店で見るとそんなに感じなかったけど、こうして見ると大きいね」

「店だと周りにも大きな馬車が置いてあるから、感覚が少し狂うんだ。だがアシュレイの馬体とのバランスで考えれば、ちょうどいいくらいだろう」

「ハーネスも大きい。これならアシュレイ苦しくないね」

「大量の荷を積むわけでもないし、とりあえずの牽引具は既製品で十分だ。そのうちパーム工房で必要に応じたオーダーをしていく」

「うん」


 そうして馬車を確認していると、話し声に気付いたのか農場の扉からヴァルドが出てきた。


「あ、ユウトくん、レオさん、おはようございます」

「ヴァルドさん! おはようございます。勝手に馬車の預け先にしちゃってごめんなさい」

「いえ、場所はありますし、全然大丈夫ですよ」


 こうしてザインで会うヴァルドは、相変わらず気弱そうな笑顔を浮かべている。血色は以前よりだいぶ良いが。


「先日、近くの農園からユウトくんたちがアシュレイを連れて行ったことを聞いていましたので、馬車が来ても別に驚きませんでしたし。……それにしても、よくぞ彼を連れ出してくれました」


 そう言うと、ヴァルドはアシュレイに近付いてその鼻頭を撫でた。

 それから2人で何かを話し、頷く。そしてしばらくすると、再びこちらを見て柔らかく微笑んだ。


「……これからラダに向かわれるのですか?」

「はい。一応アシュレイの落ち着ける本拠を作っておこうと思って。あそこなら人化して街の中を歩いても問題ないし、ガイナさんが目を配ってくれるでしょうから」

「そうですね。彼も少し心を入れ替えた様子ですし、良いと思います。……良かった、アシュレイはだいぶ魔物寄りになっていたので心配していたんです」


 魔物寄り、か。その傾向になる明確な定義が未だに分からないが、それを問うのはまた後日でいいだろう。

 とりあえずは馬車を受け取って、ラダに向かうのが先だ。


 ラダではアシュレイの家探しもあるが、イムカとリーデンの現状も確認したいのだ。早めに出立するに越したことはない。

 今回は整備されている街道を王都経由で行くのではなく、ザインから直接北上してラダの村を目指す。そこそこの悪路な上に、途中に宿駅もない。それを考えれば、あまりのんびりしている暇はなかった。


「そろそろ行くぞ。アシュレイ、ハーネスと金具を付けるからこっちに来い」


 レオが呼ぶと、馬は素直に従った。

 それを見たヴァルドが小さく笑う。


「人間を馬鹿にしていたアシュレイが、何とも従順になったものです。さすがにレオさんには敵わないと分かっているんですね」

「アシュレイは元々素直だと思いますよ。ただ、自分を分かってくれる人が周りに少なかったから、認めて欲しかっただけなんだと思います。レオ兄さんはそのままのアシュレイを分かってくれているから、安心してるんじゃないかな」

「……それを分かってくれているユウトくんのことも、アシュレイは大好きだと思いますよ」

「そうですか? ふふ、だといいな」


 ユウトとヴァルドはほのぼのと微笑み合う。


「もちろん、私もマスターのことは大好きですよ」

「僕もヴァルドさんのこと大好きだし、頼りにしてます」

「ありがとうございます。その言葉だけで何でも頑張れますね」


 召喚した時の艶然としたものとは違う、ふんわりとした笑顔。

 2人の周りの空気は終始和やかだ。

 そうして弟たちが平和に語り合っている間に、兄は馬車の準備を済ませた。


「ユウト、準備が出来た。馬車に乗れ」

「あ、うん。じゃあヴァルドさん、また来ますね」

「皆さん、道中お気を付けて。ユウトくん、何かあったらいつでも呼んで下さいね」

「はい、ありがとうございます」


 レオに抱え上げられて馬車の御者席に乗せられると、ユウトはヴァルドに挨拶をして前を向く。


「アシュレイ、お願い」


 鞭を打つ必要はない。弟が声を掛ければ、馬はゆったりと歩き出す。

 ヴァルドに見送られながら、一行は馬車に乗ったまま城門に向かった。




 ザインを出るとレオたちは街道から外れ、整備されていない道を北上し始めた。

 街道を王都経由で行けば安全なのはもちろん分かっている。しかし、その行程では馬車でも丸3日掛かるのだ。それよりもラダに通じるこの道を真っ直ぐ行けば、1日半程度で着くから断然早い。

 少々危険な場所で野営をする必要はあるが、この馬車なら大丈夫だろう。


「……道がガタガタだね」

「最近はあまり使われない道だからな。ラダの魔法鉱石がたくさん流通していた頃はきれいにされていたんだろうが」

「それでもあんまり震動が来ないのは、やっぱり馬車の造りが良いからだよね。お爺さんたちさすがだなあ」

「まあ、下手な馬車だったらユウトの尾てい骨あたりは砕けてるところだな。ここはテムの村道よりもだいぶ酷い」

「……テムからザインに行く時の馬車でも、結構辛かったもんね……」


 ユウトはテムの馬車の乗り心地を思い出して苦笑した。


「でも今回は、引いてる馬もアシュレイだから尚更快適なんだよね。ほら、上手に古い轍跡とか石とか避けてくれてる」

「そういや、客車を引く訓練も受けていたんだったな。確かにスピードも安定しているし、道の位置取りも上手い」


 問題があるとすれば、馬の体高がありすぎて前がよく見えないことだろうか。まあ、立ち上がれば見えるしアシュレイが勝手に走ってくれるから特に問題はないのだけれど。

 2頭立て用のながえも1頭立てに作り替えたいし、やはりそのうちパーム工房とロジー鍛冶工房でリフォームせねばなるまい。


「ところでレオ兄さん、この道って盗賊とか出るの?」

「いや、こんな誰も通らない道で待ち伏せている酔狂な盗賊はいない。どちらかというと、厄介なのは魔物の方だな。このあたりは管理されていなくて、討伐依頼も出されない地域だし」

「魔物が出るの? 野営の時見張りする? 今度こそ僕も見張り当番に入れてね」

「……何でそんなに見張りしたがるんだ」


 正直、レオ的にはユウトにはすやすや眠ってもらっているのが一番良い。安心だし、時々寝顔を覗きに行って癒されるからだ。

 当然今回も弟にはすやすや眠ってもらう。


「残念ながら、今日の野営は見張りを立てん。試しにこの馬車の真価を見たいからな。術式を発動して魔物避けの香木をぶら下げて、本当に魔物に襲われないか確認する」

「見張りを立てないって……万が一襲われたらどうするの? 魔物避けが効かない強い魔物だっているかも」

「別に、強い魔物だから魔物避けが効かないってことはない。人間だって、どんなに強い奴でもう○こや残飯の臭いは嫌で避けるだろう?」


 そう問うと、ユウトは一瞬すごく複雑な表情を浮かべてから、馬車にぶら下がっている香木を見た。


「僕には柑橘系の良い香りに感じるんだけど……。僕たちって今、魔物から見るとう○こや残飯の臭いがしてるの?」

「例えの話だ。魔物にとって、この匂いが生理的に避けたいものだということだ」

「例え方が酷い……」


 ユウトは微妙な顔をしている。

 でもまあ、おかげで見張りの件は頭から吹っ飛んだようだ。問題ない。


「しかし、効果を見るために香木をぶら下げたままにしているが、だいぶ効くようだな。魔物が全然出てこない。これなら夜も大丈夫そうだ」

「……これ、どのくらい保つの?」

「常時ぶら下げておくなら1ヶ月、付け外しをするなら3ヶ月を目安に買い換えだな。天然香木の魔物避けは香りも良いし影響範囲が広いしで、結構良い金額するんだ。あそこの店は奮発してくれたな」

「へえ、これ良いものなんだ」

「もちろん人工的に作った合成魔物避けもあるが、そっちはピンキリだ。酷いものは人間でも気分が悪くなる臭いがする。効き目も1週間保たなかったり、効果範囲が極端に狭かったりな」

「……やっぱり、ちゃんとしたものを選んで買わないと駄目なんだね」


 ユウトは自分に言い聞かせるように小さく頷きながら呟いた。


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