弟、人型の精霊と話す
カチナの依り代への召喚を何度か試してみて、ディアから送還の仕方や複数の精霊がいる場合の入れ替えの仕方などを教わる。
依り代が一つしか無いから一度に一体の精霊しか呼び出せないが、コツを覚えればどうにかなりそうだ。後は他の精霊とも契約ができてからおいおい慣れていこう。
その練習が終わると、ユウトとディアは実習室にある机に座った。
「さて最後に、レオさんが言ってた精霊の祠開放の話ですわね。精霊たちは全面的に協力してくれますけれど、直接的な作用は期待出来ませんから、ユウトくんやレオさんが頼りですわ」
「はい、頑張ります」
『ここからは私も話に加わろう』
さっきまでは無言だった人型の精霊が、2人が挟む机の上にやってくる。未だ30センチ程度の大きさの彼は、そこであぐらを掻いた。
発光する人型は、その顔も表情も分からない。ただ、何となく雰囲気がレオに似ている、とユウトは思っている。
もしも彼とカチナのような契約ができるなら、実体化した姿が見られるのだけれど。きっとその姿は兄のような男前だろうと想像する。
「精霊の祠って、各地にあるんですよね? 全部で何カ所あるんですか?」
「5つですわ。もう開放したバラン鉱山を除くと4つですわね。……ええと、確かこの教室にも地図があったはず」
ディアは立ち上がると、教壇の横にある資料棚から軸に丸められた地図を取り出した。それを持ってきて机の上に広げる。
これは中央に王都を配したエルダールの世界地図だ。
「こうしてみると、エルダールって小さな村が結構ありますね」
「そうですわね。それぞれの大きな街に対して、周囲に4・5個の村がありますわ。さらにそこから、海の方に漁村があったり、山の方に放牧場中心の畜産村があったりしますのよ。昔は利権が絡んで物流が滞り、貧困村が多かったのですけれど……。今は生産者ギルドなんかが出来てずいぶんと改善されているようですわね。今の国王は大した手腕ですわ」
「やっぱり、ライネル陛下はすごいですよね!」
ライネルを褒められて、ついユウトも嬉しくなって声が弾む。
長兄がこうして人々のために整えてきた国だ。国民が豊かで、皆がライネルの統治を讃えている。国と民が一丸となって、ここまで復興したエルダール。何としてもみんなで護らなければ。
意気込むユウトにディアが微笑んで、話を続けた。
「その数多い村の中でも、比較的大きな村の近くに精霊の祠はありますのよ。……いえ、逆ですわね。精霊の祠の近くの村は、マナの恩恵があるので比較的大きくなるのですわ」
「ラダの村は小さかったけど……あ、そうか。精霊の祠が閉じてしまうと、村も衰退しちゃうんですね。元々はずいぶん賑わってた村みたいですし」
「おそらく他の村も、マナを失って大変な思いをしているはずですわ」
『憐憫の情をもよおすくらいなら、とっとと竜穴の開放をしてしまうことだ。話を進めろ、ディア』
「んもう、デリカシーのない精霊ね」
突っ込んだ精霊に、ディアは肩を竦める。
しかし言われた通り、素直に精霊の祠の場所の話を再開した。
「祠のある村は、テム、ユグルダ、ガント、ベラールの4つですわ。テムはザインの管轄、ユグルダは王都、ガントはジラック。ベラールも王都管轄ですけれど、これはずっと外れた南の大きな漁村ですわね」
「へえ、テムの近くにも精霊の祠があるんですね! ちょっと相談してみようかな」
ちょうどテムには行きたいと思っていた。次はそこでいいかもしれない。兄もきっと賛成してくれるだろう。
『テムの祠には「力」が封じられている。ユウトが開放するには向かないかもしれない。……おそらくあの男の助力が必要になる』
「レオ兄さんですね」
この精霊は、何故かレオのことを『あの男』と言い、名前で呼ぼうとしない。ユウトやディアのことはちゃんと呼ぶのだけれど。
ユウトが名前で言い直すと、精霊は少し不満げな様子で頷いた。
『不本意だが、テムの精霊の祠を攻略する時は、一時だけそのペンダントをあの男に預けることを許可する。細かい指示が必要になるからな。本当に不本意だが』
「……精霊さんって、レオ兄さんが嫌いなんですか?」
「嫌いじゃなくて、気にくわないのですわ、ユウトくんといちゃいちゃするから。ヤキモチですわよ」
『……ふざけたことを抜かすな、ディア。確かにあの男のユウトへのスキンシップが激しいことは非常に目に余るが、断じてヤキモチなどという俗な感情ではない、クソが』
……何だか、やはりこの精霊はレオに似ている。そして、似ているからこそ兄とはとことん性格が合わなそうだ。
そういえばレオも、先日彼の姿を見た時にあまり好意的な様子ではなかった。
「僕は精霊さんもレオ兄さんも好きだから、2人が仲良くしてくれると嬉しいんですけど」
「うふふ、それは無理な話ですわ」
ディアが含みのある表情で笑う。
そんな彼女の微笑みに、精霊が舌打ちをした。
『あの男の話はどうでもいい。それよりもユウト、今度の祠で悪魔の水晶のような不思議な物を見掛けたら、不用意に触れるな。あの時はお前と会話が出来なかったから焦った。これからは私に相談しろ。お前は私が護る』
この過保護な感じもレオにそっくりだ。それを指摘すると嫌がられそうだけれど。
「……最初からですけど、加護を与えてくれたり、精霊さんはどうしてそんなに僕に良くしてくれるんですか?」
「ほんと、過保護ですわよねえ」
『……お前は私にとって特別な存在なのだ。そうとしか言いようがない』
「特別な存在?」
『考えるな。私は絶対的なお前の味方であると、それだけ知っていればいい』
どうも、彼はユウトに目的や正体を明かしたくないらしい。
ペンダントを手に入れてすぐの頃に名前を訊ねたが、この精霊は教えてくれなかった。
もちろん、ゲートに閉じ込められていた理由も、力を分離させられ封じられている理由も、何も分からない。
ただ、彼が言うように、ユウトの味方であることは何故か信じられた。
不思議な精霊。
もし精霊の祠を全て開放することができたら、少しは彼のことを知ることができるのだろうか。
「とりあえず、そろそろレオさんとマルセンくんのところに戻りましょう。ユウトくんは精霊術も覚えましたし、次の行く先も決まりましたしね」
「あ、はい。ご指南ありがとうございました、ディアさん」
「うふ、相変わらず礼儀正しい良い子ですわね、ユウトくん」
ディアはユウトの頭を撫でると、机の上に出していた地図をしまって、教室の鍵を開けた。




