弟、精霊術を体得する
控え室を出たユウトは、ディアに連れられて魔法実習室にやって来た。
こんな突然に教室を使わせてもらえるのだろうかと思ったけれど、彼女が学校長らしき人物に「使わせてもらいますわ」と一言言っただけで「はいっ、どうぞ!」と喰い気味に許可された。
どうもディアは魔法学校ですごい影響力があるようだ。
実習室に入ると鍵を掛け、そうすることで内側の魔法が外に漏れないようにする結界が張られる。逆に外からの干渉も受けない。
王都では大きな攻撃魔法が結界によって打ち消される仕様になっているが、おかげでここではそれを放つことが可能なのだ。
準備を整えると、ディアはユウトを振り向いた。
「さあ、まずは精霊たちの説明をしますわ。この世界には八百万の精霊がいるのですけれど、それを統べるのは大精霊、その下に4人の主精霊がいて、彼らの下にさらに12人の親精霊がいますの。この精霊たちが全ての子精霊たちをまとめている感じですわね」
「……何だか階級付けが魔界と似ていますね」
「遙か昔、世界のバランスを取るために魔界の王とこの世界の大精霊が取り決めをしたと聞いていますわ」
「えっ、魔王と大精霊が?」
その真逆の存在っぽい2人が話し合いをしたということだろうか。ちょっとイメージが湧かない。怪訝に思って返すと、ディアは苦笑をした。
「実は名前が違うだけで、魔王も大精霊も同じ出自ですの。世界樹の創る世界にはそれぞれ統治者が割り当てられていて、それがこの世界では大精霊、魔界では魔王と呼ばれているだけですわ。他の世界にも神と呼ばれていたり母と呼ばれたりしている統治者がいますが、皆同じ世界樹の使いですのよ」
「そうなんですか? 魔王とか極悪なイメージだったんですけど……」
「基本的に、世界樹の使いたちは自身の世界の住人たちに不干渉ですわ。ただ、世界の理に背く住民を制したり、世界を脅かす事象を起こすものを排除したり、世界を管理しているだけ。世界樹と違って感情を有していますが、大体は冷静で思慮深い方々ですのよ。魔界を統べているからといって、極悪なわけじゃありませんわ」
ディアはまるで大精霊や魔王と会ったことがあるかのように話す。
それが不思議な感じだったけれど、ユウトは素直に頷いた。
「そうだったんですね……これからはちょっと認識を改めます」
「そうしていただけるときっと彼らも喜びますわ」
うふふ、とディアが微笑む。
ユウトの認識が変わるだけで世界樹の使いたちがどうして喜ぶのか分からないが、何故か周囲にいる精霊たちも同意するように2人の周りを飛んだ。
「では話を戻しますわね。説明した通り、大精霊を筆頭に主精霊4人、親精霊12人いるのですけれど、精霊術で手を貸してくれるのは主精霊ですの」
「うわ、とても偉い精霊さんが助けてくれるんですね」
「だからこそ精霊術を使える者は稀なのですわ。その権利を有するのは、精霊に認められ、このペンダントを託された者だけですのよ」
「へえ……ありがたいです」
ユウトは自分の瞳の色に似た宝石のペンダントを握りしめる。
これは本当に貴重な物なのだ。
「さて、まずは私のお友達の主精霊を呼びますわね。……カチナ」
ディアが呼ぶと、彼女の元に発光する鳥がやって来てその肩に留まった。普通の精霊は球体だけれど、偉い精霊には形があるのだろうか。……だとすると、ユウトに加護を与えてくれている人型の精霊も、もしかするとだいぶ偉い階級なのかもしれない。
「カチナさん……って、ディアさんが以前ゲートで精霊術を使った時に来てくれた精霊さん?」
「そうよ。力や戦を司る精霊ですわ。ちょっと規律に厳しくて、お小言が多いのがウザいのですけど」
『ウザいとは何だ、ディア! お前というやつは、無鉄砲でひとの言うことを聞かないし、見てるこっちがハラハラするのだ! お前がいなくなってから、どれだけ探し回ったと思っている!』
ペンダントのおかげで、実体化したときに聞き取れなかった彼の言葉も今回はちゃんと理解出来る。
あの時も小言を言っているっぽかったけれど、やっぱりそうだったのか。ただ、言われる当のディアは、まるでどこ吹く風といった表情だけれど。
「カチナさん、先日はご助力頂いてありがとうございました。ええと、今後は僕も精霊術を使わせて頂くので、よろしくお願いします」
ぷんぷんと怒っているカチナに、ユウトはぺこりとお辞儀をした。
それに気付いた鳥は、明らかに雰囲気と声音を変えてこちらに応対する。
『ああ、こちらこそ、愛し子よ』
「……愛し子?」
「そういう呼び方は一般的じゃありませんわ。ユウトくんと呼んであげて下さいな」
『ユウト……ふむ、それが今の名前か。失礼しました、ではユウト様。このカチナと是非契約を。お呼び頂ければ、いついかなる時でも馳せ参じましょう』
「あ、あの、様とか付けなくていいですよ?」
『これは私の自由意志です、お気になさらず』
「カチナ、私に対する態度とまるで違うのですけど……」
『その理由は自分に聞け』
「んもう、意地悪ですわ。……まあ、ユウトくんは可愛いから気に入るのも当然ですけれど」
ディアは少しだけ不服そうに肩を竦めたが、すぐにころりと表情を変えて笑顔を見せる。
そして再びユウトに説明を始めた。
「カチナのような主精霊と契約をすると、依り代さえあれば実体化して力を貸してもらえるようになりますのよ。……本来の契約は主精霊から上から目線で評価されて、合格した場合に結べるものなのですけれど、まあ、ユウトくんなら一発ですわ」
「え、僕、合格できますか?」
『もちろんです。少なくとも私はあなたに従います。ここにはいませんが、おそらく他の3人も同じはず……。ディアとは相性が悪いですが』
「相性が悪いわけではありませんわ。ただ彼らがちゃんと契約文言を詠唱しないと来てくれないから、あまり呼び出さないだけで」
「契約文言の詠唱……。マルさんが言ってた、全部かっちり決まっているっていう?」
「そう、それですわ」
ディアは軽く眉根を寄せ、こめかみに指を当てる。何かを思い出そうとしているようだ。
「精霊術では、主精霊を呼び出すための文言を丸暗記して一字一句間違えてはいけないのですけど、まあ、その詠唱が長くて長くて……。うーん、もはやカンペがないと思い出せませんわ」
「えええ、僕、覚えられるかな……。でも、カチナさんはそんな詠唱しなくても来てくれてましたよね?」
『私はこれでもまだ、ディアと相性が良い方なのですよ。精霊術士と主精霊の間に信頼関係や友人関係ができれば、詠唱がなくても駆けつけます。ディアと私以外の主精霊は、まだ契約ガチガチのビジネス関係ということですね』
「なるほど」
ディアがカチナをお友達と言うのは、正にそういうことなのだ。
他の主精霊たちはそこまで親密でないから、契約通りに手順を踏んで正しく呼び出さないと来てくれない。確かにビジネス関係っぽい。
「じゃあ僕も、皆さんとビジネス契約をするところからでしょうか。まずは、カチナさんとの契約って、どうすれば良いんですか? 詠唱する文言も教えてもらわないといけませんよね」
「ああ、そういえば契約には依り代となる世界樹の木片が必要なのでしたわ。カチナ、準備して頂けたかしら?」
『もちろんだ、採りに行ってきた。ユウト様、こちらを』
ユウトの目の前に光の玉が現れ、その中から世界樹の木片が現れる。形は少し違うが、大きさはディアが持っていたものと同じくらいだ。ユウトはそれをどぎまぎと受け取った。
「契約は、その木片を通してするのですわ。ユウトくん、その木片を両手で持って上に掲げて下さいな」
「こ、こうですか?」
ディアに言われた通り、両手で木片を持って頭上に掲げた。
すると彼女の肩に乗っていたカチナが飛んできて、今度はユウトの肩に留まる。その重みはまるで感じなかったが、カチナから流れ込む魔力が腕を伝って上っていき、持っていた木片がじんわりと熱を持つのが分かった。
やがてその表面に、サクランボ大の刻印のようなものが浮かび上がってくる。これがカチナとの契約の証だろうか。
くっきりと刻印がされると、鳥はそれを確認し、再びディアの肩の上に戻った。
『これで私との契約は完了です。その刻印は、ユウト様の魔力と私の魔力を結びつける証。他の者には扱えません』
「……こんな簡単でいいんですか? 詠唱する契約文言は?」
「ユウトくんはみるからに良い子ですもの、必要ないですわ。ねえ?」
ディアが肩に乗るカチナに同意を求める。
それに彼も頷いた。
『詠唱は不要です。私の力が必要な時はこの木片を手に、我が名をお呼び下さい。それで十分です』
「ええ? ど、どうして僕がそんな優遇をされるんです?」
『あなたは、我々がずっと待っていたひとだからです。無垢なる魂を持った愛し子よ』
「ずっと待っていた……?」
カチナの言う意味が分からない。ずっと待っていたって、どういうこと?
困惑するユウトにディアが苦笑し、手を伸ばして宥めるようにその頭を撫でた。
「まあ、今後おいおい分かってきますわ。あなたが精霊にとってどんな存在なのか。……とりあえず、カチナはこれで呼び出せるようになりましたし、他の3人とも機会があったら契約してくださいな」
「他の3人……って、どこにいるんですか?」
「さあ、どこかしら。私が呼び出せれば良いんですけれど、カンペないですし……まあ、そのうち向こうから寄ってきますわ」
『お前はどうしてそう適当なんだ』
カチナが呆れたように言うが、ディアは気にしない。
「まあ、偶然会った時のために、特徴だけ伝えておきますわ。他の3人の主精霊は、知恵を司る蛇の姿をしているもの、愛情を司る猫の姿をしているもの、守護を司る犬の姿をしているもの、ですわ」
「はあ……会えたとして、いきなり契約して下さいって言っていいものなんですか?」
「平気ですわ。というか、多分向こうから言ってきますけど。……ま、困った時はその精霊に聞くといいですわ」
そう言って、彼女はユウトの傍らにいた人型の精霊を指差した。
……そういえば、この精霊は主精霊のひとりではなかったが、親精霊あたりなのだろうか?
階級が下だとしたら、訊くのはちょっと失礼だろうか。
今度ほとぼりが冷めた頃、こっそり訊いてみよう。




