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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【ジラックからの救出】3

 コレコレが作ってくれた罠は、設置するだけの簡易なものだ。そこに、罠に掛けたい相手の条件を術式コードで付けておく。

 今回は攻撃力と年齢をトリガーに、リーデンだけが掛かるように設定して、出動時に必ず通るであろう玄関前に設置した。


「できるだけ派手な罠にしろって言ったから、きっとすごいことになってるぞ~。直接間近で見れないのが惜しいな」

「効果はただの麻痺なんですよね?」

「うん、そう。でも見た目が派手な方がものすごい罠に掛けられた感があるでしょ? これじゃあリーデンが動けないのも仕方ないっていう見せ掛けが欲しいじゃない」

「コレコレさん、きっと楽しく作ったんでしょうね。こういうの大好きですもんね」

「当然、ノリノリだった」


 罠の設置を終え、気配を消したままその場を去る。

 リーデンの方はこれで大丈夫だ。

 ネイと真面目はその足で、イムカの眠っている納骨堂カタコンベに向かった。


「イムカの浄化から領主が動き出すまでに、どのくらいの時間がありますかね」

「術式が切れたことに気が付いて、自宅の私兵に下知するのは早ければ5分くらいか。そこから伝令によってリーデンに連絡が行くのに10分。その間にできるだけ離れられればいいかな。罠が発動すれば何人かは事態を見にそっちに向かうだろうし、大半は城門の警備に回るだろうし。上手くいけば最後まで見付からずに行けるんじゃね?」

「……あまり楽観はしない方が良いかと。少し、嫌な予感がします」

「あ、マジで? ……でもまあ、とりあえず行くしかないしなあ。何かあったらそこで対処しよ」


 軽く言いつつ、ネイは真面目の言葉を受けて気を引き締める。

 今したのは脱出口に辿り着くまでの話だ。つまりそこまでに、崩落とは別の危険を彼が感じているということ。

 どうやら一筋縄では行かない様子だ。


 納骨堂のある貴族街の奥に向かう2人は、一層周囲に注意した。

 途中で見掛けた警邏隊けいらたいをやりすごし、納骨堂の入り口に近付く。そこを閉じる鍵に何か仕掛けがあるかと思ったが、特にそんなこともないようだ。


「真面目くん、扉の鍵任せていい?」

「問題ありません」


 素早く鍵を開けて建物の中に身体を滑り込ませると、ネイはイムカの棺を確認した。

 以前と同じ、棺の鍵にも特に術式は掛かっていない。

 では真面目が感じる嫌な予感とは何なのだろう? 他の可能性も考えながら、ネイはその鍵をピックを使って開けた。


 できるだけ音を立てずに、静かに蓋を外す。

 中には半分魔物と化した状態で眠っているイムカがいた。身長はネイと同じくらいだろうか。しかし皮と骨だけのような身体は、自分よりもずっと軽いだろうと想像する。


「……皮膚に彫られた呪詛が増えてんなあ。領主のやつ、どんだけ恨み辛みの塊なの? あいつ、もしも死んだらそのまま復讐する死者(レヴァナント)になりそうだよな」

「……その予想、洒落では済まないかもしれません、リーダー」

「あー……、ま、そうだわな。イムカが消えた後、魔研が誰をこのポジションに据えるかっつったら、ねえ」


 イムカが浄化されてしまえば、死者を統率する者を新たに用意することになる。すぐには実行しないだろうが、魔研がどう考えるかはお察しだ。

 そして仮に、もしそうなったら、次のジラックの支配者は……。


「建国祭あたりに、面白くないことが起きそうだなあ……」

「……同感です」


 うんざりとしたため息を吐いて、それからネイはイムカに飲ませる世界樹の葉の朝露を取り出した。

 先々への気掛かりはあるが、今は彼を助け出すのが先決だ。

 しかしそれを飲ませようとすると、真面目が僅かに眉を顰めた。


「リーダー、嫌な予感がします」

「ん? 朝露が?」

「朝露……いや、その首輪でしょうか。はっきりはしませんが」

「使役の首輪か。これも朝露でキメラ化が解消されれば効かなくなるはずだけど」


 使役の首輪は、半魔を操るための魔道具だ。ユウトが昔、ジアレイスたちに填められていたのとおそらく術式は同じもの。


「……まあ、まだ予感ってことは、直近の危険じゃないってことでしょ? おそらくこれを明日にしたところで嫌な予感は消えないだろうし、このまま決行するよ。予感の正体分かったら教えてくれる?」

「了解しました」


 元々、自分たちの仕事には常に危険が付きまとう。そして、ネイたちはその危険をどこか楽しんでいるところもある。

 最終的に目的さえ達成出来れば良いのだし、リーダーがGOを出せば、真面目も特に止めはしない。


「よし、じゃあ始めるぞ」


 ネイは小瓶から世界樹の葉の朝露を取り出すと、それをイムカの乾いた口の中に入れた。


 暗い納骨堂の中、ほわりとその身体が光る。

 じわり、と胸の中心辺りから広がる光は、波紋のように身体の隅々まで行き渡った。さっき助けた2人と違い、その変化は一目瞭然だ。


「皮膚の色が……」

「うん。呪詛が抜けていくね」


 闇に同化していた干涸らびた皮膚が、血の流れを得て僅かな月光を跳ね返す。その首筋に指先で触れれば、どくりと脈を打つのが分かった。

 アンデッドにしか見えなかった姿が、人間の態に戻っていく。

 ネイはそれを確認すると、すぐさまマントを外してその身体を巻き取った。


「よし、大丈夫そうだ。やっぱ意識は戻んないけど、これは仕方ないか。真面目くん、イムカ殿のこと担げる? 俺が人の気配を避けて先導するから、よろしく」

「了解しました」


 自身よりも体格の良い真面目にイムカを預けて、ネイは納骨堂の扉を小さく開けて外を見た。

 今なら警邏隊もいない。

 そのまま建物を出て、人の気配を避けつつ脱出口まで最短のルートを選ぶ。


「お、早いな。領主の屋敷に明かりが点いた。もう勘付いたみたいだ。まあ、まずは城門の封鎖からだろうから、まだ時間はあるな」

「……リーダー、どんどん危機感が増しています。楽観はできません」

「あれ、マジで? もしかして、闘技場跡地がヤバそうな感じなのかな? 一旦どこかに潜んだ方がいい?」

「いえ、足を止めるのは余計に駄目な感じです」

「走りながら考えろってことかー」


 真面目が担いでいるイムカに変化はない。彼自身がどうこうということではなさそうだ。もっと他の要因か。


 そうしてネイが考えていると、突然ジラックの街中に、稲光と共に轟音が響き渡った。

 驚いてその方角を見れば、リーデンの屋敷付近に大きな光の玉が見える。それはまるで雷の発生源のごとく、バリバリと放電をしているように見えた。


「……あれ罠のせいだよね? リーデン殿に雷直撃して黒焦げになってそうじゃね? 俺が派手にしてと依頼しといて何だけど、コレコレ、だいぶ頑張っちゃったなあ……」

「コレコレさんはド派手な罠、お好きですからね。でも仕事はきっちりしている方です。ただの麻痺罠だと思いますよ」

「それは分かってるけどさ。まあ、とりあえずこれでリーデン殿の接近は阻止できたわ」


 それよりも、今はじわじわ近付いている危機の方が問題だ。

 ネイはそちらに気を向ける。


 真面目の様子では、城門封鎖による時間のロスは期待出来ないようだった。そして、彼の予感に変化がないところを見ると、このリーデンの屋敷の方もそれほど時間稼ぎの効果はないのだろう。


 それは何故か?

 ……敵は、そこにネイたちがいないと知っているからだ。

 足を止めたら駄目だというのも、止めれば捕まるから。

 ネイはひとつの結論に行き着く。


「俺たちの場所が、最初からバレてる……?」

「リーダー、追っ手が来てます」


 それを肯定するように、真面目が敵の来訪を告げた。

 やはりか。

 軽く視線だけで振り向いて、ネイは辟易としたため息を吐いた。


「早えなあ。ほとんど最短じゃん」

「漠然としていた危機が鮮明になってきました、リーダー。これは……」

「うん。イムカの付けてる首輪に、使役と別に探知の術式が掛かってるんだな」


 真面目の危機感知とほぼ同時に、ネイも答えに辿り着く。

 彼が首輪が気になると言っていたのはこのせいだったのだ。

 ピンポイントで居場所を探る、探知の術式。これは妨害さえなければ地下でもどこでも感知される、厄介なもの。

 着けたままラダに行くわけにもいかないし、逃げ切るためには、どうにかしないといけない。


「……とりあえず領主はいないみたいね。まずは足止めのための先鋒部隊かな。真面目くん、イムカ殿連れて先に行って。俺、こいつら全部片付けてから行くわ」

「騎馬部隊ですが平気ですか?」

「こんな小回り利かない部隊、楽勝でしょ。おまけに槍持ち……余程ちゃんと練兵してなきゃ、同士討ちしたり馬ちゃん刺して振り落とされたりで、勝手に自滅だよ。速攻で終わってすぐに追いつくって」

「了解しました。では先に参ります」


 槍持ちの騎馬と短剣では圧倒的にリーチが違う。しかしそんなことを苦にするネイではない。真面目は一応心配して見せたものの、その実力を知っているからすぐに納得して離脱した。


 それを見送ったネイはその場に足を止め、騎馬部隊の前に立ちはだかる。

 こんなことに無駄な時間は掛けていられないのだ。おそらく領主さえいなければ、逃げるネイたちの正確な場所は分からないはず。今のうちに、脱出口に辿り着きたい。


「……悪いけど、全員一撃で殺らせてもらうよ」


 呟くように、宣言する。


「いたぞ! 突撃!」


 こちらを見付けた途端に槍を構えて走り込んでくる騎馬の前で、真新しい短剣が月の光を受けて閃いた。


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