兄、弟が可愛すぎて戦闘放棄
「わあ!」
Gは特にユウトに飛び掛かったわけでもないが、自動車並の大きさのチョコが頭上に飛んできたのだから、驚いても仕方がない。
弟は思わず尻餅をつき、その拍子に眼鏡が外れてぽろりと落ちた。
「ユウト!」
あ。あれは確実に見た。
弟がこの世の終わりのような顔をしている。
Gは背中側から見ても気持ちの良いものではないが、腹側から見るとさらに気持ち悪い。
G嫌いが覚悟もなく見ると、たまったものではないだろう。
当然ユウトは即座に拒絶反応を示した。
「ひぎゃあああああん! 来ないでえ!」
ほぼ半狂乱。
日常では聞いたこともないような悲鳴を発して、ユウトはGに向かって手を翳した。ものすごい魔力がたちまちその手のひらに集中し、圧縮される。
これはヤバい。
Gやユウトの話ではない。レオたちがだ。
「エルドワ、アシュレイ、回避しろ!」
ユウトから見たGの延長線上からは外れているものの、それでもこの魔力では巻き込まれる可能性がある。
レオたちは急いでフロアの端に退避した。
「消えて!」
それと同時に叫んだユウトが放った魔法が、G・Gに直撃する。
途端に、轟音と共に周囲がものすごい風圧で荒れ狂った。吹き飛びかけたエルドワを、アシュレイがまた掴まえている。
激しい爆発。
本来ならこの空間がごっそり抉られるところだが、ゲートの地形はその影響を受けないから崩落を免れた。普通の地下なら大惨事だ。
これはリミッターの外れたユウトの本来の力。
過去に一度見たことがあるが、同じ力がG相手に出されるのはちょっと微妙だ。もちろん、威力はだいぶ違うけれど……。
「ユウト!」
とりあえず、風に逆らいながらも兄は弟の元へ向かった。
ユウト自身もこの風圧で、後方に吹き飛ばされているかもしれなかったからだ。
しかしこちらの心配を余所に、ユウトはころんと後ろに転がっていただけだった。眼鏡も近くに落ちたままだし、もしかすると精霊の加護がこの周囲だけあったのかもしれない。
まあともかく、急いで弟を助け起こしに行く。
膝をついて上から覗き込むと、すでにユウトは怯えて半泣き状態だった。その瞳がレオを認めた途端に、僅かに安堵を見せる。そして縋るようにこちらの首根にがばっと飛びついてきた。
「黒くてでっかいキモチワルイのが、こっちに飛んできたあああ! 夢に出る! 今日、もう眠れない~!」
「大丈夫だ、今日は俺が一緒に寝てやる」
ぎゅうぎゅうと抱きついてくる弟の背中を宥めるようにポンポンと叩く。怯えてぷるぷるしているユウトは可哀想だが、涙目で縋る姿がめちゃめちゃ可愛いなあと、つい思ってしまうのは兄の性である。
「ううう、足がシャカシャカって動いて、触覚がびよんびよんしてた……」
「うんうん、嫌なもの見ちゃったな。……すまんエルドワ、アシュレイ、最後の1匹潰しといて。ユウトが可愛くて動けん」
「アーン? アン」
「仕方ねえな、と言ってる」
「頼む」
1匹はすごい勢いでフロアの逆端に逃げたため、魔法から逃れていた。ほとんどの死骸はユウトの魔法で跡形もなく消え去っている。あのGさえいなくなれば、ユウトがそれほど酷くビクつくこともないだろう。
「腐った肉、いるか?」
「アン」
「あった方が確実で早いと思う。また逃げられてユウトが怖がると困るだろう」
「じゃあこれな」
さっきの残りの腐った肉を少し離れたところに放る。
これでエルドワたちがし損じることはあるまい。
こちらの胸元に顔を埋めてうにゅうにゅとまだ何かを言っているユウトを抱き締めながら、その様子を見守る。
最後の1匹を殺りに行ったのはエルドワだった。
肉に誘われて再びやって来たG・Gの腹の下に入り込み、おそらく魔石があるところをピンポイントで狙っているのだろう、バリン、と固いものを噛み砕く音がする。
「うあ、バリンっていった、バリンって……!」
「大丈夫、チョコが砕けた音だ」
「しばらくチョコが食べられなくなるう~……」
腕の中でぐすぐすと常にない泣き言を言うユウトが可愛すぎて困った。
このクソ面倒臭いボス、伝説の魔物G・G戦の疲れが吹っ飛ぶようだ。何とも簡単な兄である。
その後、最後っ屁の卵爆弾が爆発してようやく脱出方陣が現れると、レオは眼鏡を拾ってからユウトを抱えたまま立ち上がった。
ほとんどの死骸がさっきのユウトの魔法で消えたとはいえ、まだG何匹分かは転がっている。それを見せるわけにはいかないだろう。
「ご苦労だった、2人とも。奥の部屋に行くぞ」
「アン!」
「……ボスの宝箱か?」
「ああ。戦闘中に失せた分の素材の宝箱と、クリアボーナスの宝箱が出ているはずだ。向こうの部屋ならユウトも平気だろう」
もちろん素材の宝箱は開けさせられないが、クリアボーナスの宝箱はいつもユウトが楽しみにしているものだ。少しは気分が紛れるに違いない。
レオたちはボスを攻略したことで鍵が開いた扉を潜る。
手前にある普通の宝箱が素材、奥の大きくて豪奢な宝箱がボーナスだ。そのボーナス宝箱の前でユウトを降ろす。
そこでようやく落ち着いて、潤んだままの目をぱちりと瞬いた弟の頭を、レオはことさら優しく撫でた。
「もう大丈夫だ。宝箱を開けたら帰るぞ」
「……ゲート、もう終わり?」
「ああ」
パニクっていて、いつ終わったのか今ひとつよく分かってなかったらしい。そんなユウトの赤い目元を軽く擦ってから、レオは宝箱を指差した。
「開けて中を確認しろ。俺はその前に素材を回収する」
「う、うん」
クリアボーナス宝箱を前にして、少しだけユウトが気を取り直したようだ。
重たい蓋に手を掛けて、アシュレイの手伝いを受けつつ宝箱を開けた。
レオはその間に素材宝箱を開ける。
中にはGの甲殻、触覚、卵爆弾が入っていた。それを全てポーチで職人ギルトの保管庫に送る。
優秀な素材だろうが、それがGのものだというだけで、もう使えない。
ユウトの装備にしたら嫌がられるのはもちろんのこと、そんな素材からできたものをレオが持っていたら、それだけで避けられてしまう。それは許容出来ない。
もう問答無用で全部売る。
触覚とか何に使うのかすら分からないが、いらない。
それらをポーチで転移し終わると、兄は弟たちの方を見た。
「どうだ? 何か良さそうなものは入っていたか?」
「……何か、トリモチみたいなの入ってる」
「トリモチ?」
それならさっき欲しかった。何とも間の悪い。
そう思いながらユウトの開けた宝箱を覗くと、確かにトリモチらしき塊が入っていた。
「……ランクAのゲートをクリアしてトリモチ……」
「いや、一応は要鑑定アイテムみたいだし、特殊な効果は付いていると思うぞ」
「特殊なトリモチ?」
「こういう単純用途でありながら特殊効果が付いているものは、結構汎用性があるんだ。他のアイテムと組み合わせて、思わぬ効果を発揮したり。ユウト、そういうの考えるの得意だろう。鑑定してから色々試してみろ」
「へえ、そういうものなんだね。うん、ちょっと考えてみる」
そう言ってユウトが宝箱からトリモチを取ろうとしたが、量があるとなかなか重い。弟の手で一抱えくらいあるそれを、横からアシュレイが取ってくれた。
特殊な効果があるからか、このトリモチは何もしていない時はベタベタしないようだ。
「ありがと、アシュレイ。このポーチに入れてくれる?」
「分かった」
それを回収すれば、これでようやく巨大虫ゲートも終わり。
レオは再びユウトを抱え上げた。
「わ、何? レオ兄さん」
「脱出方陣があるのはさっきのフロアだ。まだアレの死骸があるから、見えないように俺にしがみついてろ」
そう聞いただけでぞわわと鳥肌を立てた弟は、おとなしく兄にしがみついて目を瞑った。
犬耳のフードも深く被ってぷるぷるしているから、本当に小動物みたいだ。大変に可愛らしい。
「よし、他に取り忘れはないな。エルドワ、アシュレイ、脱出するぞ」
「アン!」
「ああ」
一行は大きなフロアに戻ると、円形の台座に出来た脱出方陣に乗った。




