弟、続けて中ボスを退治する
グロ表現とかありませんが、寄生虫苦手な方は気を付けて!
フロアの奥の天井に大きな蜘蛛の巣が張っている。
遠目に見てもかなり巨大だが、ひとつしかないところを見ると集団ではないようだ。しかし薄暗いフロアには、敵本体が見当たらない。
「敵の気配はするが……どこにいる?」
「あの蜘蛛の巣の上かなあ? あんな巣を作る蜘蛛なら巨大だから、絶対目立つはずだよね。真下に行ったらどこかから現れて降りてくるのかな?」
「近付くまでどこかに隠れているってのはあるかもな。蚊もそうだったし。あの辺りに敵がいるのは間違いないんだ」
「じゃあ、とりあえず近付いてみる?」
周囲に気を配りながら、レオたちは蜘蛛の巣に近付いて行った。
張られた糸には少しのたわみもないようだ。とりあえずあの上に大きな蜘蛛がいるということはないだろう。
「あの糸すごい太そう……。大きな蜘蛛を支えるから、かなり強いんだろうね」
「直系1センチの蜘蛛の糸で巣を作ると、ジャンボジェットですら捕獲できるらしいからな」
「うそ、カッコイイ!」
「おかげで蜘蛛の魔物の糸は、結構高値で売れるんだ。鋼鉄の4倍くらいの強度がある上にナイロンより柔軟だというし、もえすの装備でも指定素材に入っていた」
「へえ。じゃああの糸も回収して行けばロバートさん喜ぶかな」
「そうだな、……?」
ユウトと一緒に蜘蛛の巣を見上げながら話していると、レオは近付くにつれて違和感を覚え始めた。
遠くからだと薄暗くてよく分からなかったが、見た感じ何だか糸の太さが一定してない。おまけに、放射線状に張られた糸が僅かに歪だ。
「ユウト、ちょっと止まれ」
巣の下に入る前に弟を止めて、自身も立ち止まる。
後ろでエルドワとアシュレイも違和感を覚えた様子で止まった。
見上げた蜘蛛の巣の辺りからは、今も魔物の気配がしている。
しかし大きな蜘蛛が現れそうな様子はない。これは、もしかして。
「チッ……俺たちは危うく騙されるところだったのか」
「ん? もっと近付かないと、中ボス出てこないんじゃないの?」
「敵はもう目の前にいた。……ロバートに借りた眼鏡を掛けてみろ」
「? うん」
レオの言葉に素直に従って、ユウトはスイーツ虫くんをポーチから取り出して掛けた。
そうして天井を見上げ、あんぐりと口を開ける。
「棒ゼリーが蜘蛛の巣の形に……!? え、もしかしてこの蜘蛛の巣自体が魔物!?」
「そうだ」
棒ゼリーがどんな菓子なのかレオにはよく分からないが、本質的なところは伝わったので問題ない。
これだけ近付くとエルドワも何か気付いたようで、どこか嫌そうな顔で鳴いた。
「アンアン。アン」
「アシュレイ、エルドワは何て?」
「これは巨大な寄生虫じゃないかと言ってる」
「き、寄生虫!? このまま真下に行ってたら、上から落っこちてきて僕たち寄生されるとこだったの……!?」
ユウトがかなりドン引きしている。
まあ、誰が聞いたって良い印象なんてあるわけがない。
「寄生虫か……。昆虫のゲートだし、昆虫に寄生して操るハリガネムシあたりか、対冒険者だと考えて人に寄生するサナダムシか……」
「アンアン」
「長くて少し扁平だから、サナダムシの類いだと言ってる」
「見た目で判断か? 珍しいな。エルドワが臭いで分からんとは」
「アンアンアン。アン、アン」
「今まで嗅いだことがない臭いは判断がつかないそうだ」
確かにそうか。
特に寄生虫なんて宿主の身体の臭いが染みついていて、単体での臭いなんて知る由もないだろう。
何にせよ、接触する前に気付いて良かった。
特に警戒する罠もなく、さらにこの薄暗がりでは、油断して少し用心の足りない冒険者なら近付いてしまうに違いない。
「この蜘蛛の巣もどき、1匹で出来てるのかなあ。だとしたら、どんだけ長いんだろ……」
「……棒ゼリーとやらは、全部一続きになってるのか?」
「ん? ……あ、途中で分かれてる。全部で5つの長い棒ゼリーが繋がって出来てるみたい」
「じゃあ5匹で1集団か……。接近戦はかなり危険そうだが、まあ、上から落ちてくる前に倒せばいいだろう。今日はここで野営をするから、最後にユウトの範囲魔法をぶっ放してくれ」
「うん、分かった。魔力残量気にしなくていいんだよね?」
ランクAの魔物ならユウトの魔法で十分倒せることは、マルセンのお墨付きだ。火力を節約しないなら、一撃で行けるだろう。
「し損じて俺たちが寄生されると、あのデカさじゃ内臓を食い破られるぞ。アシュレイあたりは耐えられそうだが、その場合は腹掻っ捌いて虫を引っ張り出して倒さないとフロアがクリアできなくなる。倒し損ねるなよ」
「わあ、そういうこと言わないで! 想像しちゃうじゃん! 僕の視界には棒ゼリーがあるだけなんだから」
「その棒ゼリーを食ったら内臓が……」
「食べません!」
ユウトは炎の範囲魔法を唱えるつもりのようだ。
レオの言葉に少しプレッシャーを感じながらも、じっくりと魔力を練り上げる。こうしてゆっくりと魔力集中出来れば、威力はさらに上がるのだ。
「ファイア・ストーム!」
最後に風の魔法を足して、大きな炎をまんべんなく天井の蜘蛛の巣もどき全体に行き渡らせる。
すると擬態をやめた虫が次々と地面に落ちてきて、炎の中でのたうち回った。その身体はどんどん消し炭になっていく。
「すごい威力だな。……しかし、2回連続でユウトひとりに中ボスを任せることになるとは」
「たまには良いじゃない。いつもみんなに護ってもらって感謝してるんだもん、僕がみんなを護れるのは恩返しできるみたいで嬉しいよ」
「俺たちは好きでお前を護ってるだけで、別に恩に着てもらう必要はないんだがな」
「アン」
「確かに」
レオの言にエルドワとアシュレイも同意した。それにユウトが苦笑する。
「みんな僕に甘いなあ。でも、それを言ったら僕だって、好きでみんなを護ってる。だけど、そこに感謝があるのは、とても大事なことだと思うんだ。感謝って、相手のためだけにするものじゃないでしょ?」
弟の笑みが、ほんわりと柔らかく変化する。
「感謝すると、自分も嬉しくなって、心が豊かになるじゃない。みんなのこと、もっと好きになれるし。だから、これからも僕はみんなに感謝する。……今日もありがと。明日からもよろしくね」
あれ、俺の目の前に天使がいる。
背後で魔物が地獄絵図のようにのたくって燃えてるけど。
「やばい、ユウトが尊い」
「アン」
「同意」
レオには見えないものの、きっとあの精霊も近くで大きく頷いていることだろう。
やがてユウトの背後の魔物が全て消し炭になると、すぐ近くに階段が現れた。
「あっ、下りの階段が出たみたい。中ボスクリアだね」
「お前のおかげだ。ありがとう、ユウト」
「アンアンアン」
「ユウト、感謝する」
「ふふっ、どういたしまして」
珍しく全員が感謝を述べると、ユウトはその意図を正しく理解して楽しそうに破顔一笑した。




