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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【ジラックからの救出】4

 向かってきた騎馬部隊は10人程度。

 この暗がりで、闇に紛れることを得意としたネイを相手にするにはだいぶ力不足だ。


 ネイが切っ先をかわせば、それに慌てて槍を構え直す際に、味方の馬を傷付けるというお粗末な失態。急ごしらえで練兵なんてされていないのが丸わかりだ。統制も、アクションスペースの確保や把握も、全然できていない。

 もしかすると、ただ追いつくことだけを重視して馬に乗せられた即席騎兵なのかもしれなかった。


 つまらない。

 そう思いつつも、仕事だからと剣を薙ぐ。

 格下すぎる相手は、自分にとって何の足しにもならない。ただただかったるい。

 多分レオが村ネズミを倒すとの同じ感覚だ。


 そう考えると、先日のレオとの戦いは、死にかけたが実にゾクゾクとするような高揚感があった。

 あの一戦で、自身の感覚の精度が上がった実感がある。彼の強さに強引に引き上げられたような。

 強者ゆえの孤独なんて、レオの前では少しも感じる暇がない。


 だから俺は、あの人の側から離れられないのだ。


 ネイはそんなことを思いながら、作業のようにあっさりと先鋒部隊を壊滅した。






「お待たせ~。どうしたの、途中で立ち止まって。さっき、止まると駄目って言ってたじゃん」


 少し走ると、先の暗がりで真面目が待っていた。すぐに気が付いて声を掛ける。


「このまま闘技場跡地に行くと、そのルートがバレます。鉱山の出口を塞がれれば脱出がままならなくなる。……なのでこの首輪を外してしまおうと思ったのですが……」

「ああ、無理でしょ。この魔道具、闘技場の檻とかと同じで外すには解除コードが必要なのよ」


 昔、ユウトがこれを着けられていた時に、レオがどうにか力尽くで破壊しようと試みたことがあった。けれど、彼の力をもってしても首輪に切れ込みひとつ入れることは出来なかったのだ。


「では、ヴァルドのような魔眼がないと無理では……。これが外せないと、どこまでも追われます。次の追っ手もすぐそこまで迫っている様子です」

「マジか。早えな」

「……次の部隊には領主が同行しているようです。隠れるのは無理かと」

「しゃあない。物理的に追ってこれないようにするしかないね。予定通り闘技場跡地から坑道に入って、入り口を崩落させよう」

「首輪がある限り、出口で待ち伏せされて危険です。入り組んだ内部を歩く我々が敵より先に出口に辿り着くのは困難ですし、進退窮まる可能性がありますが」

「それでも行くしかないよ」


 いっそ領主もろとも追っ手をぶっ殺して終わるなら楽なのだが、そうなるとリーデンの存在が面倒だ。

 彼の意思で王都側に敵対されると、魔研が付け入ってくる。

 未だ民からの支持があるリーデンとジアレイスたちが手を組むのは、とてもじゃないが許容出来ない。


「領主たちに追いつかれる前に、坑道に入るぞ」

「リーダー、嫌な予感しかしません」

「多分どこ行っても同じだわ。気にすんな」

「俺の存在意義……」

「真面目くんに頼るのはここからの瞬間瞬間の危機判断だから。脳みそ絞って脱出すんぞ」

「……了解です」


 真面目の存在は重要だ。とにかく、坑道の中で崩落に潰されることさえ回避できれば、どうにか活路は拓ける。

 暗い坑道の中、それを回避できるのは彼しかいないのだ。


 ネイたちは闘技場跡地に続く月明かりしかない道を、警戒しながらひた走っていく。

 すると背後から馬のいななきと鎧の音が聞こえ、敵が迫っているのが分かった。また騎馬部隊、今度は領主も乗っているのか馬車もいるようだ。

 しかし、ぎりぎり、坑道に入るには間に合うだろう。

 ネイはポーチを漁り、火薬玉を取り出した。


「早く穴に入って、真面目くん! 入り口を爆破する! あ、これで大崩落とかの引き金になんないよね!?」

「それは大丈夫です」

「よっし、奥行って!」


 急ぎ真面目たちを横穴に入れたのと、ほぼ同時に敵が現れる。


「いたぞ! 撃て!」


 こちらを認めた途端に、馬上から弓矢が射かけられた。ネイはそれをかわして穴に入り、火薬玉に火を点けて入り口に置く。

 ここが崩れてしまえば、こちらから追ってくることはできない。

 導火線が焼けきる前にそこから離れると、ネイは坑道の曲がりを利用して爆風に備えた。


 数秒後、地響きを伴う爆発音が鼓膜を打つ。強い風圧と共に、待機していたネイのところまで崩落した岩の破片が飛んで来た。

 岩石が崩れ落ちる音。外気が遮断された感覚。それを確認して、魔道具のたいまつを点け、入り口の方に身を乗り出してみる。

 そこは見事にみっちりと岩石で覆われていた。

 これなら、ここから岩を退けて突入してくることはないだろう。


 ネイはすぐに踵を返すと、真面目の元に急いだ。




 そこからいくらか進んだところで、先を行っていた真面目と合流する。その歩みが遅い。

 おそらくどこもかしこも危険地帯で、感覚にノイズが入り過ぎているのだ。一歩踏み出すにも、だいぶ慎重さが見える。


「真面目くん、一旦止まって、イムカ殿を下に置いて」

「リーダー、すでに進退窮まってます。どこに動くのも躊躇われる状態です。イムカ殿の場所が感知されている以上、逃げ場がない」

「分かってるって。ちょっと、たいまつ持っててくれる? ……この首輪、試しに俺が外してみるわ」

「……リーダーが!? しかし、これは解除コードがないと絶対外れないのでは……」

「まあ、試しだよ、試し」


 ネイはイムカの首輪の留め金を手前に回し、そこに彫り込まれた文字を確認した。


「昔と同じ……。うん、いけるかも」


 実は以前、ユウトの首輪を外したいレオに、首輪の解除コードを盗んでくるように命じられたことがあったのだ。

 ジアレイスが魔工爺様の魔道具の設計図を手に入れて応用で作った首輪。これはあの時と全く同じ作り。

 おそらく解除コードも同じ。

 自身で魔道具術式を構築できないジアレイスは、いちいちその解除コードを変更するごとに、術式を書き換えることが出来ないからだ。


 だとすれば、ネイの頭の中にその解除コードはある。


 ネイはなけなしの魔力を振り絞り、首輪のロック術式を呼び出した。

 ユウトの首輪を外そうと四苦八苦した時に、レオとだいぶこの解除コードのやりとりをしたのだ。大丈夫、まだ覚えている。

 首輪の周りにふわりと浮かんだ帯状の術式にそのコードを打ち込んで、ネイはその術式を再び首輪に戻した。


 すると、金具からカチリと音がする。


「外れました、リーダー!」

「うう、魔力振り絞るのって、戦うよりしんどい……。でもまあ、これで危機がいくつか消えたでしょ」

「危険はまだまだありますが、少しだけ身動きができるようになりました」

「とりあえずこの首輪をおとりにしてどっかの出口付近にポイして、俺たちは別の出口から出るっていうのでどうかな?」

「嫌な予感がします」

「えー、うそー! 良い案だと思ったのにー!」

「まだまだ安全とは言えません」


 言いつつ、真面目は素早くイムカを再び抱え上げた。

 どちらにしろ、我々は進むしかないのだ。

 2人は出口を求めて歩き出す。


「坑道の出口って、いくつぐらいあった?」

「4つです。前回の闘技場攻略の時に調べました」

「領主が首輪に釣られてくれれば、他の3つはがら空きだよね。それでもなお、嫌な予感か」


 首を捻るネイの後ろで、ふと真面目が眉を顰めた。


「……リーダー、さっきの先鋒部隊、全員一撃で仕留めてきました?」

「ん? まあ、そうね、急いでたから」

「容赦ないリーダーの仕事を見て、小心者の領主がわざわざ出口で待ち構えて戦おうとするでしょうか。……出てこられたら怖いから、4つ全ての出口を塞いでしまおうと思うのでは?」

「……うわあ。坑道に完全に閉じ込めようって?」

「進むほどに危機感が増しています。……まずいですね、これは。閉じ込めるどころか、わざと崩落させて生き埋めにする気です」

「ちょ、真面目くん、予感から確定に変わってる!」

「リーダー、駄目だ、戻って!」


 真面目の指示で慌てて道を戻る。

 すると、その瞬間に4つの大きな爆発音がして、今いた場所が轟音と共に落ちてきた岩石で埋まった。それだけでは終わらない。坑道のあちこちで地鳴りが起き、連鎖的に崩落が始まった。


「マジか! 俺たちだけじゃなく、イムカ殿も潰す気かよ!」

「どうせ誰か代わりを作れば良いとでも思っているんでしょう。それが自分になる可能性は考えていないんですね。浅はかな……」


 ネイたちは来た道を急いで駆け戻る。

 おそらく出口全てをダイナマイトで破壊したのだろう。元々不安定だった地盤が雪崩を打ったように崩れてきた。


「俺たちだけなら転移魔石で逃げられるが、イムカ殿を置いていくわけにはいかないしな……。とりあえずここに首輪捨ててこ」

「リーダー、そこ上から崩れてきます! 左に寄って!」

「ととっ、ありがと、真面目くん」 


 岩盤の軋む音が響き、どこもかしこも亀裂が入ってぱらぱらと小石が落ちてくる。時には大岩が崩れて道の半分を塞ぎ、地面が抜けて陥没もした。

 そうしてせっかく進んだ道をだいぶ戻ってしまった頃、とうとう真面目の危機回避で対処しきれない大きな崩落がやってきた。


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