【ジラックからの救出】5
「この付近、全部が崩落します、リーダー! 回避は不可能です!」
「マジか! ダメージ喰っても良いから、とりあえず生き延びられるスペース探して!」
大崩落は、大きな岩盤がそのまま崩れてくる。上手く大岩と岩盤の間にスペースが出来れば、どうにか潰されずにやりすごせるはずだ。
真面目に指示をすると、瞬時にそれを判断した彼は肩に担いでいたイムカを横抱きにした。
「リーダー、こっちに! できるだけ身を縮めて、頭を庇って下さい! 粉塵も来ますので口元も覆って!」
言われた通りに黒いスカーフを口元まで引き上げて身体を屈めると、次の瞬間にすぐ横すれすれに大岩が落ちてくる。そして坑道全体が歪み、安定を失って一気に崩れた。
まるで身体の平衡感覚を失いそうな、全方向からの衝撃。
もちろん、一瞬で終わるはずもない。体感的には何時間、しかし実質ほんの数分程度。その衝撃はネイたちの世界を埋め尽くした。
砂埃がひどく、目も開けていられない。
それでもやがて、めぼしい場所は崩れきり、地鳴りが収まっていく。
どうやら、これでこの大崩落は終了のようだ。
とりあえず、全員がこの瞬間を生き延びたことにだけほっとする。
しかしすぐに血の臭いを感じて、ネイは真面目を見た。
間にイムカを護ってその向かいにいた真面目の頭と肩口から、血が流れている。たいまつの光の中、それは赤黒く頬を滑り、地面に小さな血だまりを作っていた。
「あー……、無理言って悪かったな。3人まとめて退避するスペースは、作らないとなかったんか」
「問題ありません、これが最善の状態です、リーダー。背後からの岩の流入を防がなければ、どちらにしろ全員助かりませんでした」
「お前ひとりだけでダメージを被ることないのに」
ネイもイムカも無傷だ。もう少しずるくてもいいのに、全く真面目なやつだ、とネイは苦笑しつつ、ポーチを漁った。
「これ飲んどけ。……まさかタイチ母にもらった上回復薬がここで役に立つとはなあ」
「ありがとうございます。……これは、だいぶ高品質のポーションですね。浸透と効果発現が早い」
「あの一族、腕だけは良いからな」
その血が止まり、傷が塞がる。おそらく見えないところにもだいぶダメージを負っていただろうが、それも回復したはずだ。
その効き目に安堵する。
もちろんネイたちはいつも回復薬を持ち歩いているけれど、これだけ効き目が高いものはなかなか手に入らない。……そう言えば、昔まだ名店だった頃のパーム工房で薬を扱っていたが、もしかするとタイチ母が作っていたものかもしれない。
「さてと、こっからどうしようかね。こんな極小空間に男3人でいるのもね」
「この感じだと、崩落はここまでです。ただ、街の外に出るための坑道は全て潰れてしまっていますので、実質この予定していたルートでの脱出は不可能かと」
「真面目くん、転移魔石で先に帰ってもいいよ? さすがに敵も俺たち死んだと思ってるだろうし、俺ひとりでイムカ殿が目を覚ますまでここにいるわ。もう危険もないでしょ?」
「嫌な予感がします」
「えーもう、またあ?」
「おそらくこの空間は長時間滞在するには酸素が足りないんだと思います」
「あーそういう……。こんなことならポーチに酸素いっぱい入れとくんだったなあ。さすがに準備してなかったわー」
確かにこの小空間、真面目がいなくなったとしても大して酸素は保たないだろう。もちろん酸素なんて持ち込めるわけもなく、ネイはポーチを探りながら小さく唸った。
「うーん……。ツルハシで掘り進もうにも、振りかぶるスペースもないしな……。火薬玉で爆破なんて自殺行為だし。……あ、アメちゃんあった。真面目くんにあげる」
「ありがとうございます。……俺は危機回避だけで、活路を見出す能力はないもので……。申し訳ありません」
「謝んなくていいよ、そっちは俺の仕事だし。真面目くんは期待通りの仕事してるよ。全く、お前は真面目で良い子だね」
言いつつ、身体を少し捩って手のひらで岩肌に触れる。
「こっち側が俺たちが入ってきた闘技場跡地方向だよな。この空間から出るならこっちか。真面目くん、壊しても崩落しない岩ってどれか分かる?」
「その右側の大岩です。上にあるのが大きな岩盤なので、ちょうど両脇が支えて天井の役割を果たしています」
「これか。こっから壊していければ……」
「壊せますか? リーダー、どうやって?」
「……今、頭を絞って俺の持ってるリソースを洗ってたんだけどさ。ひとつだけ、サプライズがあったことを思い出したのよ」
「サプライズ?」
怪訝な顔をする真面目の前で、ネイは自分の装備をごそごそと触りだした。
肩、袖、身ごろ、ベルト、手袋、スラックス。ナイフホルダーなどの小物も触る。
「……何をしているんですか?」
「違和感を探してる」
言いながら膝当てを兼ねたストレッチのロングブーツに触れた時、ネイはようやくそれを探し当てた。
「これか!」
「これとは?」
「トゲトゲだよ」
「……トゲトゲ?」
何のことか分からない真面目は、もはやオウム返ししかできない。
そんな彼にネイはにんまりと笑って、膝当ての内側にある小さなスイッチのような突起物を押し込んだ。
その途端、膝当ての表面にスパイクボールのように外側に向かって、トゲトゲが現れる。
ミワ父の仕込みトゲだ。
このサプライズの排除を後回しにしておいて助かった。おそらく膝蹴りなどをした瞬間にスイッチが押し込まれ、発動するようになっていたのだろう。
「ありがてえわ~、アダマンタイト製! お礼のつもりらしいからだいぶ良い性能付けてくれてるだろうとは思ったけど、材質も特上じゃん!」
「そんな仕込みが……! リーダー、これ、ブーツと膝当ては別アイテムになっているようです。取り外しができるのでは?」
「あっ、ホントだ、外れる。……おお、横の金具を折り込むと、内側に握り手ができるんだな。拳に填めてナックルダスターみたいに使えるのか、優秀~」
「取り外した部分の突起、肩にある金具にも填まるようです。ショルダーとしても使えるのでは?」
「……これ、ホントは全部に取り付けたかったんだろうけど、阻止されたから膝の一点に絞って汎用にしたんだな。これ全部付いてたらさすがに引くわ」
やはり阻止してくれと言っておいたのは正しかった。サプライズで付けられたこのくらいでちょうどいい。
後で外してもらおうと思っていたが、これは思わぬところで使えそうだ。
「ブーツと別アイテムってことは、独立した属性が付いてんのかな? あんまり見たことない属性術式が彫ってあるけど」
「これは、体術+と破壊+ですね」
「デストロイ……ミワ父ってなんでこう世紀末臭漂ってんだろ? そして微妙に俺に押しつける悪役モブ臭……解せぬ……」
「破壊+は使い手を選ぶ属性です。普通の人間が付ければ物が壊しやすいという程度ですが、達人になると真芯を捉えて、大きな建物すら一撃で崩せるという属性ですよ」
「怖っ! そんなもんサプライズで付けるとか! 何かの拍子にけつまずいて膝でもついたら、地面割ってたかもしれないじゃん!」
「そんなこと出来る人は滅多にいないです」
「分かってるけど」
文句を言いつつも、トゲトゲをナックルとして握る。
さて、どの程度で壊せるか。
反動を付けるスペースもないが、それでもできる限り腕を引いて、ネイは思い切り拳を岩に叩き付けた。
トゲトゲが、想像したよりもすんなりと岩にめり込む。
それだけで大岩にはヒビが入り、大してこちらの拳に衝撃がなかったにもかかわらず、次の瞬間にはガラガラと崩れ落ちた。
「うわあ、全然腰が入らなかったんだけど、この程度の力で大岩が一撃で壊せんのか。すげえ助かる」
「アダマンタイトは鉱石の中でも無類の硬度ですからね。この程度の岩なら大丈夫でしょう」
「これなら行けそう。真面目くん、次に壊して平気そうな岩どれ?」
「奥の、横の岩です。岩盤同士がつっかえ棒のようになっていますから、その間にある岩は壊せます」
「これか。了解」
人ひとり通れる穴が作れれば十分だ。
ネイは真面目の指示を仰ぎながら岩を慎重に壊していく。
そうして破壊を繰り返し、とうとう崩落していない坑道のスペースに出た。
「抜けた-! 真面目くん、先にイムカ殿を寄越して。あ、お前この穴通れる? 肩幅あるからなあ」
「肩を外せば問題ありません、リーダー。……ふう、さっきよりは酸素が濃いですね」
「ここまでくればもう大丈夫だな。とりあえず坑道の外に出よう。さっき俺が崩した入り口、岩を壊せばあそこから出れるだろ」
「嫌な予感がします、リーダー」
「ぎゃふん」
「今時ぎゃふんなんて言う人いませんよ」
「言いたい気分なのよ。何なの、嫌な予感」
真面目の真面目な突っ込みに返しながら、ネイはうんざりしつつ腕を組んだ。
「おそらく俺たちが戻って来ないかどうか確認するために、外に見張りがいます」
「んもー、面倒臭い~。まあ、もう領主はいないでしょ? もはやここしか脱出口ないし、見張りぶっ殺して出るしかないわ。本当は死んだと思ってもらえる方がありがたいんだけどね」
ネイはそう言ってため息を吐く。それに真面目が少しだけ逡巡してから、口を開いた。
「……だったら、俺の思いつきなんで参考程度に聞いて頂きたいのですが……。ここを確認に来た時に、3つの入り口のうち、一番下が駄目で、ここと、もうひとつは同じ危険度、と言ったのを覚えていますか?」
「ああ、うん、もちろん。そのうち開口の大きいこっちを選んだんだよね」
「あれがどうして同じだったかというと、今考えれば多分中で坑道が繋がっていたからだと思うんです」
「……ん?」
「途中にあった分岐があの穴に繋がっているかもしれません」
「マジで!?」
坑道は蟻の巣のように地下を走っているが、そのほとんどが行き止まりだ。そのうちの同じ坑道に繋がる行き止まりの2つが、闘技場の崩壊によってたまたま口を開けたということ。
偶然だが、あり得ない話ではない。
それにここよりジラック側はあまり岩崩れを起こしていないようだし、出られる確率は高い。
「よし、確かめに行こう。……真面目くんは活路を見出す能力がないって言うけど、ちゃんと貢献できるじゃん。この先は?」
「……嫌な予感はしないです」
「ほら見ろ、確定な」
ネイがにこりと笑うと、真面目も苦笑した。
2人はイムカを連れて分岐から別の出口に移動し、見張りに見付からないように闇に紛れた。
これで領主は、イムカもそれを攫ったネイたちも始末出来たと思うだろう。
「とりあえず一旦キイとクウのとこで匿ってもらお。真面目くんには今度ご褒美あげないとねえ」
「良い匂いがして少女のように可愛らしい、殿下の弟君の匂い付きハンカチが良いです、リーダー」
「お前、それさえなければ良い男なんだけどねえ……。レオさんに殺されるよ?」
2人は軽口を叩きつつ、ジラックの街中に紛れていった。




