弟、中ボス退治を申し出る
翌朝、レオたちはテムの村を出て、件のゲートへと向かっていた。
恩返しを色々できたユウトは、満足げににこにこしている。この笑顔があのゲートに入ってどうなるかと考えると、ちょっと心配だ。
まあ虫がスイーツに見える眼鏡を掛ければいいが、あれもあれで甘い物好きの弟が虫に齧り付かないか心配ではある。
「巨大虫……。テムのタマムシの魔物なんかを見ても、大きさは総じてアシュレイと同じくらいだな」
「テムに行く時に倒した魔物も大きかったもんね」
あのゲートに出る虫は、今またがっている馬のアシュレイの体高に匹敵する大きさだ。もちろんレオの身長よりデカい。的が大きい分攻撃は当てやすいが、集団で来られると厄介だ。
「今回の目的はゲート消滅だから、エルドワの鼻に頼ってガンガン下っていくぞ。ユウトの魔法もアテにしているから、魔力配分を誤るなよ」
「ん、分かった。節約してく。……ランクAゲートっていうと、50階から70階だよね。何日で行けるかな?」
「2日でクリアする。入ってみたら実はランクSゲートだったという可能性もあるが、今まで外に出てきた魔物がランクAモンスターばかりだからな。Sだったとしても階層は70階を少し過ぎるくらいだろう」
レオひとりの時なら不眠不休でガンガン進み1日でクリアしてしまうが、ユウトがいるから無理はしない。というか本当は弟さえいれば、別に10日くらい掛けてクリアしてもいい兄だ。
ただそうなるとユウトを危険に晒している時間も長くなるし、お風呂にも入れてやれない。だからランクAゲートなら2日でいい。
「アシュレイも連れて行くの?」
「ああ。これだけデカければお前の盾になれる。……テムを自発的に護ったところを見ても、だいぶマシなメンタルになってきたようだし、少しユウトの護りを任せても良いだろう」
「そっか。よろしくね、アシュレイ」
ユウトがそのたてがみを撫でると、馬は嬉しそうにいなないた。
レオが戦っていてもアシュレイとエルドワがいれば、ユウトが危機に陥ることはそうそうないだろう。
そうしてしばらく進むと、レオたちは間もなく件のランクAゲートに辿り着いた。
祠が開放されマナが周囲を満たしたからか、外に漏れ出た魔物はいないようだ。
「今回はランクAだけど変身する?」
「いらん。あれは王宮依頼の時だけでいい。今回は特に注目もされていないゲートだし、バレはしない」
もゆるは可愛いからたまに見たいが、自分がスーツ姿になるのは少し遠慮したかった。ユウトにもらったネクタイにまだ不壊属性が付いていないからだ。何かの拍子に破れる可能性があるし、そんなことになったら精神的ダメージが半端ない。
「じゃあ、このまま行くね。アシュレイは人化するの?」
「そうだな。その方が動くにも勝手が良いし。テムで織物を買ってきたから、それを腰に巻かせろ」
「うん。はい、アシュレイ」
「……すまない、ありがとう」
ユウトに促されて人化したアシュレイが、大きな布を受け取って腰に巻く。それを細い帯で固定すれば、褐色の肌とよく似合ってどこかの異郷の先住民のようだった。
「エルドワはいつも通りでいいよね」
「アン!」
子犬は相変わらずそのまま突入するようだ。
おそらく大きさを生かした攻撃はアシュレイがすればいいと割り切っている。エルドワはその小ささを生かして、魔物の体内や小さな隙間から急所を狙いに行くつもりなのだろう。巨大虫相手なら、その選択は最善手。
彼のそつのない判断力はさすがだ。
「では、突入するぞ」
「うん」
準備を整えると、一行はレオを先頭にゲートへと入った。
最初の階は、野っ原だ。いかにも昆虫が出るシチュエーション。
見れば遠くの方で巨大バッタが跳ねていたり、蟻が行列を作っていたり、ダンゴムシが転がったりしている。
当然というか何というか、虫に合わせて野っ原の雑草もデカい。
レオが辛うじて草丈の上に顔を出せるくらい。ユウトは多分草の茎と根元しか見えていないだろう。
「すっごい見通し悪い……」
「まあ、逆に考えれば敵にも見付かりづらいと言える。アシュレイ、お前は目立ってるから身を屈めろ。……さっさと進むぞ。エルドワ、頼む」
「アン」
先頭をエルドワに明け渡し、その後ろをユウトとレオが歩き、殿をアシュレイに任せる。
途中、気付いて寄ってくる虫もいたが、問題なく斬り捨てた。
迷うことなく2階、3階と下っていく。
「レオ兄さん、今日は何階まで降りるの?」
「とりあえず35階を目指そう。行けそうならもう少し進む。切りの良いところで中ボスが出れば、そこで野営するつもりだ」
「中ボスかあ……何が出るんだろうね」
ユウトは少し不安げだ。
この辺にいるような草原の虫、蝶、カブトムシなどは全然平気なユウトだが、おそらく進んでいけば色んな虫が出てくる。弟が眼鏡を取り出すのも時間の問題だろう。
5階を過ぎると、周囲の景色は花畑へと変わる。
蝶やら蜂やらが出てきて、倒せば鱗粉、羽、食材になる蜂蜜や蜂の子が手に入った。
さらに下れば森の中になる。カブトムシやクワガタと戦うと、メープルシロップなどがドロップされた。甲虫関係は、固い外殻を鎧素材として売ることも出来る。せっかくなのでロバートに卸すために剥いでおこう。
そうしてどんどん下っての28階。
今までと雰囲気が違うフロアに到達した。
「……何だろ、ここ? 薄暗くてじめっとして……」
「雑魚がいないようだな。中ボスフロアか」
何となく嫌な虫が出る予感がする。
そう思って周囲を見回していると、少し先にあった淀んだ水たまりに、エルドワが吠えた。
「アンアン!」
「どうしたの、エルドワ?」
「そこの水たまりの中に、敵がいる。たくさん」
「たくさん?」
アシュレイの言葉に、レオは眉を顰めた。
中ボスは普通1匹だが、時折こうして集団を1つと数えることがあるのだ。個々ではランクAほどの脅威は全くないが、集まると厄介な魔物、というのが定石。
そして実際、1匹を相手にするよりもだいぶ面倒臭い。全体攻撃を持たないレオとしては、特に嫌いな手合いだ。
「水棲の昆虫なのか?」
「ンン、アン、アンアン、アン」
「エルドワは、ボウフラがいると言ってる。近付くと羽化するみたいだ」
「ボウフラ……ってことは、蚊……?」
「アン」
「蚊か……」
……たくさんの蚊。聞いただけで相手にしたくない。
普通のその辺の蚊でもその回避能力の高さはムカつくレベルなのだ。それが巨大で大量に……まあ攻撃は当てやすいが、一度に来られると対処するのが難しい。
自分1人ならどうとでもなるが、ここにはユウトがいる。
万が一僅かでもユウトの血が吸われたら、その巨大蚊が特殊な力を持ってしまうかもしれないのも恐ろしい。
「蚊って、あの羽音を聞いただけでぞわっとするよね。巨大な蚊に刺されたら、どんだけ痒くなるんだろ」
「お前のことは俺たちが刺されてでも絶対護る。心配するな」
「アン!」
「俺も、もちろん護る」
「ん? 大丈夫だよ、今回は僕がやるから。レオ兄さんたちだとちょっと相性良くないでしょ?」
しかし、気負ったレオたちに対して、ユウトは軽く申し出た。




