兄、弟の言葉に動揺する
「この危険な道中、よく来てくれたな。物資の数々、感謝する。おまけに、立派な馬車まで……」
「以前、色々良くして頂いたお礼です。気にしないで下さい」
久しぶりに会った村長は、やはり少し疲れているようだった。
まあ、ゲートからいつ手に負えない魔物がやってくるかも分からない中、村を護らなくてはならないのだ。気疲れも半端ないだろう。
「近くに出来たランクAのゲートは僕たちが潰していきますから、待ってて下さいね」
「おお、本当か! お前さんたち、もうランクAかBの冒険者になったのだな。まあ、あれだけ強ければ当然だろうが」
「……俺たちのパーティは冒険者ランクCだ」
「……んん?」
「レオ兄さんに至っては、まだランクDですけど」
「……待て、それではランクAのクエストには挑めないだろう」
「ゲートには勝手に入る。あんたらは誰があのゲートを攻略したかを他言無用にしてくれ」
そう告げると、村長はあんぐりと口を開けた。
「クエストとして受けないとなると、無報酬だぞ!? お前さんたちには何の得もない」
「ユウトがそうすると言うんだから仕方がない。俺は可愛い弟の望みを叶えるだけだ」
「兄さんの方は相変わらずだのう……。お前さんは、なぜテムのためにそこまで?」
レオの行動原理は以前から変わっていない。兄の回答は置いておいて、村長は質問を弟に向けた。
それにユウトがにこりと微笑む。
「僕がテムの皆さんを助けたいからです。以前はこれを甘いって言われましたけど、それを成せる力があれば、これは宣言になるって言ってましたよね?」
「確かに言ったな。……そうか、お前さんは自分の武器をたくさん見付けたのだな?」
「そうです。僕は村長さんにあの時その言葉をもらわなかったら、多分この世界で非力な自分が嫌になっていたと思います。でも、少しずつ自分の出来ることを増やして武器にして、力を貸してくれる人や知恵を貸してくれる人がいることも武器になりました。ほんとに、たくさん。だから、今の僕は宣言出来ます。テムの村を助けるって。……今回来たのは、その成果を村長さんに見せたかったのもあるかな」
ユウトは非力だった最初の頃、この村長の言葉に救われていたのだ。ここに恩返しに来たいと言っていたのは、彼のおかげで腐らず頑張って来れた、その礼をしたかったからか。
「そうか。そう考えると儂らは、お前さんたちという武器を手に入れたわけだな」
「ふふ、そうですね。だからゲートが潰せるのは、結局村長さんと若旦那さんの実力っていうことです」
全く恩着せがましくない形でユウトは話を収めた。何の下心もない弟に、村長もほのぼのと微笑む。
……いやいや、ここで話を終わられては困る。
もうひとつややこしい話があるだろう。
無粋ではあるが、そんなことは気にせずレオが口を挟んだ。
「待て。ゲートを潰す前に条件がある」
「……はて、条件とは?」
「この辺りに精霊の祠があるはずだ。先にそこに行きたい」
「精霊の祠……マナの泉のことか」
テムではマナの泉と呼ばれているのか。
若旦那と違い、やはり村長はすぐに思い当たる。そしてやにわに表情を曇らせた。
「村長しか入れない祭壇があると聞いたが、そこがそうか?」
「せがれに聞いたのか……。結論から言えば、そうだ。ただ、今は儂すら入れない」
「あ、やっぱりここの祠も完全に閉じられてしまっているんですね」
「お前さんたちは、そこに何の用があるのかね?」
「その祠を開放する」
レオが端的に告げる。すると村長は小さく唸った。
「あそこを開放か……したいのはやまやまだがのう」
「言っておくが、そこを開放しないとテムの周辺の枯渇したマナのせいで、また何度でもゲートが出来るぞ」
「……この付近に高ランクのゲートができるようになったのは、やはりそのせいなのだな。……しかしその泉へ続く道が、今は通れなくなっておるのだからどうしようもない」
「道が通れない?」
「入り口を塞ぐように、大きな魔物が眠っている」
精霊の祠の入り口を魔物が塞いでいる。
思ったよりも全然簡単な状況だ。レオが行かないといけないというのだからきっと魔法の効かない敵なのだろうが、特に問題はない。
「そいつを倒せば良い話か」
「それが、そう簡単には行かないのだ」
レオの言葉に、村長は首を振った。
「マナの泉のある場所が、このテムの地下だというのが問題なのだ。そこに行くには村の外にある洞窟に入るのだが、それがこの村の真下に続いている。万が一その魔物が暴れると、地上の住居が倒壊するやも知らんし、最悪村ごと陥没する可能性もあるのだ」
「ええ、そんなことになったら大変! 村がなくなっちゃいます!」
「おかげで下手に手を出すこともできん」
「……それは面倒だな」
ユウトがひときわ思い入れのあるテムの村だ。それが崩壊するようなことになったら、兄として立つ瀬がない。
できることなら犬尻尾をめっちゃ振りながら、目をキラキラさせて「兄さんすごい」と言って欲しい。そのためなら面倒でもどうにか頑張れるレオだ。
「村長しか入れないという件に関しては?」
「こんな時にそんな悠長なこと言ってられんよ。そもそも、村の地下にあるからおかしな輩に入り込まれないようにと決められていたしきたりだ。まあ、中に入らず扉の開放だけしてもらえれば、何とでも言い訳は立つ」
「こちらとしても祠の扉さえ開けばいいから、問題はないな。……とりあえず、明日一度見に行ってみるか」
今日はもう夕方だ。外はまもなく魔物が凶暴化し始める。
ランクAゲートからまた魔物が出てきて襲ってこないとも限らないし、夜の間は村にいる方がいいだろう。
「泊まっていくのなら歓迎するぞ。以前お前さんたちが滞在した部屋をまた使うといい。持ってきてもらった物資で今日はいくらかマシな食事ができるからの」
「ありがとうございます!」
久しぶりのテムの村滞在だ。ユウトはテンションが上がっているようだった。
夕食にはこちらから肉と果物も提供して、エルドワとアシュレイの食事も作ってもらった。
アシュレイはさすがに人化するわけにもいかず、テムの馬房に入れてもらっている。彼が入るには狭いところだったが、きちんと屋根もあって清潔で、思いの外快適そうだった。
レオたちも、懐かしい部屋に入る。
王都の自宅やリリア亭と比べものにならない質素な部屋だが、これはこれで感慨深い。
ユウトも嬉しそうにベッドに飛び込んだ。
「数日しかいなかったけど、やっぱりテムは僕の旅の起点だから嬉しいな。エルダールに来て最初に会ったのが若旦那たちで良かった」
「殺戮熊にやられそうになってたがな」
「ふふ、レオ兄さんが助けに現れた時にはびっくりしたなあ」
懐かしむように言って、弟は中空に向かって手を伸ばす。
「そう言えば、あの時殺戮熊相手に一度だけ出た魔法って、結局何だったんだろ。マルさんに教わった魔法の中にも無かったけど」
「……俺は見ていないから分からんな」
「あー、そっか。レオ兄さんが来る前だったもんね。でも、あんな大きな魔法、まだ怖くて試してみる気にもならないな」
「制御出来ない魔法なんか使わなくても、お前は十分強くなっている。気にすることはないだろう」
「ん、そうだね」
レオの言葉に、ユウトはあっさり思考を放棄する。それに兄はほっとした。
見てないから分からない、というのは嘘だ。
あの抉られた森の光景を見て、レオは弟の使った魔法が聖属性のとある魔法だとすぐに分かった。
5年前、それを目の前で見ていたからだ。
そんなもの、思い出してくれるな。
そう願いながら、レオはユウトの寝転ぶベッドの縁に座る。
「お前には、魔法だけではなくたくさんの武器があるんだろう。その筆頭は当然俺だが。……何かあったら一番に俺を頼ってくれ、ユウト。俺はお前のためなら何でもする」
言いつつその柔らかい頬を撫でると、弟は擽ったそうに笑った。
「何、いきなり。……でも、ありがと。いつも頼りにしてるよ」
優しい眼差しでこちらを見つめて、兄の手に自分の手を添える。
「兄さんもね。僕だって武器になれるんだからさ、頼って欲しいな。何でもするし、何があっても味方だから……あんまり隠し事もしないでね?」
言われた言葉にどきりとした。
レオの中に、弟への隠し事はいくらでもある。どこまで分かって、どれを指して言っているのか、それともただの鎌掛けなのか。
後ろめたさについ僅かに視線が泳いだが、しかし優しいユウトはそれを追いかけてくることはしなかった。
「今日は早めに寝よう。明日から精霊の祠を調べなくっちゃ。テムのために頑張って開けようね」
「……そうだな」
レオはそのままユウトの頭を撫でると、足下にいたエルドワを弟のベッドに上げて、自分のベッドに戻った。




