兄、自家用馬車を買う
ザインに着くと、アシュレイは街に入る前に離脱した。
どこかに行くところがあるらしい。
明日は彼をラダの村に連れて行くつもりだから、早朝に城門の外で落ち合う約束だけをしておいた。
「夜になったらロバートのところに行くとして、その前に自分たち用の馬車が欲しいな。馬はいるんだし」
「だったら、この間ロバートさんに紹介してもらった仲買人さんのところに行く?」
「そうだな」
レオたちの専用馬車を引くことは、アシュレイも望むところだった。各街ではどうせ人化もできないのだし、馬車ごと城門にある馬屋に預けてしまうか、それが窮屈なら門外で自由にしていてもらえばいい。
アシュレイにとっても、農園の柵で囲まれていた頃よりはずっとマシなはずだ。
レオはエルドワを抱き上げたユウトと一緒に、仲買人の店へ向かった。
「どんな馬車にするの?」
「野営のテント代わりになるような幌馬車だな。一応中に小さな収納ケースなんかも置いて、アシュレイとエルドワが人化した時の服も入れておこう」
「じゃあ、キャラバンが引くような大きい馬車?」
「そのくらいになる。アシュレイに小さい荷台を引かせるのもアンバランスだしな。2頭立て以上の馬車でないと横幅も窮屈になる。あとはハーネスも太めでしっかりしたものを買わないといかんな」
アシュレイの大きさは規格外だ。最悪ハーネスは特注になるかもしれないが、それは今後のことを考えれば必要経費。問題ない。
商業区の外れへと出ると、レオたちは大きな敷地の店舗に入っていった。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ……おや、先日ロバートさんと来られたお客さん。どうしました? 何か馬車に不具合でも?」
「いえ、今日は僕たち用の馬車を買いたいと思って」
「そうですか! それはありがとうございます!」
店主は愛想の良い笑顔を浮かべ、いそいそとオーダー帳を準備する。即決一括払いの上客の再来店だ、当然か。
まあ、向こうはこちらをロバートの知り合いだと分かっているのだから、変なものは掴ませることはないだろう。何かあれば職人ギルドからの信頼を下げることになる。
それに賢い商人なら、こういう上客は十分なサービスをして囲っておく方が後々に有益だと知っているはずだ。
「では、本日はどのような馬車をお探しで?」
「2頭立て以上の大きめの幌馬車を。旅の移動に使う感じだ。荷台で4~6人くらい寝れる広さがあればいい。頑丈さと乗り心地、防犯を最優先で」
「ご予算は?」
「値段に見合うものなら糸目は付けない」
「かしこまりました」
店にある商品は把握しているのだろう。男はレオの希望を聞いて、すでにいくつかあたりを付けているようだった。
「では、今回は2台ほどご案内させて頂きます。こちらに」
店主は店舗を出ると、商品の馬車がある一角へとレオたちを案内した。
そして、思いの外普通の外見の馬車を2台、指し示す。
「こちらは両方とも魔法金属のサスペンションが付いて、震動の軽減がされています。荷台やフレーム、リムには軽金属の補強がされていまして、盗賊の攻撃や事故による横転でもそうそう壊れない頑丈さがあります。あるのは防犯の違いですね」
「……こっちは、幌のキャンバス地が普通と違うようだな」
「よくお分かりで。実は片方は地獄毒蜘蛛の糸で編まれていて、どんな攻撃を受けても破れないのです。炎に弱いのが難点でしたが、整備の際に修理工に表面を防火加工してもらっています。対盗賊に強い馬車ですね」
「ほう」
蜘蛛の糸は伸縮性に優れ、編み上げれば強度もかなりのもの。防火加工もしてあるのはかなりいい。
「もう片方は?」
「基本の作りは普通の馬車と同じなのですが、停車している時にこの四方にある手すりを外側に倒すと、術式が発動します」
手すりのそれぞれの先には魔石が付いている。それを設定通りに動かすことで、術式が起動するのだろう。
「これはどんな術式で防犯をするんだ?」
「周囲の光を術で屈折させて、馬車を視認できないようにするんです。近くにある岩や木を代わりに投影させるので、何もないと思った誰かがぶつかるということもありません。魔物なんかは匂いで寄ってきてしまいますが、魔物避けの香木をぶら下げておけば大丈夫です。こちらは対コソ泥向けの馬車ですね」
「なるほど」
盗賊なんかはサクッと退治してしまえばいい。街の外に馬車を置いた場合に、コソ泥が来る方が問題だ。なら選択するのはこちら。
「術式付きの方にする」
「即決ありがとうございます! 魔物避けの香木はこちらでサービスさせて頂きますね! それから、馬車の整備用ツールを入れたり出来るチェストを付けておきます!」
「ついでに、ここで馬車馬用の特大ハーネスは売っているか? それから、荷台用の敷物も。あるなら一緒に揃えていく」
「もちろんございます! ではセットにして少しお安くさせて頂きますね! 何かございましたらメンテナンスも承りますので」
さすが、ロバートの推薦した店。
必ず必要なものをサービスで付け、セット買いに進んで値引きをし、メンテナンスのアナウンスも入れる。賢い商売だ。
ここまで至れり尽くせりなら、わざわざ他の店に行く気にはならない。質の良い接客はリピーターを生む。
商品そのものの質はもちろん、客は満足感と安心感に金を払うのだ。だから信頼の置けない店はやがて客が離れ、廃れていく。かつてのパーム工房やロジー鍛冶工房のように。
「ロバートさんが教えてくれるお店は、やっぱり間違いないね」
「そうだな」
まあ、あの2つの工房も、これから再びじっくりと名声を取り戻していくだろう。その実力を知るロバートもそれを支えるはず。
彼らがどうなるかは、それこそ彼ら次第。
レオには関係ないことだ。
「一番大きなハーネスはこちらです。それから、敷物の方は麻糸で作られたものから殺戮熊の毛皮で出来たものまでございますが」
「手入れが簡単だから殺戮熊の絨毯で」
「かしこまりました。絨毯掃除用のブラシもお付けしておきますね」
「わあ、ありがとうございます」
「お手入れは週に1回、ブラシで撫でるだけで大丈夫です。何かを零してしまった時は少し念入りにしてください」
さすが、加工せずに使っていた時とは違う。
毛並みがきれいに整っているのはもちろん、表面が適度に防汚加工されていてつやつやだ。汚れてもブラシで掻き出せば新品同様になるのだろう。
そうして全てを揃えて、最後に会計をする。
なかなかすごい金額になったが、どうせ夜にはロバートに納品した素材の代金が入る予定だ。問題はない。
「ところで、この馬車はどちらにお届けしますか?」
「あっ、そっか。前回みたいに職人ギルドには置かせてもらえないもんね。んー、リリア亭にも持っていけないよね……」
「農業地区の魔法植物ファームに届けてくれ」
「えっ!? ヴァルドさんのとこ!?」
「ユウトが預かって欲しいと言ってたと伝えてくれれば良い」
「かしこまりました」
「ええ!? い、いいのかな、勝手に……」
「ファームには広い土地がある。大丈夫だろう」
というか、ユウトの頼みだと言えばあの男が断るわけがない。
レオは平気で届け先の依頼書にヴァルドの名前を書いた。
「では今日中にお届けしておきます」
「頼む」
「よろしくお願いします」
これで馬車は調達出来た。
レオたちは店を出ると、商業地区で明日からの旅の物資を買い込み、夕飯を食べるために一度リリア亭に戻った。




