弟、イムカを目覚めさせる
「いらっしゃいませ、皆様」
「キイとクウはお会い出来て嬉しいです」
「こんにちは、キイさん、クウさん」
「アン!」
ジラックのキイとクウの家に着くと、2人が出迎えた。
ネイたちは二階にいるようだ。ひとまずユウトを床に降ろして、レオは2人に向き直った。
「最近のジラックの様子はどうだ」
「どんどん良くない気配が漂っています。物流も滞っていますし、住民たちも体調を崩したり、悪い気に侵されている様子。領主に刃向かう気力も奪われているようです」
「納骨堂があばかれたことは知られているのか?」
「いいえ。住民には特に何も。このまま無かったことになるのでしょう」
「ネイさんたちはイムカ殿共々、死んだと思われているようです」
ジラックの様子は少し気になるが、とりあえずネイたちは上手いことやったらしい。追っ手を差し向けられる心配がないのはだいぶ助かる。
「あいつらはイムカと一緒に上にいるんだな?」
「はい。今はあの方をラダの村に運ぶために、ユウトくんを待っていました」
「イムカを運ぶため……?」
「僕が何か役に立てるのかな? レオ兄さん、二階に行ってみよう」
ユウトに急かされて、レオは階段を上がった。
登り切ると、すでにこちらの来訪に気付いていたネイと真面目が、立ち上がって出迎える。
2人の近くにあるベッドに横たわる男がひとり。彼がイムカなのだろう。
「あー、やっぱりレオさんも来るよねえ……」
「お久しぶりです、殿下。弟君は今日も非常に可愛らしく、柔らかそうで良い匂いがしますね」
「真面目、貴様ユウトがくるのを見越して風下に陣取るな。窓際に行け」
「偶然です、殿下」
「殺すぞ」
レオは真面目をしっしっと窓際に追いやると、ユウトを連れてイムカのベッドの側に寄った。じろりとネイを見る。
「首尾は」
「まあ、結果オーライです。ジラックから出られなかったのは誤算でしたが、領主の目を欺いて死んだように見せかけることができました。ラダで静養する間は見付かる心配はないかと」
「リーデンはどうした」
「イムカ殿を連れ出してからは連絡を取っていないので何とも。もしかすると、我々が任務に失敗して死んだと思っているかもしれません」
「……となると、気を揉んですぐにでもラダに飛ぶかも知れんな」
「しばらく動くなって言ったけど、聞かないでしょうねえ」
ネイはやれやれと言うように肩を竦めた。
そうしてレオたちが話をしている間、ユウトがイムカを気にして、その額をちょいちょいと触っている。何かあるのだろうか?
弟につられて、レオもイムカの顔を覗き込んだ。
「イムカは思ったよりは血色がいいな」
「栄養補給を兼ねてタイチ母にもらった回復薬を飲ませてみたら、だいぶ良い感じに人間らしい肌色になりました。ただ、全然目を覚ます気配がなくて。それで、とりあえずラダに送ろうとユウトくんに助っ人を頼んだ次第です」
「……ユウトに何をさせる気だ。わざわざひとりで呼び出すなんて、俺に言えない悪巧みをしているとしか思えん」
「悪巧みって、人聞きの悪い。ただ、レオさんが見たら嫌がるだろうなあと思って気を回しただけです。親切心みたいなものですよ」
レオが見たら嫌がるようなことをユウトにやらせる時点でけしからん。悪巧み以外の何ものでも無い。
「却下」
「まだ何も言ってませんけど」
「もしかして、僕がこのイムカさんという方を抱えて、ラダまで飛ぶってことですか?」
「お、ユウトくん、察するのが早いね。そういうことだよ」
ユウトの言葉でレオも理解する。
つまり、兄が弟を抱えることで同じ場所に転移するように、ユウトがイムカを抱えることでラダに転移させようという魂胆なのだ。
ユウトの持つ他人と2人でひとつになれる能力を利用するということ。
確かに、イムカがラダに行ったことがあるとも思えないし、ユウトが主導で彼と飛ぶというのは理に適っているのだろう。
「却下」
だからといって、納得するかといえばNOだ。この細腕に、本人より身長の高い男を抱えさせるとか。
「やっぱりなあ~。レオさんが来たら許さんと思ったのよね」
「僕、別に構いませんよ。抱えるって言ったって、完全に持ち上げる必要はないんでしょう?」
「うん、とりあえず身体の大半が密着してれば大丈夫。昔、レオさんがユウトくん相手にだいぶ試して……ぐはっ!」
「黙れ」
思わず手が出てしまったがこれは不可抗力だと思う。
「レ、レオさん、蹴りが内臓破裂する勢い……!」
「うるさい。とにかく却下だ」
「もう、ユウトくんと他人が密着するとなると、すぐにヤキモチ焼くんだから……うおっと、危ねっ!」
「……チッ」
二発目の蹴りは察知していたようで避けられた。忌々しい。
「ユウトじゃなくエルドワでいいだろう。こいつも合体転移出来る半魔だ」
「あ、そういえば……って、子犬に転移魔石使えるんですかね? 抱えることもできないし……上に乗る? それで行けるのかなあ」
「悩まなくても別に、僕で良いんだけど……」
「却下」
完全拒否を貫く兄に、弟は少し呆れたように苦笑した。
そして、抱えていた子犬に話しかける。
「エルドワ、転移魔石って使える?」
「アン!」
「そっか」
ユウトはレオの意向を汲んでくれたようだった。
他に解決策があるのなら、兄の拒絶を振り切ってまで強行する気はないのだろう。弟は一旦エルドワをレオに預けて、ポーチの中を探った。そして転移魔石の入っている小さな巾着を、子犬の首輪に括り付ける。
「このイムカさんが目を覚ましてエルドワを抱えられればいいんだよね? それで、エルドワが転移魔石を使ってラダに飛ぶってことで」
「ああ。転移魔石は抱えられる方が使っても飛べるはずだ」
「イムカ殿の目を覚まさせること、できるの? ユウトくん」
「今、精霊さんが使えるアイテムがあるって教えてくれました」
そう言って、ユウトは再びポーチに手を入れると、探し当てたアイテムを取り出した。
葉っぱだ。
「さっき精霊さんと確認したんですが、イムカさんの魂っていうか、精神がだいぶ肉体から離れちゃってるみたいで。それを引き戻すのに、これが使えるみたいなんです」
「……もしかして、朝露を採る時に杖から生えてきた、世界樹の葉か?」
「うん、そう。効能は世界への帰還……肉体から切り離された魂を引き戻す力があるみたい」
「へえ、世界への帰還……蘇生とは違うの?」
「ちょっと違うみたいです。悪魔に魂を狩られた時にそれを呼び戻す感じかな。ナイトメア戦で、精神だけ夢の世界に連れて行かれた時とかもそうですね」
回復と言うよりは、分離したものを引き戻し、結合し直すということか。
これは今後、悪魔や魔界と関わるなら持っていて損はない。上位魔族には人間の魂を食いものにする輩も多いのだ。
「全部で3枚あるのか?」
「うん、これはそのうちの1枚」
残り2枚あれば問題ない。
「ユウトくん、これどうやって使うの?」
「ええと、おでこに貼るみたいです」
「貼る……」
ユウトがイムカの額にぴとりと世界樹の葉を貼った。
……何となく間抜けな光景だ。
しかしそれに体温が馴染む頃、葉っぱは気化するように薄くなり、やがて消えてしまった。
それから数瞬の後、イムカのまぶたが僅かに動く。
意識が戻ったのだ。
一度薄く目を開けかけて、まぶしそうに再び瞑る。それを何度か繰り返したイムカは、ようやく目を慣らして数度瞬いた。
まだどこかぼんやりとしているが、なかなか意志の強そうな目をしている。
「……ここは?」
「ジラックの民家だ。……とりあえず目を覚ましたのならラダに移動するぞ。話はその後だ」
「起きられますか、イムカ殿?」
イムカはネイに手を借りてベッドから起き上がる。そして、ふと自身の身体を見て、だいぶショックを受けたようだった。
「な、なんだこの細った身体は……!? 毎日のトレーニングで鍛え上げた筋肉がそげ落ちている……! キレのない緩慢な動きしかできん! た、立つことにも難儀するだと……!?」
ベッドから降りようとして、膝がガクガクする自分に驚いている。
しかしどちらかというと、目を覚ました途端になめらかによく動く口の方が驚きだ。
「あ、あの、大丈夫ですか……?」
「ワクワクする!」
「……え?」
ユウトがショックを受けているらしいイムカを気遣って声を掛けると、次の瞬間、何故だか彼は目を輝かせた。
弟がそれに目を丸くして呆気に取られる。
「以前はもう完成してしまった筋肉の維持に励んでいるだけだったが、また一から作り直せるなんて……! ビルドアップの楽しみが再び! 目標を決めてさっそく計画を立てねば……!」
……そういえばラダにいるジラック民が、イムカにできる仕事は『ポジティブ』と言っていたか。ちょっと度が過ぎる気がするが。
何となく勢いに押され、3人は無言で一歩下がった。
「……引くぐらい前向きですね、イムカ殿」
「テンション高くてうぜえ」
「何か、ミワさんと話が合いそうですよね」
「このひと、体力作りにラダまで走って行きたいとか言いそうで怖んですけど」
「確かに」
小声のネイの言葉にレオとユウトも同意する。
ラダに移動するとは告げたが、その方法は言っていないのだ。
今の状況を知らないイムカにどう説明しようか。
「アン!」
「おっ、可愛いもふもふワンちゃん!」
レオたちがそんなことを考えている向かいで、エルドワがベッドにぴょんと飛び乗った。
それを見付けたイムカが微笑んで手を伸ばす。どうやら彼は犬が好きなようだ。緩慢にその頭を撫で、抱き上げる。
「あ」
その瞬間、イムカとエルドワが消えた。
おそらくラダに転移したのだ。
何たる速攻。さすが、出来る子犬。
「エルドワ仕事早っ! 問答無用かよカッコ良いな!」
「手間が省けた。俺たちもラダに飛ぶぞ」
「キイさんとクウさんにご挨拶してこないと」
「真面目くん、王都に戻ってここまでの報告書作って陛下に出しといて」
「了解しました、リーダー。ハンカチお待ちしてます」
「……手に入ったらね」
これでようやくジラックからの救出劇は終わりだ。
今度はジラックを救出することになるだろう。もちろんそれは国王であるライネルの仕事。けれどそこに魔研が関わる限り、自分たちも手を貸すことになる。
ユウトの安住の地を作るためには、結局世界を丸ごと救うしかないのだ。そう覚悟を決めて、兄は弟を抱え上げた。




