兄、ジアレイスの移動履歴を知る
「ジアレイスが今どこにいるかは、どうやって分かるんだ?」
マルセンがテーブルに広げた地図は、その四隅に術式の書かれた羊皮紙だった。これで場所を特定するということか。
そこにはあちこちに赤い印が付いているけれど、現在地をどうやって見るのかは分からない。
レオが問うと、マルセンは懐から先の尖った錘の付いた銀製のチェーンを取り出した。
「ダウジングだよ。地図の上でこれをかざすと術式に反応して、このペンデュラムの先がジアレイスのいる場所を指す」
チェーンの端っこを持ってだらりと垂らし、マルセンが地図の上に錘の部分を近付ける。
するとその先端は、俄にゆらゆらと回転すると、何かに引かれるようにぐぐぐと斜めを向いた。そちらがジアレイスのいる方角ということだ。
そのベクトルに逆らわずにマルセンが手を移動させると、錘はある場所を示して停止した。
ジラックの街だ。
「今はジラックにいるということか」
「だわな。ちょっと待って、ここに一度印を付けて、と」
地図に赤い印を付けたマルセンは一度それを片付けて、今度はジラックの街周辺の地図を取り出した。
そして再びダウジングをする。
すると、錘はジラックの街中、領主の屋敷のあたりを指した。
「ジアレイスの現在の居場所はジラック領主の館……。まあ、想定内だな」
そこには、すでに無数の赤い印が付いている。つまりマルセンが調べた時に、それだけこの場所にいることが多かったということだ。
ただ、同じジラックでも他にも赤い印が付いている場所があった。
「……この場所は?」
領主の屋敷と別の場所に2カ所。それを訊ねると、マルセンはそれぞれを指差して答えた。
「こっちは貴族の別荘区、もう1個は墓地だ。何しに行ってんのかはさすがに分からんが」
「貴族の別荘と墓地……」
その場所に、レオは心当たりを見付けて眉を顰める。
貴族区にはアレオンの偽物を担ぎ上げようとしている反国王派がいて、墓地には建設中の用途不明の不気味な塔があった。元から疑ってはいたけれど、そのどちらにも魔研が関係しているとこれではっきり裏付けられたようなものだ。
「……今ジラックに向かったところで、捕まえるのは無理だろうな」
「館に入ろうとすったもんだしてる間に逃げられるだろ。魔研の奴ら、転移魔石を何個持ってるのか知らんが、緊急離脱分を用意していないわけねえしな」
「やはり転移を封じる空間におびき寄せるか、魔石を使い切らせる方法を考えないと無理か……」
現在地が分かっているのに捕まえられないのがもどかしい。
しかし、こうして移動履歴のデータが溜まっていくのはありがたい。分析して傾向を知ることが出来れば、今までの後手後手から、いくらか事前予測をして動けるようになるからだ。
マルセンが赤い印を付けているのを横目に見つつ、レオはテーブルの横に丸まっている他の地図を指差した。
「そこにあるのは各地の地図だろう? 見てもいいか」
「ああ、構わねえよ。一応言っとくと、村の地図は印1個も付いてないから見る必要なし。やっぱ王都とジラック、ザインが主だな」
そう言われて、たまたま手に取ったザインの地図を見る。
しかし開いてみると、ジラックのような頻繁な来訪は見当たらなかった。
「ザインはあまり眼中にないようだな」
「あそこの存在感のない領主の爺さんは陛下にほぼ内政丸投げだから、ザイン自体が王都の一部みたいなもんだ。変に力を持った突出した貴族もいないし、常駐する憲兵も多い。ジアレイスたちが従えようとしてもあまり旨味のない街なのかもな」
ザインの領主はかなり老齢の好々爺で、野心がない。普通の『ザインのみんなのおじいちゃん』という感じだ。跡取りもおらず、昔からライネルを孫のように可愛がっていた。
本人は自身が凡夫だと自覚しているからこそ、後任も国王任せ。ある意味潔い彼を、ジアレイスが取り込もうとしても無駄だろう。
あそこはそれほど気に掛けなくて良さそうだ。
レオはザインの地図を綴じ、代わりに王都の地図を取り出した。
開いてみると、今度はジラック並に目立つ赤の印が付いている。
ただし、王都の街中よりも、城門の外の印の方が多いようだった。
向かいからマルセンがのぞき込み、赤い印の多い場所を指で差していく。
「王都の街中だと、冒険者ギルド、王宮、魔法学校あたりにいることが多いようだな。ギルドはおそらくウィルを観察するため、王宮や魔法学校は聖属性の人間を探すためだと思う。ただ、俺と鉢合わせるのが嫌だからか、街中での滞在時間は短いな」
「この城門の外の印の場所はどんなところだ? あんたは行ってみたのか?」
レオは一番印の多い、城壁の外の一角を指差した。
「ああ、もちろん。……でも、何の変哲も無い森の中でな。うろうろしてみても何も起こらねえし……。そこに何かがあるのは確かだと思うんだが」
「森の中……そう言えば狐がジアレイスの後をつけていたら、森の中でぱっと消えたと言っていたな。もしかすると、そこにアジトへの転移装置があるのかもしれん」
「転移装置か……」
レオの言葉に、マルセンが考え込むように視線をずらし、顎を擦った。彼も『そこに何かがあるのは確か』と言うくらいなのだから、何か思うところがあったのだろう。
しばし逡巡をすると、その視線をこちらに戻した。
「……この位置にいるジアレイスを探知すると、高い頻度でその後に感知不能になるんだよな。もしそこに転移するための何かが置いてあるとすると、その転送先は……」
「この世界じゃない場所ってことか」
「……そういうことになる」
特定探知の術は、この世界にあるのならどこまでも追尾できる。それが感知不能になるということは、ジアレイスはこの世界以外の場所に飛んだということだ。
本来なら俄には信じがたい内容だが、しかしレオは少し前にそれらしい世界の存在を知ってしまっていた。その世界に飛ばされたユウトによって。
「もしかすると、そこには悪魔の水晶による転移装置があるのかもしれないな」
「悪魔の水晶……!? それって魔界にしか無いっていう、人間には見えない特殊な水晶のことか? そんなものが、この世界にあると……?」
「俺もよく分からんのだが、ユウトが先日バラン鉱山でその鉱石に触れて、異世界に飛ばされたんだ。そっちにも魔研が絡んでいたみたいだし、同じ機構が使われているのかもしれん」
「……ん? 待て、ユウトが異世界に飛ばされた……?」
マルセンは、レオからさらりと告げられた事実に瞳を瞬いた。聞き捨てならんとばかりに身を乗り出す。
「この世界からユウトが失われていたということか……!? もしも魔尖塔が現れていたら、どうなっていたか……」
「大丈夫だ。魔尖塔はユウトが戻ってきたら跡形もなく消えた」
「え、ちょ、現れてたのかよ、魔尖塔!? そういや、先日不気味な波動を伴った地鳴りが響いたことがあったが……もしかして、あれか! あっぶねえな! 世界滅ぶぞ!」
「仕方が無いだろう、不可抗力だ」
あれは事故みたいなものだ。その後のレオとネイの一件も含めて。
しれっと返すと、マルセンは一瞬言葉を失ってから、呆れたようなため息を吐いた。
「まあ、問題が無かったならいいけどよ……気を付けろよ、ホントに。だが、魔尖塔が現れてもユウトが世界に戻ってくれば消えるというのは助かったな」
「……塔が完成してしまうとまた話は違うのかもしれんが、とりあえず組み上がっている最中に戻ってこれるなら、ユウトの存在で消せるようだ。それに今後は各地の精霊の祠を開放することで失われたマナも取り戻せる。世界にマナが満ちれば、ユウトが不在でも魔尖塔の出現を抑えることが出来るようになるかもしれん」
そうなれば、世界に縛られるユウトの枷が少しは外れる。竜穴の開放は、その意味でもレオにとって進んでやるべき仕事だ。
「何にせよ、無茶はすんなよ。……しかし、もしそのユウトが飛んだのと同じ機構で転移しているとすると、行き先も同じだったりすんのか?」
「おそらくは。ユウトに聞いた話だと、その異世界には研究所のような建物があって、森にはキメラが放たれていたらしい。ジラックから連れて行かれた人間が、実験に使われてもいた」
「……確実じゃね?」
「まあな」
実際自分が見ていないから断言はしないが、ほぼ確定だ。
「この世界で感知できない時は、その世界に飛んでるということか……。しかし、異世界への行き来はそこからしか出来ないと考えれば、上手くその場所を押さえることでジアレイスを捕まえることができるんじゃねえか?」
「……どうだろうな。そう簡単にいけばいいが。……俺はこの異世界への入り口を、王都のすぐ近くに作っているのが気に掛かる。どうせ転移魔石で移動するならもっと見付かりづらい国の外れの方に作れば良いのに、なぜ王都を出てすぐの森の中なのか……。いや、いっそジラックに作った方が転移魔石を使う必要すら無かったかもしれんのに、何故王都なのか?」
「あー、確かに、妙な思惑を感じるな。……何か俺たちに分からない仕掛けを施している可能性はある。少し慎重になった方がいいか」
魔研の奴らは一部の魔族の力も借りている。思いも掛けない罠を施されているかもしれないのだ。
「とりあえずは、今後もジアレイスの行動範囲をチェックしておいてくれ。次の動きが見えれば、打つ手があるかもしれん」
「了解」
何にせよ、この行動履歴が後に役立つことは間違いない。
レオの依頼にマルセンは頷き、ユウトたちが戻ってくる前に王都の地図をしまった。




