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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【ジラックからの救出】1

 夜の11時。

 ネイは真面目を伴って、リーデンの屋敷を訪れていた。


 使用人の数は最低限で、警備もいない。だいぶ質素な生活をしているらしい彼は、窓から侵入してきた男2人を特に警戒も無く受け入れた。


「……やはり、気配の消し方がただ者ではないな。本当に近くに来るまで気付かなかった。……お前のような男を従えるあの青年は、何者なのだろうな」


 その呟きに、答えが来ないことは承知しているのだろう。ネイたちが何かを言う前に、リーデンは警備巡回用の軽鎧に剣を佩いて立ち上がる。


「手回しは?」

「もうしてある。先日、ルウドルトを撃退した時の褒美を保留していたのでな。新しい武器の試し斬りに、罪人を2人ほど譲り受けたいと言っておいた。私と罪人2人に接点はないし、特に怪しまれることもないだろう」

「へえ、堂々と外に連れ出せるのはありがたいな」

「……ただ、街の外に出すのは困難だ。ジラックは現在、街全体に往来禁止の術式を掛けられている。特別な許可を受けた者でないと、すぐに感知されてしまうぞ」

「んーまあ、その辺はどうにかしますよ。転移魔石みたいな空間魔法は通過できるし、それ以外にもどうとでもやりようはあります」


 そう言って、ネイは真面目を近くに呼んだ。


「彼は今回同行する真面目くんです。以後お見知りおきを。俺の代わりにジラックに来ることも多いと思うんで」

「……ジラックを探っているという隠密か」

「その1人と考えて頂いて結構です。見掛けたら彼の行動を阻止してくれてもいいですよ? リーデン殿には良いことまるで無いと思いますけどね」


 にこりと笑うと、反してリーデンは難しい顔をして黙り込む。

 間者の存在を知っていながら知らない振りをすることは、領主への裏切りだ。だがイムカをラダに置く上で、こちらと敵対することは出来ないだろう。

 それが分かっているから、少しずつ揺さぶりを掛ける。


 選択肢を与えているようで、実は裏切りしか選ばせないネイに、リーデンはいつ気付くだろうか。


「地下牢に行くのに、こちらの鎧に着替えた方がいいですか?」

「……そうだな。あまり印象に残らない方がいい。隣の備品倉庫に警備兵の鎧がある。それを使ってくれ」

「了解です。では着替えたらすぐに出ましょう。……とりあえず、彼らを連れ出したらこの修練場まで連れて来ますかね。ここなら、剣の試し斬りに使うというつじつまが合いますし。真面目くん、どんな感じ?」

「問題ありません。特に危険を感じる箇所はないようです」

「じゃあ決まりね」


 計画の段階で真面目の危険回避能力に引っかかるようでは問題外。しかしさすがにこの程度なら平気か。これで気を抜くわけにはいかないが、やはり気の持ちようが違う。


「その後のイムカ殿救出は勝手にやらせてもらいます。……リーデン殿、途中何があっても手は出さないようにお願いしますよ」

「分かっている」


 イムカが消えれば、領主の頼みの死兵が使役できなくなる。

 そうなった時に残るジラックの兵力は、リーデンの部隊だ。

 そのリーデンが疑われるようなことになれば、護りを失った領主はジアレイスを頼りにするだろう。

 それはジラックにとって最悪のシナリオだ。


 魔研を牽制するためには、リーデンにこのままジラックを護ってもらわなくてはならない。


「それじゃあさっそく、行きましょうか」

「……では、備品倉庫に案内する。ついてきてくれ」






 支度を終えて領主の屋敷の敷地に入ると、深夜だというのに多くの警備がいた。そのほとんどが領主の雇った冒険者崩れで、リーデンに敬意を払うものはいなかった。

 しかしそんなことには慣れているのか、彼は気にせず屋敷の裏にある地下牢への入り口に向かう。

 唯一、地下牢の扉を護る兵士だけが、リーデンに敬礼をした。


「リーデン様、話は聞いております。中へどうぞ」

「ああ。深夜にご苦労」


 罪人を連れ出す理由が理由だからか、こんな時間の来訪でも特に訝しがる様子もない。……つまりはよくあることなのだろう。


 リーデンについて地下牢へと降りていく。

 人のうめき声と、不潔な臭い。常駐する看守もいない、放置されたも同然の場所だ。一応食事は与えられているようだが、どの囚人もガリガリだった。


 この状態なら、どの囚人を連れ出したかの管理もされていないだろう。これは都合が良い。

 さらにこの後イムカが消えれば領主たちの関心はそちらに行ってしまうから、連れ出した囚人の行方など見向きもされないに違いない。


「……どれだ?」


 階段下に掛けてあった鍵束を手に取ったリーデンが訊ねる。

 パームとロジーの店主の顔は過去にネイも真面目も見たことがあったが、薄暗い上に皆が似たようにやせ細っていて、判別するのが難しかった。

 ここを出る時は殺される時と分かっているからか、選ばれないように顔を隠すものもいる。


 それでも注意深く観察すれば、連れ出すべき2人は見付かった。


「ここの牢と、そっちの牢を開けてもらえます?」

「分かった」


 ネイに指を差された牢の2人が、ひっ、と小さく息を飲む。まあ、殺されると思っているなら当然の反応か。

 しかしここで助けに来たなどと言えるはずもない。

 牢に入ると、力なく抵抗する彼らを適当に軽く縄で縛って担ぎ上げた。騒がれないように、猿ぐつわも噛ませる。


「真面目くん、そっちはどう?」

「問題ありません、リーダー」

「よし、じゃあ戻りましょうか。リーデン殿、先導お願いします」

「ああ」


 再びリーデンの後ろに付いて、屋外へ出た。

 警備の兵に退出の挨拶をしたが、やはり特に気にする様子もない。当然、連れ出した人間のチェックすら無かった。


「簡単すぎて気持ち悪」

「ジラックの人権軽視は問題ですね」

「……兵たちはそれに慣れ始めてしまった。由々しき事態だ」


 領主の敷地を出た3人は、修練場に向かいながら話す。


「修練場に戻ったら、彼らをどうするんだ?」

「とりあえず朝露を一滴ずつ飲ませて、それから飛ばそうかと」

「……リーダー、飛ばすとはどこに?」

「まあ、すぐ分かるよ」


 この2人は体力が落ちているだけで、朝露で邪気を払って精神状態を正常に戻せば問題ない。

 彼らを飛ばして預ける先には、もう話を付けてあるのだ。

 後はしっかり飯を食えば大丈夫。


「ここまで来たら、もうリーデン殿は家に帰って頂いて結構ですけども」

「……一応、これは見届ける。朝露の効き目も見てみたい」

「あーそっか。でも、イムカ殿の時は見に来ちゃ駄目ですからね」

「……分かっている」


 そうこうしているうちに、3人は修練場に到着した。そして、この時間は無人になっている兵士控え室へ入る。深夜とはいえ、外で誰かに見られたらまずい。


 ネイと真面目は長椅子に2人を降ろすと、その猿ぐつわを解いた。


「お、俺たちをどうする気だ!?」

「人殺し!」


 途端に騒ぎ出した2人に、ネイはにこりと笑う。


「それだけ騒ぎ立てる元気があるなら少しぐらいショッキングな目に遭っても大丈夫だろうね」

「リーダー。人殺しって言われてますよ」

「んー? 本当のことだから別に何とも。……でもさ、人殺しに向かって人殺しって指摘したら、自分も殺されると思わないのかねえ。人殺しあるあるなんだけど」

「人殺しあるある……」


 ネイたちの話を聞いていたリーデンが、渋い顔をしている。隠密の仕事の中に暗殺も入っていることは彼も承知しているだろうが、それを開けっ広げに軽くいうのが理解出来ないのかもしれない。


「まあいいや、とりあえずあんたらにはこの薬を飲んでもらいます」

「嫌だ! どうせ毒薬だろう!」

「苦しんで死ぬなんてまっぴらだわ!」

「はいはい、問答無用。真面目くん、力尽くで口こじ開けて固定して」

「了解です」


 ネイはポーチから世界樹の葉の朝露が入った小瓶を取り出した。そこには3滴の雫が入っている。朝露は瓶に入った時点で一つずつ膜に覆われ、3つの透明なドロップのようになっていた。

 そのうちの2つをつまみ、2人の口の中に放り込む。


 すると、途端にその身体がほのかに光に包まれ、彼らはおとなしくなった。キツかった表情が、見るからに穏やかになる。

 そして2人して憑きものが落ちたように、ぱちりと目を瞬かせた。


「あれ……なんだろう、悪夢から覚めたようなこの感じ……」

「靄が掛かっていた意識が、すっきりとしたみたい……」


 どこかぼうっとしている彼らの縄を解く。

 これで問題なさそうだ。

 様子を見ていたリーデンが、その変化に首を傾げた。


「これは……朝露が効いたのか?」

「そうでしょ。さっきまでの文句たらたらが引っ込みましたし。顔つきが全然違いますもん」

「彼らは外に見える不浄が無かったため、外見的変化が分かりづらいだけです」

「その点、イムカ殿は劇的に変わると思いますよ。……とはいえ、何度も言いますが見に来ちゃ駄目ですからね」

「……分かっている」


 リーデンの返事が少し怪しいなと思いながらも、まずは彼らをジラックの外に逃がすのが先決だ。

 ネイは次にポーチから大きくて重い、金属の箱を取り出した。本来なら到底ポーチに入りきるサイズではないが、空間魔法のなせる業だ。


「えーと、どう呼ぶかな。ミワさんの母と、タイチの父と言えば良い?」


 子どもたちの名前で呼ばれて、2人は驚いたようにネイを見た。


「あなた、私たちの子どもを知っているの?」

「まあ、彼らの頼みであんたらを助けに来たみたいなものですからね」

「そ、そうなのか!? 疑ってすまなかった」


 どうやら、こちらに悪態を吐いた記憶なども残っているようだ。……となると、過去のジアレイスとのやりとりなど、彼らから得られる情報もあるかもしれない。これは思わぬ収穫だ。

 しかしまあ、それも今後の話。今ではない。

 ネイは、人が入れそうな金属の箱を指し示した。


「俺たちが味方だと分かってくれて良かった。ではあんたらをここから逃がしますんで、2人でここ、開けてもらって良いです?」

「この箱の扉を?」

「何だか金庫みたいね」


 言いつつ、2人が疑いなく重い扉を開ける。


「え!? ちょっ、何これ!?」

「きゃあ、気持ち悪い!」


 すると途端に中から伸びてきた黒い触手に彼らの身体が絡め取られ、そのまま2人は箱の中に引きずり込まれてしまった。

 最後に、触手が律儀に扉を閉める。

 これで完了だ。


 その一瞬の出来事に、リーデンと真面目が目を丸くしていた。


「な、何だ、今のは」

「もえすから借りてきた『泥棒ホイホイもじゃポイ金庫(仮)』ですよ。特定の人以外が開けると、強制的に王宮の地下牢に飛ばされるようになってるんです。王宮には話してあるから、すぐにあっちで保護してもらえると思いますよ」

「なるほど、空間魔法で移動できるし、アイテム消費もないし、良い考えです、リーダー。ただ、かなりショッキングな映像でしたから、彼らのトラウマになるかもしれませんが」

「結構元気だったから平気でしょ」


 とりあえず、ここまでは計画通り。

 ネイは再びポーチに金庫をしまった。


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