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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、ルガルと会う

 ルガルの居城の周囲は、ちょっとした街になっていた。

 と言っても、人間界のような街ではない。知能のある魔族は家屋を作っているが、無数の下位魔物は、岩壁に穴を掘って住んでいるようだった。

 ただ住んでいるというだけで、そこには商店のようなものもない。

 どうやって生活しているのだろう。


『このエリアはルガルの支配下にある魔物しかいない。魔術を使う知能派が多く、他の場所に比べて幾分おとなしめだ』

「おとなしめなのはいいが、余所者の俺がこのまま突入していいのか?」


 街の周囲は門などで囲まれていない。

 見張りらしきものもいない。

 不用心にもほどがある感じだが、もしかして人間界より治安がいいのか。


 そう思いながら街に入ると、中では魔物同士があちこちで戦っていた。わけ分からん。


『魔物は余所者をあまり気にしない。ここの主を頂点としたヒエラルキーの中にある自分の立場を脅かさないからだ。それよりも、同じエリアの同じランクのもの同士が、自分の立場を確立しようとああしていがみ合って戦う』

「……ああ、なるほど」


 日本で会社勤めをしている時に似たような構図を見たことがある。レオはちょっと遠い目をした。


『お前は半魔として耳目は引くだろうが、特に問題はない。そのままルガルの城へ向かえ』

「俺は明らかな不審者だろうに、誰からも止められないというのも気持ち悪いな……」


 これがゲームの世界で俺が勇者なら、中ボス戦どころか雑魚戦もしないで魔王に辿り着くところだ。クソゲーすぎる。


『魔界では、主が敵わないような相手なら戦うだけ無駄という考えだ。たとえば半魔で実力の定まらないお前のような侵略者が現れても、一番強い主が直接戦ってくれた方が話が早い。下の者が団結して格上の敵を倒そうなどとは考えないのだ。もちろん自分より明らかに格下の相手には攻撃してくるがな』

「……そんな手下、いる意味あんのか?」

『まあ、主直下の知能のある魔族には忠誠を誓う者もいる。そいつらが下位魔物を使って街を管理しているんだ。一応、他にも色々互いに利害関係があって成り立っている』


 寄らば大樹の陰という烏合の衆を、上位の者が上手く使っているということか。魔物は序列的に格上の者には逆らわないようだし、これはこれで機能しているシステムなのだろう。


 レオは周囲の観察はそこまでにして、石と魔界の鉱石で出来たルガルの居城に真っ直ぐ向かった。

 入り口には立派な門があるが、特に門番がいるわけでもない。

 それを勝手に潜る。


 すると、さすがにそこで上位魔族らしき者が目の前に転移してきた。精霊が言うところの、忠誠を誓う知能のある魔族というやつか。

 魔術師らしいフードを深くかぶり、その顔は見えない。


「……半魔風情が、ルガル様の居城に何の用だ?」

「人間界に供物牛を持ち込み、禁忌術式を掛けた奴を探している。そいつを見付けるための助言をここの主人にもらいに来た」

「チッ……」


 魔族はこれ見よがしに舌打ちをした。どうやらこいつは半魔嫌いのようだ。

 まあ、別に気にしない。同じように、レオもこの魔族に敬意を払う気などないからだ。


「あんたの主人に何をするわけでもない。邪魔をするな」

「半魔をルガル様に会わせること自体が害だ」

「……では、やるのか? 俺と」


 魔族相手に僅かに殺気をちらつかせる。

 相対した感じ、実力はレオの方が上のはずだ。

 素直に主人に会わせるか、もしくは戦って死んだ後に主人に会われるか、この魔族にとってはその2択。

 それを悟って、彼は若干怯んだようだった。


 それでもすぐには折れないところを見ると、だいぶプライドが高そうだ。面倒臭い。


『おい、そいつは殺すな』


 いっそ斬り捨てて行こうかと思ったが、その前に精霊に止められた。そういえば、魔物にもこいつは見えないのだろうか。

 ……まあ、半魔のユウトたちも普通には見えないのだから、見えてないか。

 だとすれば、こいつの前で会話するのも変な話だ。レオは黙って視線だけを精霊に向けた。


『そいつには、「輪廻の外にいる者からの指示で来た」と言え』


 ……また、訳の分からんことを言う。

 しかしこれでさっさと通れるのなら、従った方が得だ。

 レオはそのまま魔族に伝えた。


「俺は、輪廻の外にいる者からの指示であんたの主人に会いに来た」

「何……!?」


 それを聞いた魔族が明らかな動揺を見せる。

 どうやら効果覿面だったようだ。再び忌々しげに大きな舌打ちをされたが、彼はようやくレオの目の前から退けた。


「……仕方がない。入れ。……ルガル様に失礼な真似をしたら許さんぞ、半魔め」


 そう言い残し、転移で消える。

 その場にはレオと精霊だけが残された。


「……案内も何もしないのか」

『まあ、魔界の城の主は大概最上階にいる。適当に階段を上がれば着くだろう』


 ずいぶんと杜撰というか、何というか。

 少し呆れた気分で正面に見える階段に向かう。


「ルガルに会ったら何と言えばいい? 見ず知らずの半魔がひとりで行っても、すぐに話を聞いてもらえるとは思えんのだが。今の輪廻の外云々と言えばいいのか?」

「大丈夫だ。ルガルには私の姿が見える。言ったろう、知り合いだと」

「そういやそうか」


 それなら話を聞き出すのは簡単だ。

 レオは階段を上りながらすでに帰りのことを考えて、通信機を取り出した。

 起動して現在地を見れば、地図はなく真っ白の画面に矢印だけが載っている。しかしその下には最寄りの竜穴からの座標がちゃんと書かれていた。


「竜穴からの距離、南に50㎞、東に34㎞……遠っ! 歩いたら何時間掛かるんだ、これ!」

『遠いか? 魔界の広さからしたら、思ったより近くにあるが』

「ふざけんな、移動手段が徒歩しかないんだぞ、クソが! この翼、少しは飛べんのか!?」

『天使像サイズの木片では無理だ』

「くっ……アシュレイあたりを連れてくるんだった……!」

『帰りのことは、終わってから考えろ。もう最上階だぞ』


 精霊に言われて、渋々通信機を胸ポケットにしまう。

 階段を上りきると広い廊下があって、そこに豪奢な扉がひとつだけ見えた。あれがルガルのいる部屋だろう。


「……魔族って、ノックいるのか?」

『自分のマナーとしてやっとけ、一応』


 やはり見張りも何もいない部屋の扉を、無造作にゴンゴンと叩く。

 精霊が『がさつだな』と言ったが気にしない。

 中から返事が来る前に、レオは勝手に扉を開けた。


 部屋はとても広く、思ったより趣味のいい調度品が置いてある。

 その中央に、大きなデスク。

 革張りの高級そうな回転椅子に、ひとりの男が座っていた。

 こいつがルガルか。


 見た目はマルセンやロバートあたりと同年代に見えるが、もちろんそれよりはるかに長い年月を生きている。

 目立つのは長いツノと赤い瞳。そして何より、入れ墨のように身体に描かれた魔方陣だった。

 顔と、ローブの袖から覗く手の甲にまで描かれているところを見ると、おそらく全身にあるのだろう。


 そんな彼は、興味深そうにこちらを見ていた。


「いらっしゃい、お客人。……貴方様も、お久しぶりです」

『久しいな、ルガル。こんな姿で失礼する』

「いえ、事情は存じています。ウチの部下も悪さをしていた様子。主として至らなかったこと、ご容赦下さい」

『いい、許す』


 ……この精霊、ルガルよりも格上のようだ。何となく、そんな気はしていたが。

 ……輪廻の外にいる者、か。


「ところで、こちらのお客人は、もしや……?」

『そうだ』


 不意にルガルの視線がレオに向き、判然としない問答がなされた。

 しかしそれで十分伝わったのだろう、男の表情に喜色が浮かぶ。


「やはり……! ツノの形状や雰囲気からそうかと思いました! ……では、卵も……?」

『ああ、無事孵っていたようだ』

「それは良うございました! 無事を知ればあの方もお喜びになるでしょう」

『……あいつの行方はまだ分かっていないのか?』

「ええ、まだ。おそらく、魔界にはいらっしゃらないかと」

『そうか……』


 一体何の話をしているんだ。

 内輪ネタは2人きりのときにして欲しい。

 レオは眉を顰めて話を遮った。


「……おい。とっとと本題に入れ」

『ああ、そうだったな。ルガル、ちょっと聞きたいことがあるんだが』

「どうぞ、私に分かることでしたら何なりと」

「人間界の竜穴に封印術を施している奴を殺したい」

「それだけでは情報が少なすぎですよ、お客人」

『供物牛を人間界に送り込んで、強制召喚の禁忌術式を掛けた奴がいるのだ。心当たりはないか?』

「禁忌術式を? 供物牛で……」


 精霊の補足情報を受けて、ルガルはしばし考え込んだ。


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