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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、発進する

 翼竜は完全なる自動運転だ。

 その背に乗りながら、レオは魔界を見下ろした。


 街や村らしきものはいくつかある。だが、廃墟も多い。

 大体は荒野、砂漠、岩山。所々に森と沼。天気は悪いし、かなり心和まない世界だ。


 もちろん、魔界にとってはこれがいい環境なのだろう。

 日光に弱い魔物もいるし、水の清浄さに弱い魔物もいる。そもそも、この瘴気自体がそれで薄まるようだ。

 それは魔界にとっては死活問題。

 レオが文句を言っても仕方がない。


 あまり変わらぬ景色に飽きたレオは、胸ポケットから通信機を取り出した。それを起動して地図を見る。

 ユウトの居場所を確認すると、当然ながら未だにテムの精霊の祠前にいるようだった。もしかすると、向こうも今レオの居場所を見ているのかもしれない。


「……ん?」


 次いで自分の座標を確認して、レオは眉を顰めた。

 ……これ、どんどん竜穴の場所から離れてないか。

 これだけ離れても最寄りの竜穴はそこみたいだし、これを徒歩で帰るとか、たまったものではないのだが。


「一度鈴でルガルの居城まで飛んで、そこからまた竜穴まで翼竜を借りられんだろうか……」

『ルガルがそこにいれば可能かもしれんが。どうだろうな、おそらくもう魔界図書館の修復に向かっていると思うぞ』

「魔界図書館のデータ修復? あの部屋からはできないのか?」

『あのデータベースは人間界でいう虚空の記録(アカシック・レコード)に相当する。その難解で秘匿されたデータから、閲覧を許されたものだけをルガルが取り出しているのだ。当然、極秘の特別な場所からしかアクセスできないし、読み解きと修復に数日は掛かる』

「数日……」


 ルガルの居城で数日待つのも馬鹿らしい。だったら少しでも歩いた方がマシだ。

 だが、平坦な道のりでもなさそうだし、一体歩いてどれだけ掛かるのか。考えただけで萎える。


 レオが少しふて腐れていると、次第に翼竜が高度を落とし始めた。

 どうやら、これ以上は竜穴から離れなくて済むようだ。

 やがて眼下に古城らしき風情の建物が見えてくる。おそらくこれが件のヴァンパイアの居城だろう。

 レオは気を取り直して周囲を観察した。


「……嫌な気配があるな。何か術式を掛けているか?」

『おそらく感知と迎撃だ。……これは、不正アクセスがバレた時の対策を事前にしていたのだろうな。翼竜で近付くと打ち落とされるかもしれん』

「ルガルかその側近が、粛正しにここにやってくると想定していたということか」


 しかし、この魔界ではどう足掻いても格上ランクには敵わないはず。こんなもので抗っても無駄なことのような気がするが、どうなのだろう。


「ジード男爵とやらは、だいぶ強いのか? さすがにルガルには匹敵しないだろうが、その側近を返り討ちにする程度には」

『私はその本人を知らないが、伯爵でも子爵でもないということは、一族でもランクは下の方だ。ルガルの側近の方が強い』

「だったら抵抗しても、どうせ勝てないんじゃないか。心証を害するだけだろうに、何でこんな術式を……」


 そう、魔物にイレギュラーはない。力の差が覆ることはないのだ。

 もしもジャイアントキリングを期待するのなら、不確実性の高い人間か半魔がいないと無理だが……。


 そう考えて、はたとこの一連の精霊の封印に魔研が関わっていることを思い出す。

 もしもジード男爵の後ろに魔研がいるとすれば、半魔合成の技術を使ってその結果を覆すことを狙っているのかもしれない。

 前回のバラン鉱山の祠での例から考えれば、今の地位に満足出来ずに力を求めるその本人が、『成長』を遂げようと人間との融合を計っている可能性があるのだ。


「……もしや、また魔研に誑かされたアホか」

『ジード男爵が人や半魔の不確定要素を求めて魔研と手を組んだなら、彼自身が半魔化していると考えていいだろう。自分の力量を凌駕するような半魔を従えて側に置くのは恐ろしいから、他人に半魔化をさせることはないだろうし』

「まあ、半魔に改造するのは勝手にしろと思うが、何で精霊の祠を封印するんだ?」

『それはただ単に魔研との交換条件だろう。おそらくは力を持ちたい野心家の魔族に、魔研の方から近付いて交渉しているのだと思う』


 それを聞いて、レオは眉を顰めた。


「……人間のジアレイスが、この魔界でぶらぶら歩いて交渉出来るわけがないよな。瘴気にやられるはずだし、そもそも魔族は人間を馬鹿にしていて、最初から話を聞くわけがない。……となると魔界に、魔研の協力者がいるということか」

『まあ、だろうな。今の時点ではそれが誰かは分からないが』

「面倒臭え……」


 また見付けて潰すべき敵の存在を知って舌打ちをする。

 ……今後も魔界と関わる羽目になりそうだ。

 そうして渋い顔をしているレオに、精霊は気持ちの切り替えを促した。


『とにかく今は、ジード男爵を始末するのが先だ。翼竜はどうやら術式を気にしてこれ以上降りられないようだし、ここから飛び降りるぞ』

「飛び降りる!?」


 城の上空で旋回を始めてしまった翼竜の背中で、精霊が無茶を言う。この高さから人間が飛び降りて、さすがにレオだって無事に済むわけがない。


『この翼竜はルガルにお前を無事に送り届けるよう指示されている。つまり無事に来れるのがここまでということだ。降りもしないのは、多分この辺り一帯の地面にも何かしらの危険があるからに違いない』

「だから飛び降りろって? 普通に死ぬだろ。どんだけの高さだと思ってるんだ」

『平気だ。その翼が落下速度を軽減してくれることは、ユウトが実証してくれているだろう』

「……ああ、そういえば」


 自分の背中に翼がついていることをすっかり忘れていた。飛ぶことができない役立たずなものだと、思考の選択肢から完全に除外していた。

 そうか、確かにこれなら行けるが。


「感知エリアに入ると迎撃されるんじゃないのか? この翼でそれを捌くだけの動きができる気がしないんだが」

『おそらく上空で感知されるのは魔物だけだ。身体に瘴気を蓄えていない人間を感知はしない。普通に考えて人間や半魔がここを襲う確率なんてほぼ0だから、対策を取っていないのだ』

「……それならどうにかなるか」


 祠の封印を解きに人間や半魔が来ることを想定していないのは、きっと魔研すらもそんな存在が現れると思っていなかったからだろう。

 ずっと後手後手だったレオたちの動きが、少しずつ魔研の思惑を外れ、先手を取れるようになってきた証だ。


 それはもちろん良い兆候なのだけれど、レオとしては奴らの目がこちらに向くと、ユウトが見付かる可能性が高くなってくるのだけが気掛かりだった。

 魔研が弟に向ける悪意を、もう二度と許したくないのだ。

 そのためには、もっと急がないと。俺の宝物が、奴らに見付かる前に。


「……城の主は最上階にいるのが定石だと言っていたな。ここから飛び降りて、屋上から侵入しよう」

『それがいいな。……ジード男爵はなかなかの魔術の使い手だと言っていた。油断するなよ』

「分かっている」


 そうと決まれば止まっている場合ではない。

 レオは翼竜の上で立ち上がると、躊躇いもなくそのまま城に向かって飛び降りた。

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