兄、マルセンの報告を聞く
借りていた世界樹の杖をディアに返したいというユウトの意向に沿って、レオたちは魔法学校にある魔法研究室の控え室に来た。
ネイは先に報告のために王宮に行ってしまったから、ここにいるのはレオとユウトとエルドワだけだ。
そしてテーブルの向かいに座っているのはディアとマルセン。
マルセンだけが今ひとつ不可解な様子だった。
「ええと、ディア先生とお前らの関係って、何? ユウトは世界樹の杖借りちゃってるし……。20年も失踪してたこの人と何の接点があったん? 理由もなくそれ貸さないでしょ」
マルセンはレオたちがランクSSSとして王宮付きで活動していることをまだ知らない。怪訝に思うのも無理はないだろう。
しかし、うっすらと何かを勘付いていそうでもある。
まるでわけが分からないというよりは、ちゃんと説明をしろという語調だ。
まあ、彼にならその秘密を明かしてもいまさら差し障りはない。
レオはあっさりと告げた。
「ザインのゲートを攻略しに行ったらたまたまその女を助けた」
「……ディア先生が失踪していたゲートって、王宮管轄で封印付きのランクSSだぞ。先日それを攻略したのは、王宮専属ランクSSS冒険者だと聞いたが」
「そうだな」
軽く肯定すれば、それだけでマルセンは理解したようだった。
つまり、そのランクSSS冒険者がレオたちだということだ。
「やっぱりそうか……」
彼は然程の驚きもなくその言葉を受け入れる。
国王の肝煎りで魔法学校に来たユウトに、上位魔物を容易く倒すレオ。この小さなエルドワですら、特上魔石を採ってくるような強者だ。それを納得させるだけの事実はいくらでもあった。
「うふふ、良かったですわ。これで今後堂々とユウトくんたちと会えますわね」
マルセンの隣でディアが微笑む。その胸には精霊のペンダントが下がっていた。
「やっぱり、ユウトくんも手に入れましたのね、これ」
「あ、精霊のペンダントですね。はい、バラン鉱山で精霊さんに頂きました」
「じゃあさっそく精霊術を教えて差し上げますわ。……と言っても精霊の紹介と、その役割を教えるくらいですけれど」
「ディア先生、そんな簡単でいいのか? 精霊術で呼び出すような上位精霊は、気難し屋が多いと言ってたろ。契約とか詠唱とか、何から何までかっちり決まってて……」
「そうねえ。でも大丈夫ですわ、ユウトくんなら」
どういう根拠なのか、そう言ってディアはにこりと微笑んだ。
「さあ、善は急げですわ。実習室を借りて精霊術の練習をしましょう。レオさん、ユウトくんをお借りしてもよろしくて?」
「待て、その前に各地の精霊の祠を開放するのに、あんたの意見を聞きたいんだが」
「そのあたりは精霊の方々とユウトくんと私で話し合いますからご心配なく。マルセンくん、私たちが実習から戻ってくるまでレオさんのお相手をよろしくお願いしますわ」
「俺はいいけど……」
マルセンがこちらをちらりと見る。
ユウトを勝手に連れて行かれることについ眉根が寄ったが、精霊術を伝授してもらえるなら文句は言えない。レオは無言で見送ることにした。
自身でコントロールが必要な魔法と違って、精霊術は呼び出した精霊が勝手に戦ってくれる。それに、倒されたり魔力を使い果たしたり入れ替えをしたりしないかぎり、戦闘の最後までいてくれる。単純にパーティが1人増える感じだ。これはかなりありがたい。
さすがにヴァルドの召喚ほどの便利さはないが、ユウトを護れる戦力はいくらあったって構わないのだ。
「じゃあ、行ってくるね、レオ兄さん」
「ああ。気を付けろよ」
エルドワをレオに預けて、控え室を出て行く弟を見送る。
すると向かいでマルセンが深いため息を吐いた。
「……昔からディア先生は自由なんだよなあ。人の話聞かねえし。すげえ人ではあるんだけど」
「すごい人、か。確かに精霊術を操り、世界樹の杖を持つ人間は他にいないな」
「はぐらかされてばかりでちゃんと話を聞いたことはないんだが、何でもディア先生はこの世界を司る大精霊と交渉ができるらしい。杖も、その大精霊から託されたものだと」
「大精霊? そいつって、人間の前には姿を現さないものじゃなかったか?」
「本来はな。だが、過去の文献にも大精霊と交渉した者の逸話がある。危機を知らせる、祝福を与えるなど、大精霊の現れる理由は色々だが。だから、無い話ではないんだ」
「ほう……」
「ま、それ以上の話は分からんがな」
そう言ってマルセンは肩を竦めた。
どうやらディアには抱える秘密がまだまだありそうだ。
しかし現時点では、ここにいる2人で探れる彼女の秘密はもうない。
マルセンは少しだけ扉の向こうを気にしてから、話を変えた。
「ところで、ちょうどユウトがいなくなったから報告しとくわ。あんたらがザインに行こうとしてた時の俺の話、覚えてる?」
「ザインに行く直前にここに来た時のことか? ……確か、ジアレイスが王都をうろうろしているという話だったと記憶しているが」
「そこから先の話だよ」
そういえば、ウィルとユウトが王都を離れるその機会に、マルセンは偽情報でジアレイスをおびき出すと言っていた。
直接顔を合わせ、あの男のコンプレックスを突っつき、付け入る隙を作ると。
「……もしかして、ジアレイスに会ったのか?」
訊ねたレオに、マルセンはにやりと笑った。
「会った途端、すっげえ顔された。予想通りの反応でちょっと笑ったわ」
ジアレイスはこの男に対して多大な劣等感を抱えている。
家柄が自分よりずっと下のマルセンに、魔力も剣も術式の知識も敵わなかったのだ。その上で彼を排除しようと術式を仕掛けたが、それすらも破られ、最後は家柄の力でマルセンを追い出した。
そんな、自分の直視したくない屈辱的な過去を、ジアレイスはきっとフラッシュバックさせたことだろう。プライドが高い男だ、忘れたかった記憶なら尚更。
そんな男の前に突然現れて平気だったのだろうかと思ったけれど、当のマルセンが何だか悪い笑みを浮かべているところを見ると、今回も軍配はこの男に上がったのだろう。
「何があった?」
「魔法学校に聖属性の結界を張れる人間がいるって冗談を流したら、まんまと引っかかってきたのよ。事前にあいつが来そうなところには罠を仕掛けておいたんでな」
「罠? 王都の中では、罠や攻撃術式の発動は制限されているはずだろう」
「罠っつっても、踏むと炎上したり、トラバサミに掛かったりするやつじゃねえよ? ただの探知だ。大仰な術式を掛けるとさすがにジアレイスにバレるからな。一定の範囲内で捜し物や尋ね人を見付ける、王都内でも安心して使える軽いやつだ」
「探知か……なるほど、王都内で居場所さえ分かれば顔を合わせるのは容易だな」
探知によって1回感知されてしまえば、余程遠くに離れてしまうか、もしくは一定時間が経ってしまうまで追尾される。
バレないようにそれを仕掛けて、マルセンは偶然を装ってジアレイスの前に現れたということだろう。
「会ってすぐ戦闘にならなかったのか? あいつにとってあんたは過去の屈辱の権化みたいなもんだろ。この世から消したい男筆頭じゃないのか?」
「うん、まあ、二言三言交わしただけで逆上して何かでかい魔法を撃とうとしたけど、王都内は一定レベル以上の攻撃魔法が打ち消される仕様だからな。何の問題もねえわ」
その二言三言の内容がそれだけで知れるようだ。
しかし、その会話の内容はどうでもいい。問題はマルセンがジアレイスから情報なり気付きなり、何か得るものがあったかどうかだ。
レオは続きを促した。
「それで?」
「あいつが無駄な魔法の詠唱をしている間に、隙を突いて別の探知を掛けた。こっちは、捜し物がなくならないように掛けておく術式だ。王都の仕様には弾かれない。そしてこの世界からその捜し物が失われない限り、どこまでも追尾可能だ」
「特定探知か……! ということは、つまり……」
「ジアレイスの現在地を追うことが出来る」
そう言ってにんまりと笑い、マルセンはエルダールの地図を取り出した。




