兄弟、伝説のG・Gと遭遇する
2日目はゲート踏破を目指して早朝に出立した。
まあ、ランクAのゲートだ。すでにもっと上のランクも踏破しているレオたちは、特に問題もなく進んでいく。
昆虫ゲートは集団だと面倒な敵が増えてくるが、そもそも1匹の強さは大したことはない。
進行に邪魔な敵だけ排除して、階段をどんどん下った。
「結局、ここって何階まであるんだろ」
「魔物の強さ的にはやはりランクA止まりのようだから、そろそろ最下層だろう。もう一息だな」
「うん。……あ、マカロンが木にとまってる。美味しそう……」
「あれはカナブンだ。食いに行くなよ」
ユウトは今日はずっと眼鏡を掛けている。苦手な虫が増え始めたからだ。
さっきはココア生地のラングドシャクッキーを見付けたと言っていて、それをカメムシだと教えてやったら怖気立っていた。ただ、眼鏡を掛けているとあの臭さも甘い香りに感じるようで、それほど怯みはしなかったが。
そうして辿り着いた67階。
広いフロアの奥には、円形の台座がある。おそらくあれはボス討伐後に出る脱出方陣。つまり、ここはラスボスがいる最下層だ。
暗く、薄汚れたじめじめとした空間は、明らかにアレがボスであることを予覚させた。
「ねえ、ここのボスって……」
「大丈夫だ。お前のことは俺が護る。……ただ、絶対眼鏡外すなよ、ユウト。絶対だ」
「……う、うん……」
すでに何となく嫌な予感がしているらしいユウトに念を押す。
弟がアレを見たら大変なことになるだろう。
伝説の魔物、G・G。
本来の小さいGですら駄目なユウトが、G・Gを相手に出来るとは思えない。とっととレオたちで倒してしまうに限る。
「エルドワ、アシュレイ、ここのボスは一気に倒すぞ。おそらくスピードとしぶとさは天下一品だが、それほど強くはないはずだ」
「アン」
「分かった」
さて、何匹で出てくるか。
ユウトを囲んで護りながら、ゆっくりとフロアの中央に向かって進んでいく。
すると、よくここからと思うような岩の細い隙間から、ボスがこっそり頭を出した。……間違いない、1匹見たら30匹はいるというアレだ。
「いたな!」
その一番近くにいたアシュレイが、先手必勝の彼らしい勢いで先制攻撃に飛び出した。
しかしスピードで言えばアレは断然速い。すぐにさっと岩の奥に引っ込んでしまう。攻撃の対象物となるものを見失ったアシュレイの蹴りは、そのまま岩を強く打った。
それを見て先制攻撃は失敗か、と思ったが。
「何だ!?」
次の瞬間、アシュレイの蹴りによる震動に驚いたのだろう、他の隙間からGが大量に飛び出してきた。
次から次へ、シャカシャカと。
これ、明らかに30匹いる。
広いフロアとはいえ、自動車大のGが30匹もひしめくと、かなりの満車駐車場状態だ。いきなりこれを眼前に並べるとか、アシュレイめ、何ということを。
Gだと気付いて気を失わないだろうかと心配になって、レオがちらりとユウトの様子を覗うと、何だか彼は困惑した様子だった。
「十分にテンパリングされたツヤツヤのアーモンド型の巨大チョコが大量に……。すごく美味しそうだけど、これって、何か……」
「考えるな、ユウト。奴らはチョコだ。それでいい」
言いつつレオは剣を抜く。
とりあえず、ユウトがその答えを確信する前に、Gを倒しきってしまわねば。
「ユウト、大体俺たちが片付けるが、余裕があったらあのチョコを焼きチョコにしてくれ」
「う、うん。頑張る」
「エルドワ、アシュレイ、行くぞ!」
ユウトを後衛に置いて、レオたちは敵に飛び掛かった。
レオはまず1匹を一刀両断する。途端に、周囲のGがすごい勢いで逃げた。やはり逃げ足の速さには苦労しそうだ。
そう思った矢先、足下のGの死骸から火薬のような臭いがして、レオは慌てて飛び退いた。
いや、よく見たら死骸だけではない。今までGのいた、そこかしこに火薬の臭いのする丸い玉のようなものが転がっている。
それが、いきなり炸裂した。ひとつひとつの規模は大きくないものの、周囲が一気に爆発する。
「危ねえな、クソ!」
同じように攻撃に行っていたエルドワとアシュレイも、危ういところで爆発を回避した。
「こいつは危険を感じると卵を切り離すみたいだ。自分が危なくなくても、ビビると落とすのかもしれない」
「さっきお前が岩を蹴っただけで全部が飛び出してきたくらいだもんな、相当なビビりなのか……。んで、ビビるたびに爆発する卵を落として逃げる……中々にうぜえ奴だな」
「アンアンアン」
「何だ?」
「その卵の爆発では、敵はダメージを受けないみたいだ、と言ってる」
「あの爆発は、自分たちの殻を通さないぎりぎりのダメージってことか」
斬ってみて分かるが、さすがランクAのボスなりの防御力がある。ユウトは絶対嫌がるだろうが、この殻を剥いで送れば、だいぶ高く売れるに違いない。
つまり、奴らが自分たちに効かないとは言っても、あの爆発はかなり高いダメージだということだ。
「囲まれたところで戦うと、周囲に卵を撒かれて危険だな。端から攻撃してヒット&アウェイで行くしかない」
「壁から天井に上ってる奴はどうすればいい?」
「あれは……ユウト、焼きチョコ」
「うん。……ファイア・ボール!」
ユウトの魔法が飛んでいき、命中したGをこんがりと焼く。それが天井からぽとりと落ちると、その周囲のGがビビって卵を落として逃げ、それが爆発した。
「ファイア・ストームで一気に範囲で焼いた方がいい?」
「いや、風の魔法が入ると、卵が周囲に吹き飛ばされて逆に危ない。1匹ずつやっていこう」
言いざま、もう1匹を叩き斬る。すぐに周囲のGが置き卵をして逃げた。エルドワとアシュレイも、1匹ずつ倒して離脱し、爆発させる。何とも時間の掛かる戦闘だ。
「一度にせめて2匹くらい斬れるといいんだが……さすが1秒で体長の50倍の距離を移動できる生物……速え……」
「レ、レオ兄さん、その特徴、アレっぽいんだけど……?」
「気にするな、すげえ速いチョコだ。他にも天井や壁に留まってるの見付けたらまた焼きチョコにしてくれ」
8割くらい勘付いている感じだが、ユウトは認めたくないからそれ以上は言及してこない。だったらこのまま確定させずに終わろう。
レオたちはそうやって、あと10匹くらいのところまで減らした。
ここからがまた難儀だ。
たくさんいた時は場所が詰まっていたが、数が少なくなると移動もしやすくなる。1匹を攻撃すると、他のGがすごい速さで広いフロアの逆端まで逃げてしまうのだ。追いかけるのが容易じゃない。
「くっそ、たかがランクAボスのくせに、面倒臭え……!」
あまり遠いとユウトの魔法も避けられてしまうし。その足を止められればいいんだが。
みんなでどうにかあと5匹くらいまで倒して、ため息を吐く。
「トリモチみたいなのがあれば、罠でも作って仕掛けるんだがな……。足を止める方法があれば……」
Gホイホイみたいなもの、とはさすがに言えない。少し濁した言葉にユウトはちょっと微妙な顔をしたが、しかしすぐに何かを思い出したようにポーチを漁った。
「そうだ、足を止めるだけなら罠用で余った『腐った肉』あるから使えないかな。魔物を誘引する効果があるって魔工のお爺さんが言ってたし」
「ああ、それは使えるな!」
テムに持っていく罠を作った際の余りか。
この肉自体は特定の魔物を惹き付ける餌にしかならないが、足を止めるだけなら十分だ。
Gは雑食だから誘引が効くはず。
レオはユウトから腐った肉を受け取ると、フロアの中央部分に塊で撒いた。
「エルドワ、アシュレイ、敵が餌に寄ってきたら同時に行くぞ」
「アン」
「分かった」
少し離れて、Gが寄ってくるのを待つ。
ある程度の距離を取れば、Gはシャカシャカと寄ってきた。
これで、5匹のうち3匹をまず葬れる。
「行くぞ」
小さく合図を送ると、敵が餌に夢中になっているところに、2人と1匹で飛び込んだ。
レオが剣で両断し、アシュレイが蹴りで叩き潰し、エルドワが腹の下に潜り込んで急所を一撃。直後に爆発を避けてみんなで飛び退く。
同時に残ったG2匹もビビって逃げる。
そのうちの1匹が、離脱の際にユウトの方へ向かって飛んだ。




