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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、ロバートから馬について聞く

「アシュレイを手懐けたのですか、さすがですね」


 レオたちは周囲の注目を集めつつ、大きな馬の手綱を引いて職人ギルドの裏庭まで連れて来た。

 それを見たロバートが、さして驚いた様子もなく微笑む。


「エルドワとユウトのおかげでどうにかな。正直人間を舐めくさったこいつを見た時は、他を当たろうかと思ったが。……あんたは、俺たちがアシュレイを連れてこれると思っていたのか?」

「まあ、8割くらいは。……彼がとても賢い馬だということは知っていましたし、あそこにいるよりはこういう判断をするだろうなと」

「そう言えば、その馬の話を最初に教えてくれた爺さんも、あいつは頭が良いから上手く扱えれば、みたいなことを言ってたな。農場主はアホ馬扱いしていたが」


 今、アシュレイは手綱を門の杭に繋がれて、ユウトからリンゴをもらって食べている。おとなしいものだ。

 ここに来るまでもこちらの言うことを良く聞くし、粗相もしなかった。半魔だから当然人語も解しているし、とても御しやすい。

 こうなるとさっきの農場主への嫌がらせの数々が嘘のようだが、もしかすると、相手によって態度が違うのか。


「どうも、彼の実力を侮っている相手に対しては馬鹿にするようなんです。あそこの農場主は農作物専門の方で、馬にはそれほど明るくないので……とても良い方なんですけど、ずっと寝ているアシュレイのことを、かなり役立たず扱いしてまして。アシュレイはだいぶ反発してました」

「ああ、なるほど……」


 それでアシュレイのあの態度か。


「あんたはあいつを評価しているようだが、過去に何か関わりがあったのか?」

「以前あの農場主が、職人ギルドに馬の調教師を紹介して欲しいと訪れたことがあったんです。その時に初めてアシュレイに会いました」

「……あいつを馬車馬に躾けようとした爺さんって、ただの街道馬車の御者じゃなかったんだな」

「調教師は引退して、今は御者をされているんです。一緒に行ったあの方は、すぐにアシュレイをただの大きいだけの馬ではないと評しました」


 ロバートの話によると、その調教師はアシュレイが寝てばかりいるというのに筋肉が締まっていてたるみがないこと、蹄が減っていることに注目したらしい。

 そもそも何もしないでぐうたらしていると、疲れないから眠れなくなるはずなのだ。つまりこれほどずっと寝ているということは、農場主が与り知らぬところで、何かをしている可能性があるということ。

 それが何かは分からないが。


 ともかく、アシュレイがただ者ではないと見抜いた調教師が敬意を持って接すると、この馬は普通に調教を受け入れたそうだ。


「あいつ、馬車馬の訓練をちゃんと受けたのか?」

「ええ。訓練だけは。理解が早いし覚えは良いし完璧でした。ただ、最後の練習に農場主を乗せた客車を引かせようとしたら頑として動かなくなっちゃって」

「……それ、農場主だったのが悪いだけじゃないのか」

「いいえ、他にも試したんですが、一般人もだめでした。とにかく、自分が認めた者しか乗せたがらないようで。おかげで馬車馬としては使えませんでした」

「面倒な奴だな」


 だが、馬車を引く訓練を受けているのなら好都合だ。

 ユウトとエルドワを乗せるなら渋ることはないだろうし、牽引技術もあり、2頭立ての馬車を1頭で引くだけの体躯もある。


「まあ何にせよ、明日出発できる状態にはなったから良しとするか。馬車に荷はどのくらい積んでるんだ?」

「食料と日用消耗品、燃料に矢束など、結構な量です。ただ、アシュレイなら余裕で引ける重さだと思います」

「ならいい。魔物が出た時に振り切って逃げるつもりはないが、荷が重くて回避が遅れて、馬車が壊されたら元も子もないからな」


 今回の道程はテムに荷物を届けるまでが重要だ。ユウトの厚意が無駄になるようなことはできない。


「ゲートにはテムから戻る時に?」

「そのつもりだ。荷物をその辺に放ってゲートに入るわけにもいくまい。物資も早いほうが良いだろうし」


 何より、まずはテムで精霊の祠を開放しないことには、ゲートの出現は止まらないだろう。巨大虫のゲートはそれまで後回しだ。


「明日の出立までアシュレイごと預かれるか?」

「もちろん、問題ありません」

「では頼む」


 明日は魔工爺様のところでアイテムを受け取ったら、すぐに出立だ。我々の飲み水や食料は、すでにロバートが準備して馬車に積んでくれていた。本当に気が利く男だ。


「ところで、御者はレオさんが?」

「……いや、どうするかな」


 本当はこのためだけにネイを呼び寄せるつもりだったが、アシュレイは普通の方法で制せる馬じゃない。

 手綱を引いて御するよりも、重要なのは操る者との関係性だ。


「そうだな、ユウトにさせる」

「ユウトくんに?」

「多分大丈夫だ」


 ユウトやエルドワが事前に言い含めておけば、おそらくアシュレイは自分の判断で動ける。

 そしてザインの城門を出てしまえば、テムに着くまでずっと手綱を握っている必要もないだろう。


「後は問題ないはずだ。今日はこれで宿に戻る。……あんたにはいろいろ手配してもらって助かった」

「お気になさらず。こちらもレオさんたちがテムの村に行ってランクAゲートを潰してくれるというだけで、ものすごい恩恵ですから。巨大虫の素材をたくさん納品してくれるとさらに嬉しいです」


 互いに利用し合って持ちつ持たれつ、利害換算の分かりやすいロバートのような男はありがたい。無駄に恩を着せることもない。


「でも可愛らしいユウトくんを泣かせないように、是非あの眼鏡を掛けてあげて下さいね」


 その上で、レオの大事なものは持ち上げて尊重する。自分に向けられるよりもすんなりと受け取れる厚意。それがロバートへの評価を上げる。なんとも駆け引きの上手い男だ。


 レオはそれに片手を軽く上げる事で答えて、そのままユウトとエルドワを引き連れ、リリア亭に帰ることにした。






 翌日、馬車はザインとテムを結ぶ村道を走っていた。

 轍が多く、あまり平坦とは言えない道だが、アシュレイはものともせずに進んでいく。その力強さ、2頭立てで引くよりも馬力があるようだ。


 幌馬車の御者席ではレオとユウトが並んで座り、その膝の上にエルドワがいる。2人とも手綱は握っておらず、ペースは完全にアシュレイに任せていた。


「すごく乗り心地が良いね。前に同じ道で尾てい骨が砕けそうになってたのが嘘みたい」

「テムの馬車は荷車の延長みたいなものだったからな」

「それもあるけど、アシュレイの馬車の引き方が上手いんだよ。路面の状態によって微妙にスピード変えたり、轍でガタガタのところ避けたりしてる」


 確かに、無駄にスピードを出して震動するようなこともないし、小石に車輪が引っかかるようなこともない。きちんと周囲を見て判断する賢さがある。かなりできる馬だ。

 農場主に対しては発揮されなかったが。


 しかしこうしてみると、寝てばかりいた身体には到底見えない。

 走り込んでいるようなしなやかな筋肉が付いているし、その足取りも軽やかだ。

 調教師が、この馬は農場主の与り知らぬところで何かしていたかもと言っていたようだが、確かにそうとしか思えない。


 農園ができる前からずっとあの場所にいたようだし、謎の多い馬だ。一体アシュレイは何者なのだろう。


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